【連載第6回】
今、日本の農業は変わらなければならない。食料安保、食料自給率、農業保護などにおける農業政策の歪みにより日本農業は脆弱化し、世界での競争力を失った。本連載では、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で 世界2位の農産物輸出国にまで成長したオランダの農業モデルと日本の農業を照合しながら、日本がオランダ農業から何を学び、どのように変えていくべきかを大前研一氏が解説します。
*本連載では大前研一さんの著作『大前研一ビジネスジャーナルNo.8』より、IT技術を駆使した「スマートアグリ」で世界に名を馳せるオランダの農業モデルと、日本の農業の転換について解説します。
大前研一ビジネスジャーナル No.8(アイドルエコノミー~空いているものに隠れたビジネスチャンス~)
¥1,620
大前研一氏が2015年に新しく打ち出したキーワード、「アイドルエコノミー」をメインテーマとして収録。AirbnbやUberに代表される、ネットワーク技術の発達を背景に台頭してきたモノ・人・情報をシェア/マッチングするビジネスモデルについて解説します。
同時収録特集として「クオリティ型農業国オランダから学ぶ”スマートアグリ”の最前線」を掲載。世界2位の農産物輸出を誇るオランダ農業モデルを題材に、日本の農業の問題点を探ります。
世界へ飛躍するオランダの農業関連企業
温室環境制御、温室設備で世界的企業に
オランダでは農業が転換していくなかで、生産者が変化するだけでなく、企業も育ちました。
図-20の左側をご覧ください。
いわゆる近代的な施設園芸の全体システムを提供するプリバという会社は、今や世界最大の温室環境制御システム開発会社となっています。全世界の圃場データを集約したビッグデータを持ち、そのデータを生かしてさまざまなコンサルティングを行っており、世界70カ国以上で導入されています。海外売上比率は50%もあります。
さらに右側をご覧ください。ファンデルフーベンも、温室設備の世界的メーカーへと成長を遂げています。温室の設計・部材製造・建設だけでなく、ヒーティングや灌漑設備なども請け負っており、世界60カ国以上で導入されています。
オランダの会社はフットワーク良く海外に出ていきますので、こうした会社がコンサルタントと共にロシアにどっと行き、ノウハウを教えたことで、ロシアの農業は今、輸入しないでも事足りるまで成長してきました。ロシアの農業は欧州との軋轢の中で大きな改革を遂げて、オランダ型に転換し、あっというまに今のところまできたのです。
自動搾乳システムも海外へ輸出
また、オランダでは酪農分野もオートメーション化しており、企業が躍進しています(図-21)。
レリーという会社が持っているのが、自動搾乳システムです。牛にマイクロチップ入りのタグを付けて管理し、搾乳頻度や健康状態をチェックします。そろそろ搾乳の頃だという牛を餌でアストロナットという自動搾乳ロボットのところまでおびき寄せ、自動的に搾乳します。
このシステム稼働状況は、管理者がスマホで管理しています。搾乳が済むと放牧されるようになっており、朝コース、昼コース、夜コースの3回で乳の溜まった牛が搾乳される全自動システムになっています。
元来、労働集約型である酪農を工夫と改善で全自動化したのですが、とはいえ、牛乳の販売、施設維持などさまざまな業務がありますから、2000人を雇用する巨大な会社になっており、この自動搾乳システムも海外へ輸出しています。
農業関連企業の多くが国際展開。トータルでパッケージ化して輸出も
この3社の例から読み取れるように、オランダの農業関連企業はみな、自国で実績を作り、輸出企業になっています。
図-22をご覧ください。有名なのは食品会社で、ユニリーバ、ビールのハイネケン、欧州最大のミートパッカーであるVION。生産事業者では、花卉類の生産・販売を行うLEVOPLANT。トマトのRoyal Pride Holland、パプリカのValster Brothers、世界最大規模の酪農組合であるFriesland Campina。こうしたところが、世界的な競争力を付けてきました。
また、前出のプリバ、ファンデルフーベン、レリーに加えて、施設園芸用のLED照明を開発しているPhilipsもあります。種苗会社ではincotec、ライク・ズワーンなどが国際展開しています。
オランダは、施設栽培の設備から種苗などの資材、IT制御システム、運営技術など、これらの企業をトータルでパッケージ化して、海外に輸出する力も付けてきています。
