出井氏は、2005年にソニー会長兼グループCEOを退任後、2006年にクオンタムリープ株式会社を設立。企業の変革とベンチャー企業育成に尽力しています。今回は出井氏に現在の活動やコーポレート・ガバナンスについて語っていただきました。

目次

僕にとって仕事が遊びで、遊びが仕事

Q:出井さんの現在の活動についてお聞かせください。ソニー時代に比べるとどのような変化があったのでしょうか?

出井 伸之さん(以下、出井):

ソニーで働いていた時は、すべての判断が結局は企業のためという軸がありました。今はそういうのが取れた自由人だから視点が広くなった。それを楽しんでいるっていうのが、1番大きいです。

それとソニーを卒業する時に会社の人たちに「もう出井さんも年なのだから、あまり数字ばかりを追いかけないで、数字以外の事に興味をもちなさい」と言われて、確かにそうだと。大企業のマネジメントに奔走していたときは成長や会社の規模、売上、利益などばかりを考えていたけど、大企業の肩書きが外れると、それほど数字を追わずに楽しめます。

Q:現在の活動の中で、日頃どういった時間の使い方をされているのでしょうか。仕事と遊びのバランスなどはいかがでしょうか?

出井:

僕にとっては、仕事が遊びで遊びが仕事。逆転しているわけです。だから「仕事的な遊び」とか「遊びという仕事」が結構ある。

この1週間を見ても、例えば先日では35歳くらいの海外在住の知人が突然「いま東京にいるから会いたい」とメッセンジャーで連絡がきたのでそのまま会いました。他にも中国のある大企業のファウンダーが会いに来たり、台湾の銀行でCEOをしている女性経営者とか、同じようにふらっと会いに来てくれる。会うと自分の会社のプレゼンテーションをして「これどう思いますか?」と、聞いてきたりします。

Q:そこが仕事と遊びの境があまりないという所ですね。出井さんがわくわくしたり、「仕事の中での遊び」という感覚になるのはどういう瞬間ですか?

出井:

わくわくは、僕が本を読みながら色々な考えを巡らせているときに感じることが多いです。僕にとって、本屋に行くことは欠かせません。今は全ての本がネットで見つけられる時代だけど、ネットで見るのと本屋で見るのでは関連する情報のインプットの質が違う。一口に本屋といってもずいぶん種類があって、丸の内の本屋、霞が関にある官僚向けの本屋、外人記者クラブ近くの本屋などで全然違います。ここに行けば、こんな本が見つかるのかなという、釣りに行くような気分です。

「この本が買いたい」からではなくて、興味のあるテーマに関する本はここに行けばあるのではないかという感じで、それも趣味のようなもの。本を買ってから、ネットで関連情報を調べたりするけど、どういった人がどういう風に書いているのか、本自体を俯瞰することも面白いです。

「執行役」の概念定着に込めた思い

Q:現在も社外取締役として、いくつかの大企業の経営に携われていらっしゃいますが、どういった姿勢で臨まれているのでしょうか?コーポレート・ガバナンスについてのお考えをお聞かせください。

出井:

ソニーにいた時からいくつかの大企業で社外取締役を務めているのですが、そのときの代表的な企業がゼネラルモーターズ(GM) とネスレでした。アメリカのコーポレート・ガバナンスを実体験する目的でGM、それからヨーロッパのコーポレート・ガバナンスの実体験を目的にネスレ、それぞれの社外取締役に就いて勉強しました。そこでの経験をベースにソニーのグローバル・ガバナンスをどうしていくかということを考えていました。

「執行役」という言葉は、実は日本では僕が言い始めた造語だったのですが、コーポレート・ガバナンスについて日本の商法では、「監督および執行し」と書いてある。これは、「泥棒および警察し」というのと同じようなことです。自分で監督やりながら執行するって、よく考えてみたらおかしな話。

それでその2つを分離して、執行する側と監督する側に分けました。その前者が今の日本の「執行役」のおおもとになっていて、今では執行役を置く企業が非常に多いです。

僕がソニーで進めてきた企業統治改革の中で一番苦労したポイントは、アメリカで買収した会社を、いかに統治するかということだった。日本の企業がアメリカの会社を買収したとき、どうやってコントロールしていいか、それまで全く事例がなかった。ハリウッドと、ニューヨークにある企業を経営するためには、それに合わせた企業統治が絶対必要です。だから日本の本社の取締役の下にUSボード、Europeボードを作って統治する仕組みを作りました。このことは今でも、正しく理解されていないことが多い。

ソニーを卒業してからは、中国の百度公司やレノボ、アクセンチュア、日本ではマネックスグループやフリービットで社外役員を務めています。これらは僕の今までの経験を活かすためにやっています。

売上と利益の区別がつかない時代

Q:エンロンの事件やワールドコムの事件など、コーポレート・ガバナンスは叫ばれてはいるけども、そういった事件が起きてしまっている事実があります。

出井:

