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今回は、「獺祭(だっさい)」のブランディングにより、日本酒業界で圧倒的な躍進を続けている旭酒造株式会社です。

日本酒製造業は厳しい経営環境にあります。清酒の消費量は昭和50年に1,675千klありましたが、平成24年には593千klにまで落ち込んでおり、ここ数年は、市場規模は下げ止まりの状態です。生活様式の変化や焼酎ブームなどによる日本酒離れ、酒蔵のブランディングやマーケティング戦略の脆弱さが市場規模縮小の要因といえます。また、特に若年層を中心にしたアルコール離れ、若年層や女性では日本酒に対して、「大人向け」「男性向け」「においがきつい」「飲みにくい」などのネガティブなイメージがあります。

このような逆境にありながらも海外進出や新市場の開拓により、躍進を続ける酒蔵があります。例えば、大七酒造は、いち早く海外向けにマーケティングを展開し、海外の晩餐会に採用されるなど、海外市場から高い評価を獲得しています。本稿で紹介する旭酒造や眞澄ブランドを展開する宮坂醸造ではホームページを外国語対応しています。また、スパークリング日本酒の製造やお洒落なボトルで若い女性を中心とした新市場を開拓している事例もあります。

日本酒製造業の特徴

一つ目の特徴として、地域と密着していることがあります。地域で生産した米を原料とし、地域で消費する地産池消のビジネスモデルです。地域をターゲットにしているため商圏は小規模であり、大多数の酒蔵は中小企業です。二つ目の特徴として、冬季に製造する季節性があることです。冬季の気候が日本酒の製造に適していること、農閑期に農業者が酒蔵で働くことで、蔵人を集め易いメリットがあります。農業者にとっては副収入源となり、酒蔵と農業者がWin-Winの関係になり得るのです。冬季に限定した日本酒の製造のことを「寒造り」といいます。

酒蔵のオーナーであり代表者のことを蔵元といい、酒蔵で働く人々のことを蔵人といいます。製造現場のトップにあるのが杜氏で、日本酒造りの最高責任者となります。日本酒はワインやビールと同じく醸造酒に分類され、緻密で高い製造技術が要求されます。日本酒の発酵は、原料が米であるため、デンプンを糖分に変える工程と糖分を発酵させる工程があります。日本酒の原料として適している米のことを酒米といいます。代表的な酒米の銘柄に「山田錦」「五百万石」「美山錦」があります。また、福島県の銘柄「夢の香」のような日本全国各地の地域に根ざした酒米が、日本酒を多様性豊かなものとし、消費者にとって日本酒を一層楽しめる存在としています。

伝統を打ち破るコンセプトで躍進

旭酒造は「獺祭」を唯一のブランドとし、純米大吟醸でトップシェアを誇っています。現社長が就任した昭和59年は、「旭富士」という日本酒を製造していました。その当時の旭富士の生産量はピーク時の約3分の1である700石(1石は1升瓶100本分の量)まで落ち込み、倒産寸前の経営状態でした。そこで、これまでの伝統を打ち破るコンセプトで「獺祭」を売り出し、日本酒市場が大きく縮小する苦境でも、平成25年には出荷量を11,400石まで伸ばしました。

新市場開拓が躍進の起爆剤

同社の現社長が就任した当時は、地域では4番手の弱小の酒蔵でした。地域での販売数量の増加に期待できる状況でもなく、新市場を開拓すべく、東京向けのブランドとして「獺祭」を開発しました。現在では都内に少なくとも200店舗以上の飲食店で「獺祭」がメニューとしてあり、100店舗以上の店舗で「獺祭」を購入できるまでにシャアを拡大しています。コーシャーライセンス(ユダヤ教で定める食品基準)の取得など、海外にも積極的に売り込み、現在では海外にも販路を大きく拡大しています。パリでは約60店舗、ニューヨークでは約40店舗の飲食店で「獺祭」を楽しむことができます。

東京の京橋には、「獺祭」のアンテナショップ「獺祭Bar23」があります。来店客数は男性より女性の方が多く、洗練された雰囲気で女性客の心を魅了しています。近年、「獺祭」の女性人気が拡大していますが、女性向けに開発したブランドというわけではなく、副次的な波及効果です。

酒米の精米にもこだわりがあり、上位品種の「磨き二割三分」は、精米歩合23%まで磨き上げた酒米を使っています。精米歩合とは、精米後の白米の元の玄米に対する重量の割合で、精米歩合が低い程、雑味の原因となる成分を取り除けます。精米歩合23%とは、77%も削り落とした贅沢な造り方といえます。現社長が就任した当時では、24%が最高水準の精米歩合であったため、23%にしたとの逸話があります。

原料の酒米は、「酒米の王様」と呼ばれる山田錦に限定し、純米吟醸酒にこだわっています。平成25年度の山田錦の生産量の実に、約8分の1が「獺祭」の原料となります。山田錦がないことには「獺祭」を生産することはできず、「獺祭」の生産量拡大に伴い、酒米市場で山田錦不足となる一因ともなっています。

