社会人になって初めての上司になってくれた人のことを、今も尊敬し続けている。
その人はまあ、どちらかというと体育会系のノリを大切にする人で、右も左も分からない若造だった僕は、ときに荒々しく叱責されることもあったのだが、その一方でじっくりと話を聞いてくれて、何気なく話したことをこちらが驚くほどずっと覚えてくれている人なのだ。
21歳の頃、僕はその人に「将来は物書きになりたいんです」と話した。営業マンとして採用されたばかりの若者が、ちょっと血迷ったことを言っている。今思えば「こいつはこの職場でやっていけるのか?」と不安に思われても仕方がないところだが、その人は「じゃあ俺を主人公にした小説を書いてくれよ。絶対に書けよ」と本気で言った。
1年後に上司は異動となり、それから一緒に働く機会はなかった。ただ毎年、年賀状のやり取りを続けている。そこには「小説はできたか?」と必ず書かれている。そんな人だ。
「自分が楽しい」だけではフリーランスを続けていけない?
ライターとして生計を立てるようになってから、久しぶりにその元上司と再会して、ゆっくり酒を飲み交わす機会があった。「お前、今は楽しくて仕方がないんじゃないか?」と聞かれた。念願だった物書きの仕事ができてうれしいだろう、と。
まったくもって、その通りだった。自分が今やっていること、携わっている仕事を純粋に楽しめていたし、何の疑いも持つことはなかった。それは会社員時代には持ち得ない感覚だったと思う。組織の中で働いていればどうしてもしがらみは生まれる。自分にとっては正義でも、別のある人の社内事情にとっては違うということもある。ライターとなり、フリーランスとして生きていくようになってからは、当然そうした感覚を覚えることは一切なかった。
ただ、最近は少し違う考えが芽生えてきている。「自分が楽しい」というだけでは片付けられない問題が出てきているように感じるのだ。ちょっと突っ込んだ言い方をするなら、自分自身の「存在意義」や「ミッション」を認識できなければ、この先もずっとフリーランスとしてやっていくことは難しいのではないかと思っている。
フリーランスになって2年。さまざまなことに慣れてきたからこそ感じることなのかもしれない。
ブーメランになって返ってきた「For自分」の動機
前回、ある大学生と就職活動について会話したことを記した。僕は彼の志望動機を「内向き」だと感じた。自分が成長するために御社で働きたい――。そんな「For自分」の志望動機はツッコミどころが満載だ。その業界で、その会社で、世の中のためにどんなことを成し遂げたいと思っているか。自分の言葉で「For社会」の志望動機を語れることが大切なのではないかと思った。
そんなことを話していた結果、見事にブーメランとなって僕自身に刺さっているのが今だ。
・ずっとやりたいと思っていた物書きの仕事ができている。
・営業時代に培ったスキルや自分らしさを生かせている。
・いろいろな人に出会い、刺激を受け、新たな知識を得ることができる。
僕がフリーランス・ライターを続けている動機を語るとすれば、こんなところだと思う。見事に「For自分」だ。自分がやりたいことだから。自分の経験を生かせるから。自分が勉強できるから……。完全に「For自分」だ。
「仕事が楽しい」と全力で言えるのはもちろん今も変わらない。では、そんな自分はどれくらい社会の役に立てているのか? 卓越した腕のあるライターでもなければ、知り得た知識を世の中に一気に拡散できるようなインフルエンサーでもない自分は、社会から見たときにどんな存在なのか?
メディアに載るコラムとしては、ちょっと内省的に過ぎるところがある文章かもしれない。でも、フリーランスとして一人で戦っている人なら少しは共感してもらえる悩みなのではないか、とも思う。
ビジョナリーでなければ、モチベーションを保てない
取材先で「社員が本当に楽しそうに働いているな」と感じる会社は、経営者がビジョナリーである場合がほとんどだ。自分たちは何のために社会に存在しているのか。それを理念として示し、経営者が明確に語っている。共感できる人はそこで全力で働けばいいし、共感できない人は去ればいい。そうした意味で限定して言ってしまえば、会社員は楽だ。
フリーランスは違う。自分の存在理由は自分で示さなければならない。取引先企業の理念に共感して全力でお手伝いしたいと思うことはあっても、それは自分自身の理念ではない。実力があれば仕事が途切れることはないかもしれないけれど、自分が何のために仕事をしているのかが見えなくなると、一気につぶれてしまうかもしれない。
フリーランスがモチベーションを保ち続けるためには、ビジョナリーでなければいけないのではないか。目下、そんなことばかり考えている。
「それでお前、小説は書けたのかよ?」。元上司に会えば、きっとまたそう聞かれるだろう。そのときに僕はどんな風に答えるだろう。2年前と同じことしか言えないのはつまらない。ビジョナリーなフリーランス・ライターとして、もう一段階、進化したい。
ライター:多田 慎介
フリーランス・ライター。1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイトとして入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職に従事。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。