「超低額の成果報酬型サービス」を打ち出し、HR業界にパラダイムシフトをもたらしたリブセンス。功力昌治(くぬぎ・まさはる)氏は、その中心で正社員採用サービス「ジョブセンスリンク」を市場に浸透させました。
現在はマーケティングと事業企画の専門家として独立し、多数のベンチャー・スタートアップの相談に応えている功力氏。先日は「Open Research」が企画した無料相談会にも参加し、BtoBマーケティングの秘訣を語っていただきました。「マーケティングを語る前に、まず顧客や自社のことを語れるか」と問い掛ける功力氏に、今後のマーケティング活動全般に求められるポイントについてお話を伺います。
「営業脳」から「マーケティング脳」への変化を
Q:独立後、功力さんはどのような企業支援を行っているのでしょうか?
功力昌治氏(以下、功力氏):
ハンズオンで定期的に関わる企業は5社、スポットでは10社ほどにアドバイスしています。比較的ハンズオンにこだわっているのは、じっくり関わりたいから。ベンチャーは基本的に人が足りないので、アドバイスだけもらっても実行できないことが多いんですよね。
「実行しながらマインドチェンジする」という仕組みを作るには、現場の事業責任者や若いメンバーと最低3カ月ぐらい一緒にやることが必要です。私自身が才能に頼らない、頼れない人間なので、同じような若手がいかに結果を出す仕組みを持てるようになるか、私自身のプロセスを参考にメンタリングできます。人が一番変わるのは「体験→認識(フィードバック含め)」の数や濃度をいかに最大化できるか次第。協働して、なるべくたくさん濃いフィードバックをするように心がけています。振り返りやフィードバックで”認識”しない体験をいくらこなしても片手落ちです。
Q:「マインドチェンジ」とありましたが、これはどのような変化を指しているのですか?
功力氏:
例えばマネジメント領域では「名選手は名監督にあらず」とよく言われますが、確かに個人として営業現場で華々しい業績を残していても、チーム作りでは成功していない人が多いのは事実です。それはマーケティング領域でも同じ。理由は、「営業脳」から「マーケティング脳」へと変われていないことだと思っています。
例えば、営業で新規開拓に成功すると気持ちいいものですが、もっと楽に成果を出すためには既存の顧客を大切にしたほうが早いですよね。では、既存顧客が自発的にリピートしてくれるようになるのは何をするべきか。それを一緒に考え、実行するという活動をしています。
Q:なぜ、こうした活動をしたいと考えるようになったのでしょうか?
功力氏:
私が提供できる価値を会社に最適化するのでなく、社会で最大化したいと思ったんです。会社に所属していると、規模が大きくなるに連れて、役割や組織の変更で最適化していく必要があります。それよりは独立し、数十名規模のスタートアップやベンチャーに特化して、かつ複数の企業へ同時貢献する方が、個人として社会に与えられるインパクトを最大化できると考えました。
個人の目線に落とすと、私自身が”普通”の人でありながらこうした仕事をできるのは、新卒で入った会社やリブセンスの影響、そして習慣や考え方が大きいです。それは再現できるものだと思っていて、それを強く望む人がいれば提供したいと思ったからです。
マーケティング先進企業は、自分たちの「ペルソナ」を再認識する機会を重視している
Q:先日は、Open Researchが企画した無料相談会にも参加していただきました。実際に寄せられた企業からの相談で、どのようなことが印象に残っていますか?
