日本の中古車流通市場を牽引する株式会社IDOM(旧社名:ガリバーインターナショナル)。2016年7月に今まで慣れ親しんだブランドを捨て、次のステージに”挑む”という決意を社名にも表しました。そして、そのタイミングで「未来市場開拓費用」として約15億円の予算を計上し、ネット分野の新規事業開発を強化することが発表されました。

こうした中で生まれたのが、業界初の月額定額クルマ乗り換え放題サービス『NOREL』です。最短90日間で車を自由に乗り換えることができ、ユーザーはより気軽に、より多くのクルマに乗ることが可能。連結で4000人近い社員を抱え、その大半が営業パーソンであるという同社では、今まさにエンジニアを中心とした新たな事業開発組織が形となりつつあります。

そこで今回は、NORELのキーパーソンである2人にお話を伺いました。事業全体の責任者である許直人さんと技術責任者の渡部慎也さんは、ともにエンジニアとしてキャリアをスタートし、ウェブ業界でさまざまなサービス開発を経験しています。なぜ許さんと渡部さんはIDOMにジョインしたのでしょうか。そして、非IT大企業だった組織をどのように変えようとしているのでしょうか。

エンジニアの文化を少しずつ会社に浸透させていく 

Q:「NOREL」の登場で、カーユーザーに新しい選択肢がもたらされましたね。

許直人さん(以下、許):

面白いビジネスモデルだと思いますよ。従来のカーリースだと契約期間は短くても1年から3年くらいですが、NORELは最短90日間で乗り換えたり、契約を終了したりできます。「月7万9800円(税抜き)で憧れの輸入車を気軽に試してみよう」なんていうことも可能です。自分にはどんな車が合っているのか迷っている人にも、ちょうどいいんじゃないでしょうか。

私の場合はよくキャンプに行くので、車には必要なアイテムをすべて積めるだけの荷室容量を求めるんです。「軽自動車でもこの車種ならいけるかな?」なんて気にしながら、3カ月間手元において徹底的に試せる、というのもNORELならではです。

Q:2016年には「未来市場開拓費用」を計上して、ネット分野の新規事業開発を進めることが発表されました。IDOMでは今まさに大きな変革が起きているのでしょうか?

許:

大変革というよりも、「じわじわ進んでいるな」という感じですね。大企業が変わるときって、一般的には経営に新しい風が入って大ナタを振るうようなこともあると思うんですが、うちのデジタルトランスフォーメーションは「融合」型だと思います。

IDOMには約3000人の営業パーソンがいます。それがコアなケイパビリティ(得意とする組織的な能力)です。でも今後の成長を考えると、当然ITの扉を開いていく必要があります。徐々にエンジニアの文化を会社に浸透させていき、ドラスティックにではなく、少しずつ変わっていく。今はちょうどそんな過渡期なんだと思います。

Q:許さんは現在どのような領域を担当されているのですか?

許:

今は事業責任者としてあらゆることをやっています。事業を推進することはもちろん、優秀なエンジニアを採用するために人事にも関わっていますし、採用競争力を高めるためTechCrunchHuffington Postなど外部メディアに記事を寄稿したり、経営陣に働きかけてエンジニアの採用予算を取ったり、デジタルマーケティングの分野で広告代理店とやり取りしたり、外部アライアンスを仕掛けたり、金融機関と折衝したり。渡部さんが入る前は社内にエンジニアがいなかったので、システムの設計書を書くこともありました。

身近で簡単な入り口から、システムや技術に興味を持ってもらう

Q:「社内にエンジニアがいなかった」というのは……?

