これまで、インテルやIT業界、現在行っているコーチングの手法やスタートアップでの具体例についてお話ししてきました。インテルの執行役員だった筆者が昨年退職してからのノマド生活と今後の計画についてお話しする前に、これからのコーチングのトレンドについてお話したいと思います。

これからは取締役会がコーチングを要求する

米国では、勝利に執着しすぎる激しいCEOや、スタートアップの未熟な経営層には、取締役会がコーチングを受けるように勧めることが増えました。上級リーダーになればなるほど、人の言う「不都合な真実」に耳をかたむけ、批判を激怒しないという態度が必要になってくるためです。
ガバナンスの観点からも、リーダーが傾聴のスキルを身に着けていないと、悪い情報が報告されないリスクがあります。社外取締役のように、米国のトレンドが大体10年後に浸透していく日本でも、コンプライアンスの観点から、経営層へのコーチングの必要性が、認識されてきています。

またデジタル機器を使いこなし、SNSで繋がるのが当たり前の若い世代は、アナログ的なコミュニケーションを苦手としがちです。彼らがチームリーダーとなる際にも、1対1のコーチングや、360度フィードバックをお手本として、自分の人との接し方や言動に、気づきや修正をもたらします。最近のシリコンバレーの起業家の名前を見ると、東欧、ロシア、インド、台湾など移民系が多い傾向にあります。彼らは、強烈にハングリーなので、絶対達成するという執着心が半端ではありません。米国では、そういったハングリーな天才をうまく回りがサポートして、ビジネスを大きくするシステムとしてコーチングを利用しています。

成長を担う人材を育成するよりも早く売上が増えていった場合、組織が成長のスピードに追い付いていない事態が発生します。そうなると、組織の歪みが生じて、よい人材を集められず、優秀な人材がやめていき、結果として組織の崩壊を招き、リーダーが気づいた時には遅すぎる事態に発展することもあります。変化が早くなればなるほど、問題は複雑化し、個人の価値観が仕事の目標と合致している全員経営が求められます。
そこで、社員の想いを引き出し、仕事と個人の価値観をすり合わせ、チームの関係を良くするのに、プロが中立なコーチングを行うことが効果的なのです。

経営感覚のあるコーチが選ばれる

外部のプロフェッショナル・コーチは、単なる質問スキルのあるカウンセラーやメンターではなく、実際のビジネスで本部長や経営者など、上位の役職を経験した人が望まれます。私の知っているエグゼクティブコーチで成功されている方は、営業出身の方や、分析能力の高い方が多いです。営業経験のある方は、顧客のニーズを探りながら、相手との心地よい雰囲気を作り、課題をうまく気づかせます。分析能力の高い方は、相手の気づいていない原因を仮説で質問しながら、自分の失敗談などを話して、複数の着眼点を与えていきます。
上から目線ではなく、横から目線でアドバイスできることが効果的なコーチングには必要なのです。

8倍の効果?コーチングの費用対効果を考える

果たして、コーチングは意味があるのか、まだコーチングが根付いていない日本では、時間やコストを費やす価値について懸念がある経営者が多いです。
そこで、コーチングのROI(Return On Investment:投資対効果)をみてみましょう、企業でのコーチングに対するROI については、いろいろなデータがあります。

例えば、グローバルなコンサルティングファームのブーズ・アレン・ハミルトン(Booz Allen Hamilton)やインテルの調査では、エグゼクティブコーチングに1ドル投資する毎に、約6-8倍の効果を実感しているというデータがあります。最高レベルは年間約600万円以上とフィーが高額になりますが、対象者の給与が高いので、リーダーの行動変革で、組織が高回転すると、売上や利益に如実に効果が表れます。
私が、3年前にコーチングしていたスタートアップも、(もちろんコーチングがすべての要因ではありませんが)リーダーが成長し組織が安定することで、売上は5倍以上になっているところもあります。

コーチングもグロースハックと同じ。改善のPDCAを回す

データサイエンティストと並んで人気のある仕事の一つであるグロースハックは、製品やサービス改善の速度と頻度をあげることで、潜在顧客の開発やダウンロードするトラフィックの最大化などを図ります。「グロースハッカー」と呼ばれる人々は、効果検証、さらなる改善など、PDCAサイクルをどんどん回し、毎日少しずつの成長を積み重ねます。最初は効果がでなくても、決して諦めずに新たな施策を編み出します。

