長時間労働が問題視されている今、一方で人手不足も叫ばれています。少子高齢化が進み、労働人口は今後増える見込みはありません。人が減る、さらに1人が働く時間が減る。全体としての労働力はどんどん減っていくことになります。

特に、医療・介護の現場、建設業界、では、慢性的に人手不足となっています。現在の働き方改革の矛盾の只中にあるこれらの業界で、人材派遣、人材紹介業を展開しているTSグループの竹之下氏に、今回は話を伺いました

お話を伺った方:竹之下 裕之氏

TSグループ共同創業者・専務取締役。1979年、大阪府生まれ。高校卒業後は建設会社に就職し、現場監督を務める。その後、人材派遣会社に転職。支社立ち上げから参加し、最終的に関西地区統括に就く。2004年、25歳で独立し、(株)TS工建を設立。看護師、医師、介護士、保育士などの医療・介護従事者の人材紹介と、建設現場への技術者派遣を中心に行う。現在は売上150億、全国に15支社を構えるグループ企業へと成長し、事業の幅を広げている。

建設業界との出会い〜若い頃、夜遅くまで働くことは苦にならなかった〜

Q.建設現場で働く現場監督の派遣業としてTSグループを起業されていますが、その経緯をお聞かせください。

竹之下氏:もともとは工業高校卒で事情があって大学進学もせず、そのまま就職しました。工業高校建築学科だったので建設会社に入社し現場監督になったのですが、向いていなくて苦労しました。その後、今の仕事につながる現場監督の派遣業に転職し営業をやっていました。そこで3年半の間、働いていたのですが、振り返ればいまでいうブラック企業でした。私自身は働くことが好きで営業が性に合っていたこともあり、成績も上がりましたし夜遅くまで働くことも苦にはなりませんでした。ただ、成績が上がらない人は上司からきつく叱責されて、時には暴力がふるわれることもあり、私はそれを見るのが我満が出来なくなっていきました。私自身も自分で考えて営業をして成果も上げているのに、細かな仕事のやり方まで口出しされることにも、だんだんストレスなっていったんです。そこで、独立を決意しました。。

Q.当初は、御自身でも経験がある建設業界、現場監督の派遣業で事業を始められていますが、いまは医療業界にも事業を展開されています。その背景をお聞かせください。

竹之下:現場監督の派遣業は、約1年で軌道に乗りました。大阪で起業をし、その勢いで東京進出をしようかとも思いましたが、「建設業だけだとリスクがある」とも考え、他の業界に目を向けてリスク回避をした方がいいという結論になりました。

医療業界、介護業界の人手不足に立ち向かう〜多角化が企業の成長速度を速めた〜

TSグループ竹之下様1

Q.そこで目をつけられたのが医療、介護業界だったのですね。

竹之下:建設業界は景気の動向に大きく左右される業界です。リーマンショックのような景気の激変があると大きく業績が変わってしまう。今でいうと、東京オリンピックの2020年までは建設業界は景気がいいとされていますが、その先はわからない。そこで他の業界について調べていくと、看護師、あるいは介護士も慢性的に人手不足が問題になっているとわかりました。そこで、人材紹介業を展開することにしたのです。

Q.いま、建設業での人材派遣、医療分野での人材紹介でどちらの方が、売上は高いのでしょうか。

竹之下:文句なしで、医療業界でのビジネスの方が売上比率は高いですね。建設業界での人材派遣だけでも成長できたという自負はありますが、いまのような急激な成長は間違いなく医療業界に進出した成果です。

Q.いま、建設業界、医療業界、介護業界、それぞれ人手不足と言われています。それらの業界で人材にビジネスを展開されていて、それぞれの業界の課題を感じられることもあると思います。

竹之下:それぞれの業界で課題は異なります。まず、建設業界では業界全体でコスト削減が叫ばれています。そして、建設工事においてもっとも効果が出るコスト削減策は、工期短縮なのです。そのしわ寄せが現場で働く人たちにきている。いま進んでいる国立競技場の工事も設計変更があり、着工が大幅に遅れました。しかし、納期は変わらない。そのために現場監督をはじめとする、現場で働く人に大きな負荷がかかるのです。

医療の現場、なかでも看護師は知られているように激務です。そのせいで、続けたくても続けられない人が出て来ます。介護士は仕事がたいへんな上に、とにかく、いまは報酬が低い。そのおかげでなり手がいないし、今働いている人も続けられない。いまでこそ、看護師の求人情報というものも世の中にありますが、かつては人伝の紹介しかなかった時代もありました。当社も人材紹介をしていることで、看護師、介護士の人材の流動性を高めていき、その結果、すこしでも待遇や環境が変わってくればいいと思っています。

