モバイル機器の急激な普及を始めとする技術の発展とともに、「ヘルスケア」分野は、成長著しい分野としてますます注目度が高まっています。

しかし、「ヘルスケア」は人の生命にかかわる分野であるからこそ、法規制の内容が厳しい側面もあり、そのため、関連する法規制やその特性を踏まえた適切なサービスを設計する必要があります。

ヘルスケア分野では、医師法、医療法、薬剤師法、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法。従前薬事法と略されていた法律が名称も含めて改正されたことにより、薬機法と略されるようになりました。)など、様々な法律が関連してきます。また、ヘルスケア分野では、厚生労働省からの通達に従った運用がなされる傾向が強くありますので、このような通達にも配慮する必要があります。

そこで、今回は、4回にわたってヘルスケアベンチャーにおいて法律上よく問題となるポイントを紹介していきます。

前回はこちら。

ヘルスケア分野における広告規制

⑦薬機法等における広告規制

最近の健康志向の高まりの中、若干行き過ぎではないかと思われる広告が散見されるようになってきています。

しかし、医薬品等に関する広告が適正さを欠いた場合、国民の保健衛生上、大きな影響を与えるおそれがあります。

したがって、薬機法上、広告に関する規制が定められています。

そのため、サービスの広告・宣伝にあたり、どのような広告が禁止されているのか、しっかりと認識しておくことが重要です。

薬機法第66条第1項では、「何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。 」とし、誇大広告を禁止しています。また、「医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の効能、効果又は性能について、医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事を広告し、記述し、又は流布すること」は誇大広告に該当するとされています(薬機法第66条第2項)。

ここで、注意すべきことは、「何人も」とされている点です。

つまり、製造業者や製造販売業者などのメーカーだけでなく、その広告に絡むすべての人が、責任を問われる可能性があることになります。

また、実際の運用に則ったルールとして「医薬品等適性広告基準」があるほか、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器、それぞれに関しての通知、通達、業界のルール等がありますので、それらも含めて守っていく必要があります。

広告に関しては、薬機法のほか、医療法景品表示法の適用を受けることもあります。
例えば、医薬品について虚偽の内容を記載することは、景品表示法が禁止する優良誤認表示に該当します。

当然のことではありますが、広告を行う場合には、商品の内容について、正確かつ真実の情報を掲載しなければなりません。

例えば、過去のケースにおいては、「食べても食べてもドンドンやせる!安全にやせる!」との表示が公正取引委員会の排除命令の対象となったケース()や、「なんと98%の人が『ヤセた』を実感」などとアンケート結果を掲載し、ほとんどの人が痩身効果を実感したかのような表示をしていたものの、そのアンケート結果が架空のものであったことから改善指示の対象となったケースがあります。

また、広告規制に関連して気をつけなければならないのは、薬機法の「医薬品」についての規制です。なぜなら、薬機法上の医薬品とは、客観的に薬としての効力を有するものだけでなく、客観的に人または動物の疾病の診断、治療または予防に使用されることが目的とされている表示等がされている場合には、医薬品に含まれるとするのが最高裁の立場だからです。実際に、「トイレが近い!キレが悪い! そんな悩みを感じている方必見!」との表示が、疾病の治療や予防が可能であることを暗示しているため、医薬品に該当するとして、承認前の医薬品の広告の禁止を定める薬機法68条に違反するとしたケースもあります。

したがって、本来薬としての効果を有さない食品などであっても、その広告にあたり、医薬品的な効能効果を標榜する表現を含めてしまうと、薬機法上の規制対象となってしまう可能性があることに注意しましょう。

ヘルスケアサービスにおいては、ユーザーに訴求するために表現が行き過ぎてしまいがちですので、この点については慎重に検討するようにしましょう。

ヘルスケア分野と個人情報保護

⑧個人情報保護の重要性

ヘルスケアベンチャーにおいては、個人情報の保護も重要です。

ユーザーの身体的特徴、病状、治療経過などは、ユーザーのプライバシーの中でも特に保護を要する情報といえるからです。

個人情報の保護に関しては、個人情報保護法が、民間事業者が遵守すべき義務を定めています。

したがって、同法に従った運用を行う必要があることは当然の前提となります。
もっとも、個人情報保護法をどのように解釈すべきか、具体的にどのような対策を講じておくべきであるのかということは、各省庁や業界団体が策定した各分野のガイドラインに定められています。

