しばらく前に「通訳への転職」について執筆を頼まれたことがありました。これまでの通訳の経験に基づいて記事を書いて欲しいと言うもので、いくつかテーマを与えられました。その与えられたテーマの中に「中途採用の基準」というテーマがあったのですが、このテーマでは少し困ったことを覚えています。

なぜかというと、オーストラリアでは雇用形態といえば中途採用が一般的で、経験を重視する以外、特に「中途採用の基準」があるわけではなかったからです。結局、このテーマについては執筆しないことで了解してもらいましたが、その時にオーストラリアの雇用形態は日本とはずいぶん違っているということを改めて考えさせられました。

雇用形態の2つのタイプ

日本の雇用形態は「メンバーショップ型」で、毎年、新卒者を多数雇い、雇われたメンバーは年功序列の制度に従って退職するまで一つの企業で働き続けるケースがほとんどです。反対に、オーストラリアや他の国々で見られるような中途採用が当たり前のいわゆる「ジョブ型雇用」では、組織よりも「人」に重きが置かれています。それぞれの人が何をしたいかが選択の基準になります。

どちらにもメリットとデメリットがありますが、日本の雇用形態については「【新しい働き方はどのように生まれた?】第6回:日本型雇用システムのメリット、デメリットとは」でメリットデメリットについて書いていますので、ここではそちらを参考にしていただきたいと思います。ではジョブ型雇用ではどのような特徴があるのでしょうか。

雇用についての考え方の違い

入社して3年たったころ、女性のエンジニアが一人入社してきました。彼女はシンガポール出身でオーストラリアには4年前に移住したとのことでした。私が「入社して3年になる」と言うと「じゃあそろそろ転職を考えてるの?」と聞かれました。当時の私はまだ日本人的な考え方をしていたので、どきっとしたことを覚えています。シンガポールではいろいろな会社で様々な経験したことが評価されるそうで、職を変えるのは日常茶飯事とのことでした。このことはオーストラリアでも同じで、当時の職場では少なくとも3か月に1回は、新しい仕事を見つけて会社を辞めていく人がいました

ジョブ型雇用形態は個人の意思に基づく

ジョブ型雇用形態では、昇進は会社側から任命されるものではなく、応募と選考を通して与えられるものです。

具体的に言えば、まず会社側は社内で特定の職位に対して人を募ります。従業員はもしその職位に関心があれば応募します。そしてその職位が現在の職位よりランクの高いものであれば、選ばれた時に昇進することになります。このように本人の意思を尊重するため、無理やりやりたくない仕事をさせられることもなく、また意思に反して海外に派遣されることもありません。また、ずっと一つの職位に留まる人もいれば、短期間で昇進する人もいます。

一つの職位に留まる人には2つのタイプがあります。一つは別の職に変えたいが空きがないとか業績が認められないタイプ。もう一つは家庭を持った女性に多いのですが、昇進を希望せず一つの職位にずっと留まるケースです。このため、30年以上も一つの職場で働く人もいます。

では、具体的にジョブ型雇用にはどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか。以下にまとめてみました。

ジョブ型雇用形態のメリット

自分で働きたい会社に入社し、やりたい仕事ができる

ジョブ型雇用の一番のメリットは仕事を自由に選択できるということです。もちろん応募したからと言って必ずしも採用されるとは限りませんが、数多く応募していけば採用される率も増えるわけです。ジョブ型雇用は現在の職場に不満があるときにその不満を解消するのには一番手っ取り早いやり方かもしれません。

実力や経験が重視される

ジョブ型雇用では、年功序列ではなく実力や経験が基準となります。ですから、誰にとってもフェアで平等な雇用形態だと言えます。通常、人を雇うときは、その職位に適した人をまず社内で募集することになります。社内に適した人がいないと、初めて社外から募集します。

新鮮な経験や考え方の取り入れ

ジョブ型雇用では、他の企業から人を採用するわけですから、そうした人達はその部署や会社にない経験や考え方を持っている場合が多く、社内に新風を吹き込んでくれることが多いのです。

ジョブ型雇用形態のデメリット

会社の知的財産が流出

ジョブ型雇用では、社員を育成しても転職により、それまで築いてくれた知的財産が流出する可能性があります。そのため、社内教育は日本ほど充実していません。安全関係や企業方針などの基本的な教育以外の教育は従業員次第です。各従業員は勉強したいものがあれば人事課に教育機関を紹介してもらい、勉強し資格を取ることになります。費用は内容により会社が出したり自費になったりします。

新卒者にとって不利

オーストラリアにも「新卒者(Graduates)」という言葉がありますが、ほとんどの場合、新卒者を雇うのは中途採用者より賃金が安いことが理由です。日本のように大量に雇って年功序列で育てていける場合は「大事な卵」に見えますが、ジョブ型雇用では雇ってもいつ辞めるかわからないという可能性があるため、とくに新卒者を大事にするという傾向はないのです。そういう意味では、新卒者は圧倒的に経験が不足しているわけですから、ジョブ型雇用形態は、就職しにくく不利な立場にあります。欧米社会で若い年齢層の失業率が高い原因になっています。

ジョブ型雇用形態を実現するための条件

ここで、話を自分の職場に戻してみたいと思います。就職して10年位は前述の通り辞めていく人の数が多かったのですが、それ以降辞めていく人がほとんどいなくなりました。職場からいなくなる人は退職する人か、または社内で別の職位に移る人のみで、その他のメンバーはそのまま職場に留まったのです。

これはなぜなのかと考えましたが、理由としてはグローバル化に伴い企業間の競争が激しくなり、不安要素が大きくなったからではないかというところに行きつきました。それは日本でも同じで、公務員の職が人気を呼んでいることでもわかります。個人の意思が重視され、フレキシブルな働き方ができるジョブ型雇用形態ですが、ジョブ型雇用を実現するには、経済が安定していると言う前提条件が必要なのだと思います。

記事制作/setsukotruong