ラフな出で立ちで顧問先企業を訪れ、採用実務から経営戦略に至るまで、さまざまな場面でアドバイザーとしての価値を発揮する牧隆弘さん。月の大半を「遊び」ながら過ごし、SNSには海外で多くの友人、仕事仲間と共に撮影した写真がたくさんアップされています。

そんな現在の姿からは想像しづらいのですが、数年前までは「ネクタイをしない日はなかった」そう。それもそのはず。かつての牧さんは、世界最大手の人材サービス業・アデコで取締役を務め、約1600人の部下と200拠点を束ねる営業部門のトップでした。会社に身を捧げる人生から、「自分のために自分の時間を使う」人生へ。その背景にはどんなストーリーがあったのでしょうか。

お話を伺った方:牧 隆弘さん

1979年(昭和54年)名城大学商学部卒業、同年ヤマダヤ入社。1990年キャリアスタッフ入社、2001年アデコ取締役営業統括本部長。日本人材派遣協会中部地域協議会会長などを歴任し、2014年に牧WSE WORKSを創業。さまざまな企業のアドバイザーとして活躍しながら、「時間と場所にとらわれない生き方」を提唱、実践している。

「退職勧奨」も見方を変えれば、ハッピーリタイアの勧め

——牧さんがかつて取締役を務めていたアデコは、世界最大手の人材サービス企業として知られています。誰もがうらやむような安定した地位と収入を得られていたのではないかと思いますが、定年を迎えられる前、50代半ばにして退職されたのはなぜですか?

実は、アデコを辞めたきっかけは人事から「そろそろ後進にポジションを譲りませんか?」という打診があったからなんです。事実上の退職勧奨ですね。20年以上にわたって一身を捧げてきた会社ですから、いきなりそう言われて戸惑いました。でも、よくよく考えてみればそれは「ハッピーリタイアの勧め」でもあったんですよね。

ある程度のポジションのままで辞めることができるというのは、外資系企業では一番いいリタイアの仕方かもしれないと思いました。それで退職を決意したんです。今でも「会社にしがみつかなくてよかった」と本当に思っています。人事からの打診がなければ、僕はずるずると会社に残っていたかもしれません。

牧隆弘氏_インタビュー
アデコ取締役営業統括本部長時代の牧さん

——その後独立されていますが、牧さんなら同業の経営人材など、魅力的な条件で新たな会社への転職という選択肢もあったのでは?

確かに、転職エージェントの方とお会いした際には、人材業界の外資系有名企業の経営人材として働くという提案もいただきました。年収レベルでいうと1000万円台後半といったところ。ありがたいお話ではありましたが、でもそれだと、アデコを辞めた意味がなかったんですよね。引き続き人材業界で生きていきたいとは思っていましたが、お金やポジションで選ぶ気持ちはありませんでした。再び会社に依存して生きることには興味が持てなかったんです。

そんなときにフリーランスとして、「複数の企業にアドバイザーとして関わる」という働き方があることを知ったんです。知人を通じてサーキュレーション代表の久保田雅俊さんを紹介してもらい、「世界中の経験・知見が循環する社会の創造」というビジョンや日本における新しい働き方の可能性などたくさんの話を聞かせてもらいました。これは本当にいい出会いだったと思います。自分のような人材が1社に所属せずとも、複数の企業で働くフリーランスとして活躍できるということを示唆してくれましたから。

この出会いがきっかけとなり、自由な立場で、もっと領域を広げて、中小企業の経営支援をしていくフリーランスとして活躍するのもいいのでは? と考えるようになりました。僕は日本人材派遣協会中部地域協議会の役員をしていた時期もあって、当時関わった企業に対しても、フリーランスという立場であればお役に立てると思いました。

——「複数企業のアドバイザー」として、現在はどのような形で働いているのでしょう?

皆さんがイメージされるような従来のいわゆる「THE 顧問」とは違います。クライアントとの関係はもっとカジュアルですし、固定で設けているのは月に一度2時間の面談ですが、それ以外にも適宜相談にのるなど対応しています。実際に動いているのは月に20時間くらいですかね。あとは自由に過ごしています。

——「実働月20時間」ということですか?