ヘルスケアベンチャーにおいては、厚生労働省や経済産業省が策定しているガイドラインやガイドラインに関するQ&Aが参考になると考えられます。

したがって、個人情報保護法だけではなく、これらのガイドラインも考慮して、ユーザーの個人情報を保護するための具体的な体制づくりを行っていく必要があります。

なお、2017年9月頃までに施行が予定される改正個人情報保護法下においては、ゲノム(全遺伝情報)が個人情報であることを明記され、かつ、かかる情報は他の個人情報よりも慎重な取扱いが求められる「要配慮保護情報」とされる予定とのことですので、改正個人情報保護法施行令の内容や、それを踏まえて改訂されると予想されるガイドラインの内容は、ヘルスケアベンチャーの関係者にとって必見と考えられます。

ヘルスケア分野における知的財産権

⑨知的財産権の確保も忘れずに

ヘルスケアベンチャーが気をつけるべき主な知的財産権としては、特許権、著作権、商標権が挙げられます。

まず、特許権は、登録されている特許には排他的な権利が認められます。従って、自らが行っているビジネスに関する特許を取得することができないかという点及び自らが行っているビジネスが第三者の特許を侵害していないかという点を検討する余地があるでしょう。

特許として認められた場合には、発明者がその発明を独占的に使用することが可能となりますが、①産業上の利用可能性、②新規性、③進歩性の要件が認められなければ特許を取得することはできませんし、特許出願をした場合、発明内容が特許庁から公開されるため、その発明は他社に知られてしまうことになります。

したがって、上記①から③の要件を満たさない場合や、発明を他社に知られたくない場合には、そのノウハウ等を秘匿化し、不正競争防止法の対象となる「営業秘密」として、ノウハウを保護していくことが考えられます。「営業秘密」と認められる場合には、特許権と同様に、差止請求や損害賠償請求が認められます。

もっとも、「営業秘密」として保護されるためには、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3つの要件全てを満たすことが必要となります。実際には、特に、①の秘密管理性の要件を満たしているかが争われるケースが多くなっているところ、この点については、「営業秘密管理指針」において、法的に営業秘密として認められるための管理方法の具体例などが記載されていますので、「営業秘密」として守っていきたいということであれば、同指針を踏まえて、社内の管理体制を構築していくことが重要となります。

これらの点を踏まえて、技術的な情報を秘匿しながら営業秘密として保護するか、公開して特許権として保護するかを検討することが重要です。

次に、著作権について特に気を付けなければならないのは、外部のエンジニアにサービスの開発を委託するような場合において、当該サービスに関する知的財産権を確保しておかなければならないということです。

著作権法上は、著作権は著作物を創作した著作者に帰属するのが原則となります。
外部にサービスの開発を委託したような場合、受託者が作った成果物の著作権はまず受託者のものになります。

したがって、自社で権利を確保しておきたいのであれば、必ず契約書に知的財産権の移転に関する規定を定めておきましょう。どのように定めるかについては、こちらの記事をご参照下さい。

また、自社の会社名やサービス名について、しっかりと商標を取得しておくことも重要です。

商標は非常に重要なものであるにもかかわらず、特にスタートアップでは取得していないことも少なくありません。IPOが近くなった時点で自社のメインサービスの商標が他社に取られていたことが明らかになったりした場合には、本当に大変なことになってしまいますので、早めの取得を検討しておきましょう。

専門家:長尾 卓(AZX総合法律事務所 パートナー弁護士) 
ベンチャー企業のサポートを専門としており、ビジネスモデルの法務チェック、利用規約の作成、資金調達、ストックオプションの発行、M&Aのサポート、上場審査のサポート等、ベンチャー企業のあらゆる法務に携わる。特にITベンチャーのサポートを得意とする。趣味は、バスケ、ゴルフ、お酒。

専門家:小鷹 龍哉(AZX総合法律事務所 弁護士)
弁護士になって以来、適法性チェック、各種契約関係法務、ファイナンスサポートなどを通じて、ウェブサービス、スマートフォンアプリサービス等をメインとするベンチャー企業の挑戦を幅広くサポートしている。特にファイナンスに強い。

ノマドジャーナル編集部
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