日本もアメリカもコーポレート・ガバナンスは、製造業の考え方がベースになっています。そのため、製造業と業態が異なるところでは、この考えだけでは実態との乖離が起きやすくなる。エンロンとワールドコムをみると、2社とも製造業ではなく、それぞれ通信会社とエネルギー会社です。

自動車メーカーでいえば、フォードのT型生産方式、GMシステムがあり、材料を買ってきて車に仕上げて売る、売上原価方式だが、エンロンのビジネスもワールドコムのビジネスも、時間軸が長いから原価率は関係ない。原価率が関係ないものでは、今現在の売上がいくらという、従来の方法では成立しない。銀行やモバイルキャリアもそうです。今までみたいにこの月の売上高や利益率をどう、といった視点は意味がありません。

何が売上で何がコストか、非常に難しい時代になってきている。

出井:

会社法も会計も色んな物が古くて使えなくなってきています。これはアメリカも日本も同じで、一番乖離が見られる分野が金融。だから特にそこでコーポレート・ガバナンスが必要だと思っています。

社会の複雑化と、時間軸の長いビジネスも多く出てきて、会計では収入と利益の区別がつかないことが出てきている。コストは何か、何が分子で何が分母なのか、決められなくなってきています。

メーカー、ものづくりの世界はそうではない。例えば車を作っても、タイヤは作ってない、どこかで調達する。ガラスも作ってない、これも調達する。鋼板も同じく。場合によっては、車の心臓部であるエンジンも作ってないこともある。

その上で、A社という自動車会社があった場合、「あなたの会社の本当の売上ってなんですか?」という問いを考えましょう。タイヤ・ガラス・鋼板など、調達してきた全てをひっくるめて、売った車の販売売上価格の合計が本当の売上かというと、そうではない。本当に売上として考えるべきものは付加価値だけです。そうすると大体の自動車メーカーの売り上げは、販売売上の10%未満程度しかないのではないでしょうか。売上1兆円の会社だとしても1,000億円未満。それを経営者がどういうふうにとらえるかということになります。

だから経営者が帳簿の数字について、どれが「売上」か「取扱高」か区別しないといけない。銀行はお金を扱っているけど、預金高のことを売上って言わないでしょう。そういう意味では「預金扱い高」みたいなものを売上だと勘違いしている経営者がすごく多いです。

本当は何が売上で何がコストなのか。今の時代非常に重要な問題になってきていて、20世紀から21世紀にかけてますます複雑化してきている。だからコーポレート・ガバナンスもすごく難しいっていう時代になってきています。

コーポレート・ガバナンスは創業1日目から必要

Q:中小・ベンチャー企業が、コーポレート・ガバナンスを意識し、移行するフェーズやタイミングについてどのようにお考えですか?

出井:

要するに企業倫理を持っているかってことなので、コーポレート・ガバナンスは創業1日目から必要です。

企業を家計に例えるなら、1番コーポレート・ガバナンスにうるさいのは奥さん。奥さんが厳しければ、きちんとコーポレート・ガバナンスはうまくいく。逆に、1番裏切るのは旦那。そして暴走する旦那を止めるのは奥さん。そうして奥さん、旦那、子供達っていう三角形があって、それぞれビジョンを掲げる人、働く人、ハーモニー保つ人という役割。これがビジネスの原型になります。

Q:実際には、経営者の道徳観だけでほとんどが担保されてしまっている現実があると思います。株式が公開されるタイミングではガバナンスが機能していると思うのですけど、未公開企業の場合は、コーポレート・ガバナンスについてどのように考えればよいですか?

出井:

アクセルとブレーキでいうと、コーポレート・ガバナンスはアクセルであり、ブレーキでもある。要するに、小さい会社は社長に無茶して前に走らせて、後からブレーキを考えればいいと思います。いきなりブレーキ作っても車は走らないでしょう。

いい車っていうのは乗り心地がいいでしょう?それはスプリングもいいし、エンジンもいいし、加速もいいっていうのは全部うまく出来ているからですよね。推進する機能も含めて社内体制ができていて、コーポレート・ガバナンスも機能している状態。

それらの体制を全部整えるのが難しい段階にある小さい会社にとっては、ブレーキよりも、まず走るエンジン、つまり事業推進のスピリット。そして、それを助けてくれる番頭さんと、それを実行してくれる営業マンの方が必要です。実際に走れてから、ブレーキをつくっていけばいいと思います。

中編に続きます)

取材・インタビュア/株式会社サーキュレーション 代表取締役 久保田 雅俊

出井 伸之(いでいのぶゆき)
クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO

1937年東京都生まれ。1960年早稲田大学卒業後、ソニー入社。主に欧州での海外事業に従事。オーディオ事業部長、コンピュータ事業部長、ホームビデオ事業部長など歴任した後、1995年社長就任。以後、10年に渡りソニー経営のトップとして、ソニー変革を主導。退任後、クオンタムリープ設立。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。『変わり続ける ―人生のリポジショニング戦略』(ダイヤモンド社)を2015年12月に発刊したばかり。『日本大転換』(幻冬舎新書)『日本進化論』(幻冬舎新書) 他、多数出版。
ノマドジャーナル編集部
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