人手不足の業界での「働き方改革」を考える〜現場を変えないと、働き方は変えられない〜

TSグループ竹之下様2

Q.複数の業界で人材に関わるビジネスをされている立場から、いま叫ばれている「働き方改革」について、感じておられることはあるでしょうか。

竹之下:ひと言で言えば、現場とかい離していると思います。とにかく、朝9時から夕方5時まで働きましょう、それ以降の残業はダメですと決めるだけでは滲透しない。たとえば、交替制で勤務する看護師や介護士、あるいは工場で働く工員さんなどには合っているでしょう。時間単位で労働力を提供する仕事ならば、それでもいいけれど、営業職などは成果が求められる。やるべき仕事が終わっていないのに、帰っていいはずがない。時間単位で働く仕事と成果を出すべき仕事では、そもそも「何で報酬を得るか」という基準が異なるはずです。そこを同列に語っても現場に落ちてこない。

Q.働く会社、現場が変わらなければ、働き方も変えられないということでしょうか。

竹之下:会社が制度として「残業は月に何時間以下」と決めるだけではだめでしょう。介護の現場で働く人たちは、安い報酬できつい仕事をしている。そもそも人手が足りないので休めない。目の前には、介護が必要な方がいる。そこで「働き方改革なので、残業はダメです、休みなさい」と言っても、絵空事にしか聞こえないでしょう。まず、働き手を増やさないと、そして現場の環境を変えないと働き方を変えられるわけがない。

1人1人に向き合う〜そもそも、「いい働き方」は人それぞれで異なるはずだ〜

Q.竹之下さん御自身は、若い頃、ブラック企業で働かれた経験があるというお話でしたが、その頃はつらいと感じておられたのでしょうか?

竹之下:正直に言うと、夜遅くまで働いていましたが、それが嫌だと思ったことはありません。理不尽で暴力的な上司は嫌でしたが、仕事そのものは楽しかった。現場監督は向いていませんでしたが、営業は大好きなんです。それはいまも変わりません。仕事が楽しく、趣味でもあるので、私個人としてはいくら働いてもそれが苦にならない。休みたいと思ったこともありません。ただ、これはあくまでも私個人の問題です。それを押し付けることはできない。人それぞれ、なにを大事にしていくかは違って当たり前です。それに応じた働き方が選べるということが必要なのだと感じます。

Q.従業員が自由に働き方を選ぶことが出来る職場ができればいいということでしょうか。

竹之下:それはそれで、今の段階では、問題が大きいでしょうね。たとえば、いまは若くて仕事も楽しいので夜中まで働きたい、休みもなくていいですと言っていても、それで体を壊したらダメでしょう。数年たった頃には、「あの頃はブラックに働かされた」と言いだすかもしれません。また本人だけではなく、取引先からどう見えるのか。従業員の御家族はどう考えるのか、そういったところまで視野を広げないといけない。

Q.先程、働き方改革は会社と従業員だけの問題ではなく、それをとりまく人たち、すべての問題なのですね。

竹之下:非常に複雑な問題です。そもそも、人口が減っていく、つまり働き手が減っていくなかで、1人1人の労働時間も減らしていくと、日本全体の生産力がどんどん減ってしまう。その問題はどうするのかという視点も必要なのです。

そもそも何のために働くのか、つまり一番大事にすること、打ち込めること、楽しいことがあるかどうかで、1人1人の働き方は変わってくる。子どものことを最優先に生きていくならば、その為の働き方を模索する。酒が好きで毎日飲み歩きたいならば、それが出来る働き方を考え実現する。当社としては、従業員1人1人の「働き方」に応えていくことができる環境を作っていきたい。まだまだ実現できていないところも多いのですが、それを実現できる会社に成長していきたいと考えています。

TSグループ竹之下様3

編集後記

いわゆるホワイトカラーの「働き方改革」が叫ばれている中で、人手不足な業界も多くあります。少子高齢化や女性活躍の観点から保育士のように問題が注目される業界もありますが、昔から人手不足が叫ばれている医療業界、介護業界や建設業界にはなかなかスポットライトが当たっていないように感じます。

今回、TSグループの竹之下さんの医療業界・介護業界・建設業界のお話を伺って、ついついサラリーマンにフォーカスしがちな最近の「新しい働き方」についてもっと広い視野で様々な職種の方の観点でも考え直してみたいと感じました。

取材・執筆:里田 実彦

関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、数多くのコンテンツ制作、企画に参加。これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。