功力氏:
「自分たちの商品にはこんなに価値があるのに、なぜ選ばれないのだろう?」という悩みを持つ企業がありました。相談を受ける中で「貴社の商品を選ぶ人って誰ですか? どんな人ですか?」と聞いてみましたが、その問いには答えられなかったんです。
その企業の商品は、必要な機能をこれまでにどんどんアドオンして、説明資料には20種類もの価値が連なっている状況でした。消費者からすると「お腹いっぱい」になってしまう感じなんですね。しかも、主なターゲットにしているのはシニア層。実に分かりにくいサービスになってしまっていました。
また、これまでの事業実績で培ったクライアントとの関係性を生かせていないという企業もいました。「なぜ自社の商品を使ってくれているのか」をインタビューすればランディングページやマーケティング活動にも生かせるはずなので、これは非常にもったいないですね。こうした、自社把握ができていないという状況はよく見られます。
Q:「顧客の声」を積極的に聞くべきだということですね。
功力氏:
はい。特に規模が大きくなりつつある企業では、大切にすべきポイントだと思います。会社を立ち上げたときの経営者と、大きくなった組織で働く一スタッフは、同じとらえ方、考え方ができるとは限りません。
だからといって、特別に高尚な場を用意しなければいけないというわけでもない。お得意先へ飲み会のようなものを企画し、ごちそうして、「私たちのいいところを教えてください」と褒めまくってもらえばいいんです(笑)。こうした取り組みに積極的な企業は「ファンミーティング」を開き、自分たちのペルソナを再認識する機会として活用しています。
顧客接点を持つ機会が少ないエンジニアにとっても、こうした取り組みは有効ですね。顧客の顔を思い浮かべながら「使い勝手はどうだろう?」「これ本当に使えるのか?」などと考えながら開発できるようになるはずです。部署横断の企画ミーティングでも皆が同じペルソナを浮かべながら実施できれば、幅や深さが出てきます。ファンミーティングがやりづらいのであれば、顧客に事例インタビューをさせてもらい、社内広報していくことも有効です。
Q:自社把握ができないことによって、どのような問題が生じるのでしょう?
功力氏:
これは先日の無料相談会以外でも日々感じているのですが、自社のことや自社商品のことを改めて語れない人は意外と多いものです。「なぜ顧客に選ばれるのか」を問うても、客観的に答えられないんです。強い思いで自社の商品を愛していても、客観的に「なぜ顧客に受け入れられるか」あるいは「受け入れられないか」を考えなくなっている。
また、「新規開拓をやるぞ!」というかけ声ばかりでは、昔ながらの顧客の要望を置き去りにしてしまう。自社と同時に顧客のことも理解し、既存フォロー含めて事業フローの全体マップを頭に入れておかないと、マーケターとしての仕事が成り立たなくなると感じます。
「やらないことを決める」勇気が大切
Q:マーケターにはどんな要素が求められるとお考えですか?
功力氏:
マーケティングには、4つの大切な要素があります。優先順に話すと、一つ目は先ほどからお話している「ペルソナ」。自分たちの大切な顧客像を、特徴や購買パターンやシーンごとに理解し、社内で共有できていることが必要です。二つ目は「価値」。なぜその顧客が自分たちの商品を選んでくれるのかを理解し、共有できていること。三つ目にそれの「伝え方」。「1枚のランディングページで表現してみてください」とリクエストしても、パッと要素をまとめられないことが多い。顧客と提供価値が見えていないと、ここに進めないんです。そして最後に、顧客に伝えるための「有効なチャネルを考える」ことです。
自分たちの顧客が明確になっていることは、単なるビジネス上の美談ではなく、マーケティングを進める上で非常に大切です。特に企業規模が拡大し、部門横断で新たな施策を考えるようなときには、この共通認識があることの効果は大きいと思います。スタートアップでは社長の頭の中でだけこのペルソナが明確になっているケースが多いのですが、定期的に全員でイメージ共有をするべきですね。
Q:マーケティングというと、どうしてもまず「拡散するコンテンツを」とか、「バズるメディアを」と考えてしまいがちなようにも思います。
功力氏:
そうですね。新しいチャネルやマーケティング手法が出るたびにそれを追いかけ、四苦八苦しているマーケターもいるでしょう。そもそも、どんな有効なチャネルでも費用対効果が永続することはあり得ません。費用対効果が落ちていくに連れて、振り回された時間が無駄になってしまうんです。「どのチャネルが費用対効果高いのか?」を追いかけるのでなく、「そもそも、どのチャネルでも費用対効果をボトムアップで上げるには?」を考えると、自然と、顧客や提供価値や伝え方に目が向きます。
今、現時点でどのようなチャネルを選ぶべきかは、外部の広告代理店やパートナー企業と連携することでアップデートできます。しかし、自社以上に顧客と商品のことを考えられる、考えてくれる広告代理店はありません。まずはここに立ち返ってみるべきだと強く思っています。
Q:自社の理解、顧客の理解を共有した上で、問い合わせがどんどん来る商品にするためにはどんなことが必要でしょうか?