はい。クライアントと会うスケジュールは概ね1週間の中にまとめてしまい、あとの3週間はフリーです。月に20時間というのは、自分の中で「固めて仕事をしなければいけない時間」なんですね。

もちろんそれ以外のタイミングでも、クライアントに求められれば対応します。そうした仕事は全部スマホで完結できるので、どこにいても、例え海外にいたとしても問題ありません。そうやって身も心も自由になり、クリエイティブなことを考えられる時間を作っています。「今日は何もやることがないから、海へ行こうかな」と思い立って実際に出かけ、波の音を聞きながらいろいろ考えを巡らせたり。そこで得たインスピレーションは仕事にも役立っています。

お金だけではない「豊かさ」のある生き方

——従来、サラリーマンの働き方というと「1社で勤めあげる」ことが常識でした。特に牧さんの世代では、50代まで勤めたならその後は定年まで全うするのが当たり前、と考える人も多いのではないかと思います。

そうですね。40歳を超えてキャリアの限界が見えてからも、さらに20年、25年としがみついて、定年まで会社に残る。今まではそれが当たり前だったのかもしれません。僕の地元の愛知県は大手メーカーが多いので、まさにそうした考え方が主流だったと思います。「名古屋大学を出てトヨタへ入ればずっと安泰」といった感じでね。

しかし周りを見渡してみると、一時期は活躍したエリートでも、年齢を重ねて「抜け殼」のようになってしまっている人が少なくないんですよ。いつも何かにびくびくしている。定年を延長してもらえるとしても、やがては自分の元部下に使われることだってあるわけです。しかも年収は全盛期の3分の1くらいになってしまう。精神衛生上、良いわけがないですよね。とはいえ年収400万円ほどは何とかもらえるし、加えて年金もあるから生活に困ることはありません。なので、「牧さん、あえてチャレンジする必要なんてあるの?」と聞いてくる人もいます。

でもね、60歳近くになって、居酒屋で会社の文句ばかり言っているなら、いっそのこと新しいステージにチャレンジしたほうがいいと思いませんか?

だいたい50歳を過ぎると、人事に呼ばれて「今は貯金がどれくらいある?」と聞かれる。そしてライフプランの研修などを受ける。すべてがお金にまつわる話です。30年近くサラリーマンとして頑張り、会社のためにも日本のためにも尽くしてきた人が、最後になって自分のために自分の時間を使えないなんておかしいですよ。

——せっかく経験と知見を積み重ねてきたのに、それを活かす機会もない。

そうなんです。確かにお金は最低限必要だけど、「豊かさ」って、それだけではないでしょう。自分の時間を自由に使えること、自分の力を活用して生きることが大切だと思います。

自分に何ができるかは、サーキュレーションのような会社で的確に見抜いてくれるわけですよね。そうして独立したプロフェッショナルとして生きる道があることを教えてくれる。僕は世界最大の人材サービス会社にいたけど、恥ずかしながらこうした働き方があることを知りませんでした。同世代の多くの人も、こんな働き方、生き方があること自体、まだ知らないのではないでしょうか。

僕は丸4年やって、この生き方は「アリ」だと思っています。だからいろいろな人に伝えたいですね。

牧隆弘氏_インタビュー

「パパは会社員時代とは別人みたいに変わった」

——牧さんは、日常の仕事から離れて自分を見つめ直す「リトリート」の時間を重視されているそうですね。ビジネスパーソンを招くリトリートツアーも主催されているとうかがいました。

はい。スマホひとつあれば仕事ができるし、拘束時間は月に20時間だから、遊ぶ時間も増えました。時間があるから世界中を飛び回ることもできます。それが僕にとっての「リトリート」です。年間スケジュールを立てるときには、最初にリトリートを考えます。

リトリートツアーとしては、アリゾナ州のセドナの旅や地中海クルーズなどを企画してきました。大きな組織を任されている大企業の役員など、さまざまな人が参加してくれています。普段は関わらないような人と遊び、普段は得られない体験や思考を獲得できる場として重宝していただいているようです。

昨年は7回、今年は8回、海外へ行きました。アデコのときにも会議に参加するため海外へ出張することはありましたが、仕事だけを目的に行くのとはまるで違いますね。波長の会う「大人なじみ」とたくさん出会えるんです。一緒にリトリートをするのは、会社を辞めてから出会った人ばかりですよ。リトリートの旅先では何の利害もないし、純粋に大人同士で仲良くできる。「異業種交流会」の正反対という感じです。

