この連載は「新しい働き方はどのように生まれた? 海外編」ということで、これまで主にオーストラリアについて書いてきました。長年住んでいて感じるのは、何度も言うようですが、オーストラリアでは人間が大事にされていて住みやすい所だということです。けれども、日本からオーストラリアに来たばかりの日本人から見ると不満に感じることも数多くあります。今回は、そうした日本人の目に映ったオーストラリア、特に不満に思うことについて書いてみたいと思います。

笑ってくれない受付担当者

駐在員のAさんからある書類の手続きをしたいので通訳として関係の事務所にいっしょに行って欲しいとの依頼がありました。Aさんは英語も結構話せる人だったので、通訳は念のためにということでアテンドしました。事務所につくと、受付には中年の女性が座っていて、「ご用はなんでしょうか」と聞いてきました。ところが、その時のその受付の顔を見るなりAさんはたじたじとなり、日本語で「この顔だめ、すみませんが、とりつくろってくれませんか」と私に言ってきたのです。Aさんが恐れた「この顔」というのは愛想のない無表情な顔のことでした。どちらかと言えばぶすっとして見える顔です。オーストラリアに住み慣れてしまうと、こういう顔も「自然の顔」にしか見えないのですが、日本でにこにこした愛想のよい受付の顔に慣れている日本人にとっては、受付にいるオーストラリア人の「自然な顔」は鬼の顔のように見えるのではないかと思います。

メールの返事はいつくるの?

駐在員のBさんは、3か月後に予定された社内のゴルフ大会の幹事をしていたので、ゴルフトーナメント予約の申し込みをゴルフ場にしてくれるよう私に頼んできました。それで早速ゴルフ場にメールを送りましたが、その日の終わりごろBさんがゴルフ場から返事が来たかと聞きに来ました。返事はまだで、もう少し待って欲しいと言うと、Bさんはかなり不満気味。そして「早く返事をくれるようゴルフ場に催促して欲しい」と言うのです。それでゴルフ場に電話をかけると「予約はたぶん大丈夫なので、後で確認のメールを送ります。今少し忙しいので」とのことでした。そして3日後、「トーナメントを予約しました」という返事が無事ゴルフ場から来ました。オーストラリアでは返事が来るまでには、緊急の時を除けば、2~3日掛かるのが普通。Bさんには信じがたく耐えられないことだったようです。

会議は時間通り始まらない

イベントや会議があるとき、日本人だったら必ず10分前には会場に来ていますね。でもこの「日本の常識」は、必ずしも世界の常識ではないようです。それを言い現わした一つのジョークがあります。

「8時から始まる会議があったとして、どの参加者にも8時ちょうどに来て欲しいと思ったら、ドイツ人には8時に来るように、イタリア人には7:50に来るように、そして日本人には8:10に来るように伝えればよい。」

どうでしょう。それぞれの国民性をよく言い現わしていると思うのですが、この中で、世界的に見て一番多いのがイタリア人のタイプのようです。そしてオーストラリア人もこのタイプに属します。ですから日本人とオーストラリア人の間で会議を開く段になると、会議が始まる時間になって会議室に来ているのはいつも日本人だけ。実際会議が始まるのは予定の時間から10分ほど経ってからなのです。

それでもオーストラリアはいい国?

以上の3つの例は、オーストラリアで日常的に見られる光景なのですが、オーストラリア人と接する日本人がどれほどイライラさせられるか想像がつくのではないかと思います。日本の習慣を基準にすれば、オーストラリア人の態度は愛想がなく、返事も遅く、会議にも時間通り来ないなど、サービスの質も速さも日本とは比べものにならないほど劣るのです。ですから日本から来たばかりの日本人はみんなオーストラリアは「ダメな国だ」と言います。ところが何年もオーストラリアに住んだ人や何度も出張や駐在で訪れたことのある人はオーストラリアはいい国だと言うのです。

その違いはなぜなのでしょうか。それは、日本式では、サービスを受ける立場にあるときには大変心地よいものなのですが、サービスを提供する立場になると、緊張し、気を使い、頑張らなくてはいけなくなるからです。そしてこの2つ、つまり「良いサービスを受けること」と「緊張し、気を使い、頑張って働く」ことを天秤にかけると、少しくらい受けるサービスが悪くても、自然体でいられることのほうがずっといいということになってしまうのです。何しろサービスを受けるのは時々であっても、働くことは毎日のことなのですから。

グローバル化がもたらしたものは?

ところが、日本流に言えば「不真面目な」オーストラリア人の働き方も、世界がグローバル化し始めたころから少しずつ変わってきました。「生産性向上委員会」ができ日本の「カイゼン」精神が導入され、世界的な競争の波が働き方を変えなければいけなくなったのです。

受付の対応も少し友好的になり、メールの返事も前より速くなってきたように思います。そして会議によっては時間通りに開かれる会議も増えてきました。もしかしたら近い将来には、どこの受付に行っても笑顔で迎えてくれる人がいるような国になるのかもしれません。でもその時、オーストラリアはもっと住みやすい国になっているのでしょうか。それとも住みにくい国になってしまうのでしょうか。

記事制作/setsukotruong