功力氏:
ペルソナ〜価値〜伝え方がしっかりつながっていることですね。私がリブセンスで担当していた「ジョブセンスリンク」の場合は、「とにかく安く」や「成功報酬というやり方」、「見やすい求人画面」や「使いやすい管理画面」など、どのペルソナにどんなコア・バリューを提供するべきなのか考え抜いていました。自社のロイヤルカスタマーになってくれるような人に向けて、コア・バリューを絞り、それを分かりやすくランディングページで伝えることを繰り返していたんです。
今は新規事業開発のコストがどんどん下がっているので、つい「あれもこれも」とどっさり機能を搭載してしまい、お客さんがお腹いっぱいになっているケースが多いです。それに、一つトレンドができれば、競合もどんどん増えていく。例えばBtoBのクラウドツールは、ここ数年で大量に現れ、顧客は各社のサービスの違いが分からない状況に陥っていますね。「やらないことを決める」勇気を持って、自分たちが最も大切にしたい顧客を決め、提供する価値を伝えていくことに徹するべきでしょう。
まずは実行し、社内に新たな議論を巻き起こしていく
Q:マーケターの役割はますます重要になっていきますね。
功力氏:
先程の4つの要素の優先順位もしかりですが、マーケターが明確な行動軸を持っていないと、毎日のように入ってくる新しい情報に流され、悪い意味で外に引っ張られてしまいます。「この新しいチャネルが良いらしい」と聞けば、ついやることを増やしてしまう。それは生産性の面からも、成果も面からも避けるべきです。「選択と集中」というのは、やはりマーケティングの基本だと思っています。
Q:一方では功力さんのように、外部の幅広い知見を持った専門家の力を借りることも大切だと思います。マーケターが外部と効果的に関わるために、心がけるべきことがあれば教えてください。
功力氏:
自社の現状がこのままでいいのか? この方向性で進んでいいのか? と不安になったときや確認したくなったときは、迷わず外部の人に会ってみるべきだと思います。ニュートラルなスタンスでいること。「自分は思い込みをしているかもしれない」とポジティブに自問自答することです。
私はさまざまな企業に関わっていますが、顧客と提供価値がズレているケースでは、例えば2時間×数回のセッションで、ズレの認識や修正の方向性を見出すことが可能です。「自分たちを見つめ直す短期の人間ドック」だと捉えれば気楽に着手できます。幹部やプロを正社員採用して「エイヤ」で実行するのは、採用フィーと年俸で気が重くなってしまうかもしれないので(笑)。
セッションを通して方向性を確認できると、「採用で求めるポジションや人物像が異なっていた」と気づくケースもあります。組織拡大を仕掛ける手前で、私のような外部専門家とセッションを持つことは一手だと思います。
また「アナログ営業組織からマーケティングドリブンな組織に変革したい」というオーダーでは、仕組み作り全般において外部の俯瞰した目線で接する「定点観測者」の役割を果たしています。
もし外部の専門家にお願いをするなら、定期的に会議に入ってチェックしてもらい、ハンズオン型で、重要な企画設計や運用のポイントでは現場にも入ってもらう。それによって、コストパフォーマンス良く会社を変えていけると思います。
外部専門家の話を1回聞くだけではあまり意味がありません。定期的に、月1回でもいいから、外部の冷静な視点を取り入れてみるべきでしょう。そしてアドバイスを受けたら「まずはやってみる」という姿勢が大切。行動に移すことで、社内での新たな議論が巻き起こり、変化に向けたドライブ感が出てきます。知るだけで満足してしまうのではなく、実際にやってみる。そんな「実行力を伴う施策」を企業とともに動かしていけるよう、私も力を尽くしていきたいと思います。
取材・記事作成:多田 慎介
専門家:功力 昌治
1983年、山梨県生まれ。学生時代よりボランティア活動に携わり、NPO法人でのインターンを経験。人材紹介会社でベンチャー経営者を中心とした採用支援に従事した後、株式会社リブセンス入社。事業開発担当として、正社員採用サービス「ジョブセンスリンク」の市場浸透に貢献する。現在は独立し、ネットマーケティングを中心に経営・戦略・セールスなど幅広い分野でコンサルティングを展開している。