渡部慎也さん(以下、渡部):

グループ連結で4000人近い社員がいますが、エンジニアはまだまだ少数派。実は、自分はエンジニアとして採用された最初の社員なんです。自分が入社するまでは、IDOMでITというといわゆる情シスというか、外注コントロールをメインに担当する役割だった。プログラムを書いたり、システムを立ち上げたりといった形で実際に手を動かせる人は、それまでみんな外注だったんですよね。

許:

私はIT屋から転職してきたので、これからのビジネスで重要なコアケイパビリティとなるITを外部依存しているのは非常にまずいと感じました。そこで当時DeNA社員だった渡部さんを必死に口説いて、参画してもらうところから始めたんです。最初のエンジニアはその後発展する組織の核になるので、本当に優秀な人じゃなきゃダメだと思っていました。

実際、渡部さんに入ってもらってから、面白い変化がどんどん起きているんですよ。

渡部:

社内ではシステム周りの質問がどうしても私に集中するんですが、すべてに対応し切るのは大変なので営業にもSQLを覚えてもらいました。また、ゲーム開発の勉強会を開催したときには参加してくれた営業がどっぷりハマって、勉強会後も開発の勉強に打ち込んでいるそうです(笑)。

Q:これだけの規模の企業で、「1人目のエンジニア」としてどのように動いているのでしょう?

渡部:

先ほどお話した例のように簡単なものを理解してもらい、「技術は特殊なものではなく、皆が使える平準的なものなんだ」という認識を持ってもらえるよう意識しています。

ゲーム勉強会などは分かりやすい例ですが、「やってみたら面白いよね」と感じてもらうことが大切だと思うんですね。僕自身、プログラムを覚えたのはゲームが好きだったから。そうした身近な入り口があることは大切だと思います。データが好きな人には、データを取るための技術も教えます。そんな風に身近で簡単な突破口を作って、どんどんシステムや技術の世界に入ってきてもらう。ゆくゆくは「4000人全員がエンジニア」と言えるような感じになると面白いな、と思っています。

Q:許さんは全体を見る立場として、渡部さんの活動をどのように支援しているのですか?

許:

私はもう、ひたすら煽っている感じです。彼が自発的に小さく始めたことを勝手に全社掲示板に載せたり、勝手に記事にしてWantedlyに載せたり(笑)。

とにかく、エンジニアと非エンジニアをバーサスの関係にしたくないと思っています。私たちも車については素人なので、勉強させてもらわなきゃいけない。互いの専門性を伝授し合えるようにしたいですよね。

Q:NORELの事業部には、お二人のほかにどんな役割の人がいるのでしょうか?

許:

商品ラインナップの充実を図ったり在庫を調整したりするMD担当者、店舗とのやり取りや書類調整を進める人、カスタマーサポート、法人とのアライアンス担当者や社外広報担当者など、カービジネスに詳しいメンバーとエンジニアががっつり組んで企画しています。車は重要な生活インフラなので、お客さまに届けるのが遅れると甚大な影響が出ます。あらゆる事態に対応できるような体制を作っているところです。

Q:渡部さんが加わるまでは社内エンジニア不在で回していたということですよね?

許:

そうです。すべて外部のパートナーさんにお願いしていて。私が入社した頃は外部にパワポでイメージを伝え、できあがってきたものを見て「違う違う!」とリテイクを繰り返していることがよくありました(笑)。

私は2016年の12月にこのビジネスにアサインされたんですが、まずはエンジニアリングの形を変えていくことから手を付けていきました。NORELはこれまでのマーケットになかったビジネスなので、プロダクト・マーケットフィットが見えるまでは仮説立案と検証の繰り返しになるだろうというのは予測できた。だから改善サイクルを回すスピードを最大限高める必要があって、そのためには社内にチームを作るという選択肢以外考えられなかったんです。

繰り返しになりますけど、渡部さんが入ってくれた意義は本当に大きいですよ。プロパーじゃないと、どうしてもビジネスの深部は分かりませんから。

渡部:

責任者としての立場で言うと、事業へのコミット度合いも違いますよね。先ほどの「融合」というのはまさにそのことだと思います。

どんどん変な人が入ってくる「サファリパーク」のような組織へ

Q:渡部さんはなぜIDOMにジョインしたのでしょうか?