「獺祭」ワンブランドとし、原料を山田錦に限定して、純米吟醸酒のみを製造することは、消費者にとって分かりやすく、マーケットが受け入れ易かったといえます。

進展する杜氏の高齢化と後継者不足

旭酒造には、地ビールの提供に事業拡大したものの失敗に終わり、多額の負債を抱えた経緯があります。そのことに起因して、同社から杜氏が離れたのをきっかけに、杜氏がいなくても日本酒製造ができる体制を整えてきました。

中小の酒蔵では、寒造りが主流ですが、同社では、「四季醸造(年間を通じた製造)」を行っています。1年間で12,000石の純米大吟醸を仕込むことが、若手社員にとっての大きな経験となり、社員の育成につながっています。1年間で杜氏一生分の日本酒を仕込むことになります。製造量の多さは設備の稼働率を上げ、規模の経済の効果を生むことで、原価率を下げることにもなります。また、宣伝広告や営業に多大なコストをかけないことで、純米大吟醸でありながらも割安感がある価格を実現しています。

四季醸造による純米吟醸酒の製造を通じて獲得した技術やノウハウのデジタル化を進め、製造マニュアルを整備しています。杜氏の高齢化と後継者不足は、日本酒製造業の業界全体としての課題となっています。そのような状況を鑑みると杜氏の経験と勘に頼らない日本酒製造の仕組みの構築は、将来を見据えたイノベーションといえます。また、季節性を排除することで、社員の年間雇用を可能とします。

ビジネスモデルの特徴

旭酒造のビジネスモデルの特徴は「ブランド戦略の巧みさ」にあります。強いブランドの構築には、「明確なコンセプト」、「感性に訴えること」が必要です。同社は、「獺祭」ワンブランドとし、「獺祭」を幻の日本酒にするのではなく、純米大吟醸を多くの人にリーズナブルな価格で提供することを価値提案のコンセプトとして貫いています。四季醸造による生産体制は、年間を通じて安定した製品供給とし、リーズナブルな価格につなげる意図があります。日本酒販売店のマージン率を下げてリーズナブルな価格を実現しているわけではないのです。同社ホームページの「獺祭」の定価表示には、プレミアム価格ではなく、適正な価格で「獺祭」が取引されるようにしたい社長の思いが込められています。

同社の価値提案は、リーズナブルな価格でありながらも、市場から支持を得られる品質の日本酒であることです。強いブランドを構築するには、品質が良いことが前提条件となります。

さらに、感性に訴える取り組みを実施し、「獺祭」を洗練されたブランドイメージにしてきました。例えば、獺祭のラベルは地元出身の書家・山本一遊氏によるものです。また、「Mercedes-Benz Fashion Week Tokyo」のオフィシャルスポンサーを務めています。この様な取り組みは、感性に訴えているといえます。

〈注釈〉
旭酒造の獺祭(ブランド名)の由来
旭酒造の所在地である獺越の地名の由来は「川上村に古い獺がいて、子供を化かして当村まで追越してきた」ので獺越と称するようになったといわれており(出典;地下上申)、この地名から一字をとって銘柄を「獺祭」と命名した。
酒のしおり 酒類販売(消費)数量の推移 国税庁
桜井博志「逆転経営 山奥の地酒「獺祭」 を世界に届ける逆転発想法」ダイヤモンド社 2014年
武者英三 蔵元を知って味わう 日本酒辞典 ナツメ社 2011年
第12次 業種別審査辞典 第1巻 一般社団法人 金融財政事情研究会 2012年
岩崎邦彦 小さな会社を強くする ブランドづくりの教科書 日本経済新聞出版社 2013年
Discover Japan 2014年4月号
マイボイスコム株式会社 日本酒に関するアンケート調査

専門家:中野真志
明治大学卒業。中小企業診断士、社会保険労務士、宅地建物取引士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
東京都中小企業診断士協会 城北支部所属、ビジネスイノベーションハブ株式会社 取締役、シュー・ツリー・コンサルティング パートナー、イー・マネージ・コンサルティング協同組合 組合員、日本マーケティング学会会員、人を大切にする経営学会会員。
活動分野はIT、ビジネスモデル、デザイン思考、地域活性化。
大手システム会社を6年間勤務した後、独立してフリーランスで活動、数多くのプロジェクトに参画。ITを有効活用した中小企業の経営革新を実現するために、ビジネスモデルの研究やコンサルタント、執筆、セミナー企画、セミナー講師などの活動を行う。地域誘客プロジェクト立ち上げや商店街支援など、地域に根ざした活動もしている。 主な執筆、小さな会社を「企業化」する戦略(共著)、新事業で経営を変える!(共著)、「地方創生」でまちは活性化する(共著)、地方創生とエネルギーミックス(共著)。

ノマドジャーナル編集部
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