AIの発展によってさまざまな産業が変革する中、もっとも成長が見込まれる分野の一つが自動車産業です。そのカギとなるのは、AIによる自動運転です。政府のバックアップのもと、IT企業や自動車メーカーがこぞって開発に力を入れ、熾烈な競争を進めていますが、そもそも自動運転の定義は何なのでしょう。またどこまで進んでいるのか、実用化の見通しはいつなのか、そして世の中の産業がどのように変化していくのか、詳しく解説していきます。
自動運転はまだまだ序章
「いやぁ、本当に安心して運転できますよ。昔に比べたら事故の心配は少ないし、その分気が楽だから疲れないし、いい時代ですね」
あるとき、筆者が乗車したタクシーの運転手さん(60代)は、笑顔でそう言いました。車両搭載のセンサーがほかの車や歩行者を認識し、衝突しそうになると減速。車線をはみ出しそうになったときは警告&走路を修正。前の車との車間距離や速度を測り、速度を調整。最新の自動車では、これらを全てコンピュータが行ってくれるのです。人間がすべての予測・判断・操作をしていた頃と比べると、ドライバーの負担はかなり減りますし、安全性も向上しています。運転手さんが喜ぶのも当然でしょう。
しかし、これらは自動運転の序章でしかありません。米運輸省のNHTSA(高速道路交通安全局)は、自動運転をレベル1~4と定めています。その基準によると、先に挙げた機能はレベル1~2に過ぎないのです。それより上のレベルになると、ドライバー主導ではなく、コンピュータ主導での自動運転が行われるようになります。レベル3はドライバーが緊急時に対応を行うのみ。レベル4はドライバーさえも不要な、完全なる自動運転です。
出典:首相官邸ホームページ 官民ITS構想・ロードマップ(2016年資料)
2020年にはレベル3が実現!?
ではレベル3以上の自動運転は、どこまで進んでいるのでしょうか。各自動車メーカーやIT企業が開発を進めていますが、いずれも実験段階で、実用レベルには達していません。技術的にはクリアできていても、問題なく運転できるのは、高速道路など歩行者がおらず、車線変更の必要もない場所に限られます。なぜなら、一般道路では右折や左折がありますし、歩行者やほかの車両が予期せぬ動きをすることも考えられます。また朝や夜といった時間帯や、晴れや雨や雪など天候の変化もあります。レベル3以上を実現するには、ありとあらゆる環境・場面を想定し、人工知能に学習させる必要があるのです。
しかし、その実現は遠い未来のことではなさそうです。トヨタは2015年10月、自動運転のデモ走行を首都高速などで行いました。翌年1月には新会社「TOYOTA RESEARCH INSTITUTE,INC.」を米シリコンバレーに設立し、自動運転のためのAI研究を加速させています。ホンダもグーグルの子会社であるウェイモと提携に向けた協議を進めており、日産も自動運転技術「プロパイロット」を搭載した車をすでに発売しています。こうした動きから、レベル3の実用化は2020年頃とみられています。日本政府も東京オリンピックまでに自動運転のバスやタクシーを実用化させ、人々の交通手段にすると掲げています。
海外でも自動運転は、実用化に向かい着々と進んでいます。米フィアット・クライスラーはグーグルと提携し、開発を進めています。AIのリーディングカンパニーのグーグルだけに、自動運転でも業界の最先端を走っています。フォードやBMW、アウディなどの自動車メーカーも、2020年代前半に自動運転の実用化を目指すと発表しています。配車アプリUberの子会社で、自動運転開発を行うOttoは2016年10月、5万本のビールを積んだ同社の大型トラックに、コロラド州の約200キロを自動運転で走行させることに成功しています。
自動運転で産業や社会はこう変わる
レベル3以上の自動運転が実用化されると、社会は大きく変わります。まずは産業構造です。無人のバスやタクシーが普及すると、ドライバーの仕事は激減するでしょう。しかし、人手不足が解消され、さらにバス業界は経費の約5割、タクシー業界では約7割とされる人件費も削減できます。過重労働が社会問題となっている物流業界でも、自動運転は間違いなく活躍することでしょう。交通網が少ない過疎地でも、地域住民の足となりえるはずです。
同時に、個人で車を持たない人が増加し、必要なときに車を利用するカーシェアリングが主流になります。すると駐車場や教習所、ガソリンスタンドや修理工場は減っていきます。無茶な運転をする人がいなくなるので、交通課の警察官も少なくなるでしょう。
新たなルール整備も必要になります。例えば、もし事故が起きたら、誰が責任を取るのか。持ち主なのか、自動車メーカーなのか、システムを開発した企業なのか。それによって、自動車保険のあり方も変わってくるでしょう。運転免許は必要なのか、という疑問も出てきます。もし不要なら、年齢制限は必要なのかという議論も出てきます。本連載の第8回「AIが喚起する倫理問題とは」で紹介した、「事故が起こりそうになったとき、誰を犠牲にすべきか」という倫理的な問題も無視できません。このように、世の中への影響を上げるときりがありません。それほどまでに、自動運転はインパクトの大きい技術なのです。
2020年の実用化に向けて、自動運転関連のニュースはさらに活発化していきます。自動運転の基礎知識を身に付けたうえで、ぜひ意識的に情報収集してみてください。それが、ビジネスや実生活をより豊かにすることに繋がるのですから。
自動運転から見る、AI時代に生き残るヒント
最後に、冒頭のタクシーの話に戻ります。自動運転がさらに進んだ未来で、職を失うことへの不安はないか、と質問した筆者に対し、運転手さんはこういいました。
「そうですね。自動運転がもっと進んだら、私たちの仕事は大半がなくなるでしょうね。けれど、人間のドライバーも残るんじゃないかな。なぜなら、こうやって顔を合わせて、グチや冗談や趣味の話をできるのは、人間のドライバーだけでしょ? 機械のドライバーは安くて便利かもしれないけど、人間にしかない温かみやおもてなしを求めるお客さんも絶対にいるはずですから」
全くその通りだと感じました。自動運転は産業構造を変え、社会を変えます。ドライバーも影響は免れませんが、仕事を奪われるというより、すみ分けが明確になるということなのです。例えば観光タクシーなど、深い知見を持った運転手が、おもてなしをしながら観光地を案内する……そういったドライバーは、自動運転が普及する中でも、機械に代替されないでしょう。運転手さんの言葉には、全ての産業で共通する、AI時代に生き残るための大きなヒントがあるようでした。
ライター: 肥沼 和之
大学中退後、大手広告代理店へ入社。その後、フリーライターとしての活動を経て、2014年に株式会社月に吠えるを設立。編集プロダクションとして、主にビジネス系やノンフィクションの記事制作を行っている。
著書に「究極の愛について語るときに僕たちの語ること(青月社)」
「フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。(実務教育出版)」