【連載第4回】

今、日本の農業は変わらなければならない。食料安保、食料自給率、農業保護などにおける農業政策の歪みにより日本農業は脆弱化し、世界での競争力を失った。本連載では、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で 世界2位の農産物輸出国にまで成長したオランダの農業モデルと日本の農業を照合しながら、日本がオランダ農業から何を学び、どのように変えていくべきかを大前研一氏が解説します。

*本連載では大前研一さんの著作『大前研一ビジネスジャーナルNo.8』より、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で世界に名を馳せるオランダの農業モデルと、日本の農業の転換について解説します。

大前研一ビジネスジャーナル No.8(アイドルエコノミー~空いているものに隠れたビジネスチャンス~)
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大前研一氏が2015年に新しく打ち出したキーワード、「アイドルエコノミー」をメインテーマとして収録。AirbnbやUberに代表される、ネットワーク技術の発達を背景に台頭してきたモノ・人・情報をシェア/マッチングするビジネスモデルについて解説します。
同時収録特集として「クオリティ型農業国オランダから学ぶ”スマートアグリ”の最前線」を掲載。世界2位の農産物輸出を誇るオランダ農業モデルを題材に、日本の農業の問題点を探ります。

「選択と集中」が産業としての農業を発展させる

危機感からの出発

世界第2位の農産物輸出額を誇るまでに成長を遂げた、現在のオランダ農業の出発点は、1986年のポルトガル、スペインのEC加盟でした(図-9)。
ECの形成により国境が事実上撤廃され、ポルトガルとスペインが加わると、葉物をはじめ安価な野菜がオランダ国内に流入し、農家は大きなダメージを受けました。危機感を抱いたオランダは農業の「自由化」「選択と集中」「イノベーション」を促進します。


農業が経済省の管轄下に入った意味

まずは農地と生産品目の集約化を行い、大規模なハウス栽培を始めました。続いて、ワーへニンゲン大学と近隣の研究機関でコミュニティを作り、研究施設と専門家の集中も始めます。そして、日本でいうJA全中に匹敵する公的機関であったDLVを民営化します。

その後、施設園芸のクラスター化を進め、6カ所のグリーンポートと、さらにフードバレーも作りました。また、2010年には経済省と農業・自然・食品安全省が統合され、新しい「経済省」が誕生。これによって農業は経済である、産業の一部であると位置づけられたわけです。

農業経営者のCHP(熱電併給システム)による売電も盛んになり、今ではオランダ全体の総電力量の10%を、園芸施設の余剰電力で供給しています。
この農家の大規模化の過程で農業経営体もシュリンクし、1980年の15700社から現在の7100社まで縮小しました。

穀物自給率の低下は輸出力でカバー

「選択と集中」としては、穀物の自給率にも変化がありました。オランダの小麦輸入量は1980年代以降非常に伸びています(図-10)。日本の穀物自給率は28%で減少がストップしていますが、オランダは14%まで落ち込んでいます。


穀物は保存がきくものですし、世界的には最適地で作るのが常識です。まして、オランダにおいては約10兆円もの輸出力がありますので、穀物の自給率が14%であることを気にする人は誰もいない、ということです。

輸出のカギとなる加工貿易と中継貿易

農作物貿易の3つのパターン

オランダは農作物貿易にも特徴があります。単純に生産したものを輸出するパターンを①とすると、②輸入した原材料を加工して輸出する「加工貿易」、③輸入したものをそのまま輸出する「中継貿易」の3パターンを使い分けています。②の加工貿易は日本の戦後の成長を支えたモデルでもあります。

10倍以上の付加価値をつける加工貿易

オランダの加工貿易の具体例を見てみましょう(図-11、図-12)。

2億ドルかけて、牛乳を安いところから大量に輸入し、同時にドイツとフランスから飼料も輸入し、チーズに加工します。こうしてオランダのゴーダチーズなどができあがり、輸出するわけですが、その輸出額は29億ドル。つまり10倍以上の付加価値がつくということです。

カカオ豆はアフリカなどから輸入し、チョコレートや、バンホーテンのようにココアにして輸出します。これもオランダは強いですね。
さらにアフリカや中南米から、花卉類の種、苗、球根を輸入し、栽培して花卉として輸出します。ところが最近では、③の中継貿易も絡んできており、アフリカなどから直接取引先に届けるケースも出てきています。

また、米国や南米などからタバコ葉を輸入し、加工してタバコ製品として輸出すると、非常に付加価値が高くなります。今は世界中でタバコ工場が余っていますから、そういうところに委託生産して、そこからたとえばJTなどに輸出するケースもあります。


輸入地域と輸出地域の巧みな使い分け

原材料はEU域外から、完成品はEU内からそれぞれ輸入し、輸出は主にEUへ、というのが特徴的です(図-13)。ブラジルから大豆、タバコの葉、アルゼンチンから大豆、ナッツ、飼料、米国から大豆、タバコの葉、マレーシアからパーム油、天然ゴム、脂肪酸というように、原材料の輸入先はほとんどがEU域外です。


栽培する野菜も選択と集中

野菜や畜産物も高付加価値路線へシフト

チーズなど高付加価値商品を作り輸出する加工貿易を行っていますが、生産する農産物そのものも高付加価値路線へシフトしています。

穀物自給率に関する箇所でも触れましたが、小麦、トウモロコシなど安い穀物はとにかく輸入する。反対に、付加価値の高い野菜や畜産物は自国で生産し、輸出するのがオランダ流です。

図-14をご覧ください。オランダの施設野菜の栽培面積の8割をトマト、パプリカ、キュウリの3品目が占めています。これらは世界的に見て輸出平均価格が高い品目、つまり輸入の需要が大きい品目です。
畜産物でいえば前述したチーズも輸出平均価格が高いですし、オランダの輸出上位品目でもある牛肉も、輸出平均価格の高い品目です。オランダが、実に賢く高付加価値路線にシフトしたことがよくわかります。


(次回へ続く)

◎本稿は、書籍編集者が目利きした連載で楽しむ読み物サイトBiblionの提供記事です。

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