渡部:

僕のキャリアのスタートはガラケー向けのゲームを作る会社でした。その後はDeNAでアバター向けゲームのリードエンジニアをやったり、海外向けゲームのプロデューサーを務めたり。それからIDOMにジョインしたという流れです。

きっかけは……そうですね。エンジニアとしての先々のキャリアを考える中でIoTに興味を持つようになり、ハードウェアの世界に挑戦したいと考えていました。でも自分でやるのはリスクが高いし、在庫の問題もある。それなら、もともと「モノを持っている」会社がいいと思ったんです。

そんなときにIDOMの執行役員であり、新規事業開発の責任者でもある北島昇と話す機会がありまして。気づいたら入社し、NORELにアサインされていました(笑)。

Q:許さんのキャリアもぜひ伺いたいです。もともとはエンジニアとしてキャリアをスタートしたということですが。

許:

はい。エンジニアがキャリアの入り口で、2000年から2009年くらいまではコードを書いていました。最初は受託ベンチャー。その後は独立系SIerなどでプロジェクトマネジメントを実践したり、ソーシャルマーケティングによる顧客開拓やコンサルっぽい仕事を担当したり。グリー時代には事業再生も経験しましたね。

その後は大企業ではなくベンチャーへ移りたいと思っていたんですが、先ほども出てきた北島に「大企業ではなく、もう一度ベンチャーで事業開発にチャレンジしたい」という話をしたら、「IDOMは大企業じゃなくて動物園だよ」と言われて(笑)。おカタい大企業は嫌だけど、動物園ならいいかな、と思って入社しました(笑)。でも入ってみたら動物園どころかまるでサファリパーク。柵がなかった。

Q:動物園どころかサファリパーク。

許:

うん。動物園というのは、多様性が認められている場所だということですね。必ずしもネクタイを締めていなくてもいいよ、みたいな。サファリパークの状態はさらに自律が認められる。任せるからやってみろよ、と。

私も、スーツを着ている人ばかりの環境で1人だけドレスコードを無視して、アロハシャツにジーンズで出勤していました。まあ、それまでの常識を覆すような存在だったということで。

Q:会社としては、あえてカオスな状態を作ろうとしていたのでしょうか?

許:

そうかもしれませんね。うちは何年か前に経営診断を受けて「日本最強の金太郎飴組織」と言われたらしいんです。社員の適性診断などの結果をみると、皆同じような傾向を持っていたらしいと聞いています。だからこそ統率の取れた高い実行力で中古車業界の常識を変え、「ハイパーグロースカンパニー」と呼ばれる組織に急成長を遂げました。

しかし、会社は今次のステージに向かっています。そのため今後は人材の多様性があったほうがいい。だから金太郎飴組織ではなく「色とりどりの金平糖組織」に変えていきたいのだと。そんな話を経営陣から聞いたことがあります。

渡部:

「金太郎飴」というのは、今もまだ残っているかもしれませんね。皆、社会人としてちゃんとしているから(笑)。僕なんかは、周りが皆スーツだから入社当時は人の顔を覚えられなくて苦労しました。ITの世界だと、スーツを着ている人ってだいたい偉い人じゃないですか? ここだとトイレですれ違う新卒メンバーもスーツですからね。

Q:従来とは明らかに異質な文化や考え方を持つ許さんや渡部さんが入ってきて、既存の社員の方々との間にハレーションは起きなかったのでしょうか?

許:

起きていたのかもしれないけど、私は気づいていないですね(笑)。あるいはそれほど心配することでもないのかもしれない。

渡部さんもそうだけど、「エンジニアリングを極めたい」じゃなく「商売を極めたい」と思ってIDOMに入ってきたんです。そんな思いがあるから、元からいた人たちと酒を飲めば「いい資産を持っている会社なんだから、ITの力で世界を変えましょうよ!」なんて話して大いに盛り上がれる。カービジネスを盛り上げていきたいという気持ちは同じですからね。

技術を知っているからこそ感じる、事業作りの面白さ

Q:「エンジニアリングではなく商売を極めたい」という考え方がとても興味深いです。ずっとエンジニアとしてキャリアを積んできて、今そう考えるようになったのはどうしてでしょうか?

