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第1、2回ではイクボスとは何か、イクボスでパフォーマンスは上がるのかといった内容を書かせて頂きました。今回は、恥ずかしながら私の実体験をサンプルとして、激ボスからイクボスに変化、そして、そもそもなぜマネジメントスタイルを変えることが出来たのかといったところを書かせて頂きます。

新任マネージャーは自分の成功体験しか武器がない

私がリクルートエージェント(当時)でマネージャーになったのは28歳。26歳の時に転職してきて、たった2年でマネージャーに抜擢して頂きました。もちろん、評価してもらったことは嬉しかったのですが、マネジメントについて何も知らなかったので正直戸惑いました。結局、豆粒くらいの成功体験を武器にマネジメントをスタートしていくことになるのですが、それでも、自分の得意としているマーケット、業務で、かつビジネス自体が成長していたので意外に上手くいってしまいました。メンバーからは「ユウスケさんみたいにできません」とか、「答えを持っているのであれば言って欲しい」とか、今考えればちゃんと向き合えばよかったメッセージをもらっていました。それなのに私は成果を上げていたことにいい気になっていて、そのまま突っ走っていきました。結果、年間4回のクオーター表彰のうち3回でグループMVPの表彰を受けるなど成果としては申し分ない結果を出すことが出来ました。これが私の華々しくも、痛々しいマネージャースタートです。

リーマンショックで何も通用しないということを体感

その後も、率先垂範のリーダーシップで引っ張る形で成果を出すことが出来ました。そして、30歳の時に支社長として一つの支社を任せてもらうことになります。ただ、時を同じくしてリーマンショックが起こり、経済が一気に落ち込んでいきます。そうなると、私がやっていた人材ビジネスは景気連動するものなので、ニーズも落ち込みます。でも、私は何とかなるって本気で思っていましたので、やれるべきことはたくさんあるはずだと、これでもかと施策を重ねていきました。1やってダメなら10やる、10やってダメなら100やるといったようにドンドン仕事が増えていき、でも結果は出ないからもっとやれ!となってしまいました。

それに対して、メンバーはなんとか食らいついてきてくれましたが、そうこうしている間に、会社全体としても業績が悪くなり、早期退職をせざるを得ない状況になりました。私の支社でも早期退職を募り、結果として約半分の仲間が去っていきました。私はこの時、ようやく自分のマネジメントが全く通用しなかったということに気が付いたのです。ビジネスが順調な時はこれでもよかったのかもしれませんが、変化のタイミングでマネジメントスタイルを変えるというスキルが私にはありませんでした。支社の仲間の居場所を守ってあげたくて、頑張れ頑張れってやってきたのに守ってあげられなかったどころか、自分のせいでみんな疲れ果ててしまっていました。

残ってくれたメンバーに謝って、マネジメントスタイルを180度転換

早期退職でメンバー半分が去った翌日の支社は、とても寂しかったのを覚えています。広いスペースにガラガラの机。この日のミーティングで残ってくれたメンバーに、「僕のやり方が間違ってました」と謝り、今後はやれることをなんでもやるのではなく、「やるべきこと決めて、ちゃんとやる(生産性)」ということと、「本気でメンバーを成長させる」というマネジメント方針に変えました。

それまで、終電近くまで出来ることをなんでもやっていたのに対して、遅くても21時には全員帰ることであったり、計画的に有休を使っていく、いらない会議を止めるなど、生産性を意識した支社ルールを作っていきました。私が初めて「捨てる」ということを覚えた瞬間でもあります(笑)。こうして残ってくれたメンバーと、生産性の高い仕事を意識していったところ、すぐに結果は現れ、私の支社のほとんどのメンバーが目標を達成するような状況に激変しました。しかも、みんなが断然笑顔になり、支社が明るくなりました。いろいろな要因があるにせよ、自分にとっては成功体験を捨てるという成功体験をここで持つことが出来て、ここからマネジメントスタイルが大きく変わっていきました。

激ボスからイクボスへ

このように、元々は「なんでもやればできる」と思ってる激ボスだった私が、成功体験が全く通用しない経験を経て、「なんでもやればできるかもしれない。でも時間は有限だから大事な人生を使う仕事をちゃんと決めよう」って変化していきました。しかも、当時は私にも、メンバーにも子供がおらず、好きなだけ働けるメンバーだけだったのですが、今はどこの会社でも子育てや介護などの時間的制約を持った社員が増えてきています。つまり、生産性の高いマネジメントが出来るかどうかはマネジメントの必須基礎スキルになってきているのです。私が管理職研修等でお話しさせて頂いている管理職(ボス)分類が下記の通りですが、ちなみに私は激ボス→ダメボス→イクボスへと変化していったことになります。

まとめ

今回は私の若かりし頃の実話をお話させて頂きましたが、今、振り返ると視野も狭くて、価値観も短期的な成果を上げればよいという画一的な考え方で、ホント恥ずかしい限りです。ただ、私に限らず、このような自身の成功体験しか武器がないというマネージャーさんは多いのではないでしょうか。

変化の激しい時代、そしてメンバーそれぞれが子育てや介護などの制約を持っていたり、雇用形態や国籍の異なる多様なメンバーをマネジメントしていくことを考えると、自分の成功体験で引っ張るのではなく、多様なメンバーの仕事にそれぞれ向き合って支えてあげることや、邪魔を取り除いてあげるような生産性を上げるサーバント型のマネージャーが求められているのではないかと思っています。

記事制作:
株式会社ミライフ 代表取締役社長 佐藤 雄佑

佐藤 雄佑
新卒でベルシステム24入社。マーケティングの仕事に従事。そこで「やっぱり最後は人」だと思いリクルートへ。リクルートでは営業、支社長、人事GM、エグゼクティブコンサルタントなどを歴任。MVP、MVG(グループ表彰)などの表彰多数受賞。リクルートホールディングス体制構築時(2012)には人事GMとして、リクルートグループ(現リクルートキャリア)の分社・統合のプロジェクトを推進。子供が生まれた時には、半年間の男性育休を取得し、主夫を経験。2016年、株式会社ミライフ設立。

ノマドジャーナル編集部
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