コーチングもグロースハックと同じように、成長スピードを増すために、改善できる結果と行動を常に見直します。柔軟に、チェックリストでなにが失敗かを分析して、気づきと自信、そして自分のスキルを修正する機会を貪欲に探し続けることで、成長の加速度が増すのです。
多様な人種、多様なカルチャーの共通言語としてのUIやデザインを作りこむ必要があるように、一緒に働く人の価値観に応じて、自分の行動・接し方を変えていく必要があります。

少しの習慣の変化で可能性は無限大に。『ムーアの法則』とコーチング

有名なムーアの法則とは、インテル創業者の一人、ゴードン・ムーアによる「集積回路において1年半ごとに性能を2倍(スピードを早め、省電力、省スペースにする)に改良する」という考え方で、半導体業界ではこの法則こそが長年製造プロセスのバイブルとなっています。そして、その法則の通り40年間の結果、100万倍を超える性能の進歩になりました。

自分自身の成長に当てはめて考えると、2年に一度、自分の習慣を見直すだけで、倍々ゲームのようにリーダーシップが成長することになり、可能性は無限に広がります。例えば、「人の話を遮らない」、「怒っているときに話さない」、「勇気をもって最初に質問する」、「知らない人にアドバイスを求める」、「朝早起きする」、「毎日散歩する」など、ちょっとした意識で変えられるような簡単なことでも、これが習慣になってしまえば、その後の人生に大変プラスの影響を与えているのをたくさん見てきました。悪い習慣をやめる、良い習慣を新しく身につけるには、最低でも半年、だいたい1-2年かかります。人生90年の時代と考えると、まだまだ何十回ものチャンスがあるのです。

「リーダーシップ開発期間の短縮化」を実現する。ビッグデータとコーチング

これまでコーチングは、対面での1対1の対話や、研修の延長であり、過去のデータ分析や、タイプ別のパターンなどがあまり行われていませんでした。しかし、今後はビッグデータやAI エンジンを利用して、成果が上がりやすい行動変革やアドバイスの確率や、自発的になった(気づいた、積極的になった)契機の出来事などとの相関などが調べられます。また心理・行動パターンによって、人事評価業務の効率化と予測率向上を図るHRテックへの応用の可能性も出てくるでしょう。

部長が、本部長になる、さらに執行役員、副社長へと職位が上がったとき、考え方を変え、行動を変え、リーダーとして認められる必要があります。新任の場合、最初はたいてい失敗しますが、それでも2年もかければ何とかなります、ただ、スタートアップでは「2年も待てない」のです。
ここで「リーダーシップ開発期間を短縮したい」というニーズが生じます。この課題を解決するには、全員研修では無理です。エビデンス(証拠)に基づいたタイプ別経営者コーチングが一番有効です。「コーチからの質問に対し、内省し、自分に質問する」プロセスで、自分の思考と行動を、言語化していくのです。

これでインテルでの経験とコーチングのお話を終わります。次回からは、インテルを退職し、ノマドになった筆者がノマド活動の1年間で気づいたことと、注意することをお話したいと思います。

【専門家】板越 正彦

(マネジメントコーチ・事業開発メンター)新卒入社の石油化学会社でコテコテの国内営業を学んだ後、国連(UNESCO)、インテルと24年間グローバル組織でのリーダーシップを学ぶ。インテル在社(21年)中は、オペレーション部門全般(管理/経理/予算)から、技術標準・新規事業開発など15以上の職務を担当。2013年 インテル株式会社 執行役員事業開発本部長。2015年退社。
現在、ビジネスコーチ株式会社クラウド担当顧問兼エグゼクティブコーチ、ヒトクセ(リッチ動画広告ベンチャー)マネジメントコーチ つくば在住21年 九州大や、 筑波大学の起業家養成講座などで、講義をおこなっており、2015年は、筑波大学ヒューマンバイオロジー講座でもプロジェクトマネジメントを講義(英語)。IT、事業開発、ファイナンスという3つの職務経験から、コーチング・事業開発メンターなどを行う。「地雷」を未然に防ぎ、リーダーの成長を加速させることを使命とする。「気づきハック」というコーチングブログを連載している。

ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。