渡部:

僕の場合はとにかくゲームが好きで、最近は「スプラトゥーン」とか「ゼルダ」にハマっているんですけど。

ゲームが好きなのは、「攻略法を真剣に考えれば必ず打ち手が見つかるから」なんです。対戦ゲームでもそう。勝つためのマイルストーンを組んでいけば必ず結果が出るんですね。スポーツの感覚に近いのかもしれません。

それを自分のキャリアに置き換えて考えると、キャリアアップするためのマイルストーンはサービス業にあるのかな、と感じたんです。IoTやハードウェアに関わり、モノづくりを経験するためにも最適な環境ですし。だからこそ商売のやり方そのものに強い興味が向かっているんですよね。

許:

ビジネスパーソンにとって大切なのは「成長し続けること」だと思うんですよ。IT業界で競争力となるコア技術なんて、2年に1回くらいのペースでイノベーションが起きてルールが変わってしまう。キャリアパスを考えて地図を描いても、同じように2年後には変わってしまうでしょう。だから地図には意味がない。

必要なのはコンパスだと思います。リーンスタートアップの本にMIT(マサチューセッツ工科大学教授・MITメディアラボ社長)の伊藤穰一さんが寄せた言葉で「地図を捨ててコンパスを持て」というものがありますが、まさにその通りだと。で、そのときにコンパスで確認すべき方向というのは、「自分の心はどんなことに震えるのか」「楽しいと思えることは何か」に沿っていくべきだと思うんですね。

エンジニアをやっていれば、上からどう考えても合理的じゃない指示が降ってくることもあるじゃないですか。外的環境に縛られて、自分の力だけでは超えられないハードルも出てくる。私の場合、それを自分で変えたかったから、自分が前に出て行くしかなかったんです。だからエンジニアリングだけじゃなくて、商売やビジネスそのものを極めていきたいと思うようになりました。

Q:そうした思いを踏まえて、お二人は今後どんな組織や事業を作っていきたいと考えていますか?

渡部:

技術サイドだけでなく、ビジネスサイドの人たちとも一緒に切磋琢磨して、「ともに事業を生み出す技術集団」にしていきたいと思っています。それはもはや、純粋な技術集団と呼べるものではないのかもしれませんが。

技術を知っているからこそできることがあると思うんですよね。ITだけでやっていると、店舗もモノもない。だけど今はIDOMのたくさんのオフライン資産がある。これを生かしてどんどん新しいことを仕掛けていきたいです。今後、僕のような人が集まってきたときには、この面白さをどんどん横展開していこうと思っています。そのための制度や福利厚生も整えていきたいですね。

許:

事業ビジョンとしては、車にまつわるサービスがもっともっと研ぎ澄まされていくべきだと考えています。車って、制約が多すぎる。必要なときだけ乗りたいし、リスクにつながるような運転もできる限り避けたいじゃないですか。

将来的にはNOREL自体を、単なるサービスではなく社会インフラにしていきたいと思っています。多くの人に「お金さえ払っていればどんな車に乗っても自由」「安全に、自分に合った車を無理なく選べる」という世界を提供したいですね。

取材・記事作成:多田 慎介

(プロフィール)■許直人さん
プログラマとしてキャリアをスタートし、クレスコでのプロジェクトマネジメントやループス・コミュニケーションズでの大規模開発案件のマネジメント、メディア運営、事業開発コンサルティングなどを経験。グリーでメディア事業や新規事業企画に従事した後、2015年にIDOM入社。現在はNORELの事業責任者として、事業・戦略開発やIR、広報、人事など多岐にわたる領域を手掛けている。

(プロフィール)■渡部慎也さん
ゲーム開発会社を経て2012年にディー・エヌ・エー入社。アバターチームのリードエンジニアを経て、2014年からは技術コンサルタントとして国内や海外のパートナーと共同でゲーム開発を進める。2017年にIDOMへ入社し、技術責任者としてサービス開発全体のマネジメントを担当している。

ノマドジャーナル編集部
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