花卉ビジネスは効率化でグローバルビジネスに発展
世界最大の花市場・FloraHolland
オランダの農産物のなかでも圧倒的に強いのが花卉類です。世界の花卉市場シェアの6割をオランダが握っているほどです。
オランダはFloraHollandという世界最大の花市場を持っています。市場ではスクリーン上で花卉の入札・落札を行っており、スクリーンの手前にある席に卸業者が座り、端末を使って買い付けをして配送してもらっています。場合によっては、仲介業者が海外の顧客に届けるように手配します(図-23)。
FloraHollandの自動倉庫では、花を格納したトロッコが自動で搬送されています。全システムは7〜8度くらいのコールドチェーンでつながっており、自動化・効率化の工夫をここでも見ることができます。
アフリカで育てた花をEU諸国へ輸出
オランダの農業において、花卉ビジネスのグローバル展開は非常に重要な産業になっています(図-24)。
オランダの花卉生産においては、球根、種、研究施設はオランダ国内にあります。それらが市場で取引され、一部はそのまま供給もしますが、主にアフリカに輸出されていきます。そして、太陽がたくさん当たり、労働賃金も土地代も低く抑えられる地域で花卉を栽培し、オランダを中継することなく、需要地であるドイツなどEU諸国へと送るのです。
このようなシステムで輸出することで、オランダの花卉ビジネスはグローバルビジネスへと発展しつつあります。
産学連携を支えるクラスターと農業コンサルタント
研究者1万人、食品関連企業1400社が集まる、食の一大クラスター
オランダでは、ワーへニンゲン大学を中心とした「フードバレー」も形成されています(図-25)。グリーンポートが生産中心だとすると、このフードバレーは研究が中心で、世界的な食品関連専門研究機関、世界的な食品関連企業が集まり、「食」の研究開発・生産・加工・包装・物流・流通までを取り扱います。アグリフード産業の一大クラスターということです。
どのくらい大規模かというと、食品関連企業が約1400社、科学関連企業が約70社、研究機関が約20、研究者は総勢約1万人という状況です。日本からはキッコーマン、日本水産、アサヒビール、サントリーなどが進出しており、米国からはカーギル、ハインツ、サラ・リーなど、欧州からはダノン、ネスレ、Arla Foods、ユニリーバなど、とにかく世界の名だたる食品関連企業がここに出揃っているというわけです。
こうした進出企業と大学・研究機関が、産学連携で多様な研究・事業を行えるように、フードバレー財団というものがコーディネート役として機能しています。
種苗分野も世界的企業を集めてクラスター化
さらに、種子に関しても一大クラスターが形成されています(図-26)。
オランダでは世界的な種苗メーカーが育っており、ライクズワーンは世界第5位の種苗メーカーで世界100カ国以上に種苗を販売、incotecは種子の加工を専門としている大手メーカーで世界に11拠点を持っています。
これらの企業を集めたのが北部のノールト・ホランド州にある「シードバレー」で、世界最大の種苗メーカーである米国のモンサント をはじめとする21社が進出しています。サステナブルかつ高品質で革新的なアグリセクターを目指して、試験農場、研究開発やプラントファーミング、生産システム開発で協働を進めています。
研究機関と生産者をつなぐ農業コンサルタント
また、大学や研究所、農業関連企業、生産者のつなぎ役として、大勢の農業コンサルタントが活躍しているのも、オランダ農業の特徴です(図-27)。
たとえば、ワーへニンゲン大学の研究結果があったとしても、それをそのまま農園経営者に渡しても理解できないし、活用できません。
そんな時、この農業コンサルタントが研究結果を噛み砕いて経営的な言語に置き換え、農園経営者に解説とアドバイスをするというわけです。これは非常に重要な仕事です。また、彼らは国内に限らず、世界各国へ出かけていき、さまざまな国の農業指導もしています。
具体的にどのような指導を行うのかというと、分野としては切り花、鉢物、温室野菜、路地作物、樹木、果樹、球根、有機農業。それらについて、品種の選択から、環境制御、CO2施設の使い方、施肥や灌水の管理、植物の保護、IPMと呼ばれる害虫対策、GAPと呼ばれるいわゆる”お墨付き”農産物となるための認証取得サポートなど、幅広い指導を行っています。
(次回へ続く)
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