【連載第5回】
今、日本の農業は変わらなければならない。食料安保、食料自給率、農業保護などにおける農業政策の歪みにより日本農業は脆弱化し、世界での競争力を失った。本連載では、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で 世界2位の農産物輸出国にまで成長したオランダの農業モデルと日本の農業を照合しながら、日本がオランダ農業から何を学び、どのように変えていくべきかを大前研一氏が解説します。
*本連載では大前研一さんの著作『大前研一ビジネスジャーナルNo.8』より、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で世界に名を馳せるオランダの農業モデルと、日本の農業の転換について解説します。
大前研一ビジネスジャーナル No.8(アイドルエコノミー~空いているものに隠れたビジネスチャンス~)
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大前研一氏が2015年に新しく打ち出したキーワード、「アイドルエコノミー」をメインテーマとして収録。AirbnbやUberに代表される、ネットワーク技術の発達を背景に台頭してきたモノ・人・情報をシェア/マッチングするビジネスモデルについて解説します。
同時収録特集として「クオリティ型農業国オランダから学ぶ”スマートアグリ”の最前線」を掲載。世界2位の農産物輸出を誇るオランダ農業モデルを題材に、日本の農業の問題点を探ります。
国内6カ所のクラスターで行う大型施設園芸
オランダの農業は太陽光利用の施設園芸が中心
ここからはいよいよ、オランダの農業が「スマートアグリ」とされる真髄に迫ります。
まずは栽培方法から見てみましょう(図-15)。
栽培方法は主に、露地栽培と施設園芸に大きく分けられます。施設園芸には日本で行われているような従来型ハウス と、植物工場があります。さらに植物工場は、太陽光を利用したものと、完全に人工光で栽培するものと、2通りに分けられます。
オランダの農業は、この太陽光利用型の施設園芸が中心です。ガラスハウスなどの施設を作り、屋根を半透明にすることで太陽光を利用します。外界の環境変化の影響も受けますが、照明・暖房等を利用して、温度や湿度、CO2濃度なども制御可能です。トマト、パプリカ、メロンなどの栽培に、この方法が非常に適しています。
ただ、オランダに行ったことのある人はご存知でしょうが、あの辺りは曇りや雨の日がとても多いです。ですから、もし太陽光利用を本気でやれば、日本は絶対に負けないと思います。残念ながらドバイには負けると思いますが。
一方の完全人工光型は、完全に閉鎖された環境を作り、LEDや蛍光灯などを光源にして、温度、湿度、CO2濃度を制御しています。これは菌を嫌うようなものに適しているので、葉物野菜の水耕栽培 はこのような施設で行います。
国内6カ所に関係機関を集めたグリーンポートを設置
これらの施設園芸をどこで行うかというと、6カ所に設置された、グリーンポートと呼ばれるクラスターです(図-16)。
グリーンポートは生産者、研究機関、金融・コンサルティング会社、商社、競売業、園芸サプライヤーなどが集まって構成されています。
図の右の写真を見たところ、まるで日本の半導体工場のようですね。施設面積はそれぞれおよそ10haで、大型になると60〜100haにもなります。そういったものが国内に6カ所。ですからオランダの国土と同じくらいの面積の九州であれば、これくらいの規模のものを6カ所作ることで、約10兆円の農産物輸出になるかもしれない、ということです。自動車などよりも大きな額になるという話です。
ただ、日本には農協が700あるからといって、すべての農協が「さあ、オランダ型だ!」と一斉に700カ所のグリーンポートになってしまえば、共倒れになります。いかにこの方法を適度な数でやっていくか、ということが重要です。
オランダ農業の巧みなトリジェネレーション
厄介者のCO2も施設園芸にスマート活用
大規模施設園芸では、エネルギーコストが非常にかかります。オランダの施設園芸におけるトリジェネレーション を見てみましょう(図-17)。
発電に利用するのは天然ガス。温室内照明などの電気を供給するとともに、発電機の排熱による熱を、暖房に利用しています。
さらに目を付けたのが、排ガス=CO2です。光合成には葉緑素に対してCO2が必要です。つまり、実は排ガスだと思われているCO2が、光合成の有力な促進剤になるのではないかということで、この排ガスを積極的に利用することになりました。
図の右にあるように、不要になった原油輸送用のパイプラインを再利用し、ロイヤル・ダッチ・シェルの石油精製工場から排出されるCO2を全国のハウスに送れるようになっています。ビジネスとしては2003年に設立されたOCAP社というベンチャー企業が行っています。
CO2は、一般的には厄介者とされますが、このように施設園芸にとっては非常に役立つのです。
完全人工光型植物工場の特徴と燃料コスト
完全人工光型の植物工場は、日本でも多く見られます。しかし、完全人工光型は設備償却費が非常に高くなるので、同じレタスでも太陽光利用の場合の価格が55〜60円/100gなのに対して、完全人工光では100円以上と高価になります(図-18)。日本は産業向けガスの価格がオランダの2倍近くあります。これは無視できない大きさですね。
ただ、日本は太陽光の量ではオランダに勝りますから、太陽光利用型を考えるのであれば、燃料コストの点もさほど大きなハンディにならないのではないでしょうか。
農業=農場経営。オフィスでの経営管理が農家の仕事
業務内容も必要な人材も一般企業と同じ
オランダの生産者、施設園芸農家はどのような仕事を行っているのか。図-19で見ていきましょう。
ひと言で言ってしまえば、農業というよりも、農園「経営」を行っています。
まず、農園経営主の主な業務内容としては、従業員の指導、労務管理、コスト計算、生産管理、納期管理、販売管理、電力の販売、栽培コンサルタントの活用、資金調達。なかでも電力の販売は非常に重要です。
そしてどのような人材が必要かというと、マーケティング、財務管理、生産管理、IT・システム系の人材であり、一般的な企業の経営と同じです。つまり、日本の年金受給者では難しいということです。
日本で同じことをやるならば、若い人材を活用する、あるいは他の産業から人材を起用するほかないように思います。農協の若手グループを活用するのもよいでしょう。
温室よりパソコンの前にいる時間が長い?
図-19の右側を見てください。パソコンでモニタリングやデータ管理ができますので、温室の中にいるよりも、パソコンの前に座っている時間のほうが長いのではないでしょうか。
何を管理するかというと、気温、湿度、CO2濃度、生育状況など。また、経営管理として出荷状況、コスト、収益指標、売電価格などもモニターしていきます。これは本当に経営者の仕事です。
実は、このオランダの生産者と近い農業を行う地域が日本にもあります。一つは長野県川上村 。レタスの栽培で有名ですが、この地域の農家で年収1億円を切っている人はいません。
それから群馬県嬬恋村 のキャベツ農家もそうです。こうした地域の農場では、バングラデシュなどアジア諸国からの労働者もたくさん働いていて、経営者はパソコンを見ながらさまざまな管理をしています。
農家に関しては後継者不足が問題視されていますが、このような地域で合コンをやりますと、都会から若い女性が殺到します。都会でも年収1億円以上の人はめったにいませんから。長野県の八ヶ岳山麓にある八千穂高原でも、高原野菜を作って年収16億円という人がいます。
ですから、日本でもまだ数カ所ですが、オランダのような農業を行っているところがあるということです。
(次回へ続く)
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