——まさに「自分の意志で自分の人生を楽しむ」日々なのですね。

そうですね。ありがたいことに、今はアドバイザーとしてたくさんのお仕事を頂くことができています。61歳になり、これからどこまでやれるかは分かりませんが、健康なうちは自分らしく働く道を続けていきたいと思っています。定年後もこき使われるような悲壮なイメージではなく、「楽しいから働く」ということを実践していきたいんです。

それに、「人に必要とされること」が何よりもうれしいんですよ。会社を辞めると毎日が日曜日になって、行く場所もないという人がいます。でも自分を必要としてくれる人がいれば、日々に目的ができるじゃないですか。人の命ははかないものでもあるから、今この瞬間を全力で楽しまなきゃいけないとも思いますし。

——そうした考え方に至る契機のようなものはあったのですか?

兄が62歳で他界してしまったことが、僕の考え方に大きな影響を与えています。脳梗塞で、あっという間に逝ってしまった。最期に言葉を交わすこともできなかったんです。人の命は何とはかないものかと思いましたよ。

兄は大手自動車メーカーでずっと働いてきた人でした。定年後は奥さんと一緒にゴルフ三昧で楽しく暮らそうと考えていたようです。それなのに突然、年金を一銭ももらわずに亡くなってしまった。人生、不条理に満ちていると思いました。それからは「今を全力で楽しんでおかなきゃダメだ」と考えるようになったんです。

——なるほど……。今のように牧さんが楽しく日々を過ごしていることは、ご家族など周囲の方々にとってもうれしいことなのかもしれませんね。

そうですねぇ……。そういえばこの間、娘と話しているときに「変わったね」と言われました。思えば娘が多感な時期に僕は単身赴任中で、ずっとほったらかしにしていたようなものだったんです。「パパと遊んだ記憶がない」と言われるほどね(笑)。

そんな娘が、「ねじが1本外れたみたいに、パパは会社員時代とは人が変わったよ」と言うんです。「でも嫌いじゃないよ」と。

まあ確かに、僕はいろいろと変わったと思います。服装だって変わりました。以前はネクタイをしない日なんてなかったけれど、今は支援先にもラフな格好で行きますから。何と言うか、いろいろと楽になりましたね。

成功の秘訣は、新しいことに興味を持ち、学び続けること

——牧さんのように経験と知見を活かして、柔軟な働き方・生き方をしたいと思う人は、今後増えてくるのではないでしょうか。同時に「自分にそんなことができるのか」と感じる人も多そうですが。

僕の場合は、キャリア的に分かりやすいのかもしれません。市場に大きなニーズがある中小企業の経営コンサルができますからね。

でも、どんな人にも可能性はあると思うんです。長く生きてきた中で「いちばん長くやってきたこと」や「いちばんお金をかけてきたこと」は、誰しもあるはず。自分で分からなければ、友人に「お金を出してでも自分から教えてほしいことは?」と聞いてみてもいいと思います。それで出てくるものが自分の価値でしょう。メルカリを見ていてもそんなことを感じます。

——「メルカリ」ですか?

はい。メルカリって面白いですよね。「使いかけの化粧品」を出品している人がいて、実際にそれを買う人がいるんですよ。「誰かが使った化粧品を買うなんて信じられない」という人もいるかもしれませんが、一方では「安く買えるならアリだ」と思う人もいるわけです。日本の中でもいろいろな価値観の人がいるし、ニッチな価値でも欲しがる人はいる。それをまずは信じることでしょう。

とは言え、自分からその価値を発信しないことには何も始まりません。僕の場合はFacebookが有効なツールでした。2日に1回くらい、備忘録のようにいろいろと書いているんですが、そこから自然とコミュニティのようなものができていったんです。リトリートツアーのつながりもそこから生まれました。リトリートツアーは、自分のためにやっている部分も大きいので、儲けることを第一にしていませんが、それでもビジネスとしてやっています。どうやって集客しているかというと、僕のFacebookにいいねを押してくれる人が勝手に集まって来てくれるわけです。

今は、個人がオウンドメディアになって、好き勝手に言える場所を持てる時代です。それがコミュニティになり、マーケットにもなる。僕のようにぼやっと遊んでいても集客できるんだから、真面目にやればもっともっと活用できるんじゃないでしょうか(笑)。

——そうした意味では、常に新しいものに興味を持って触れてみることが大切ですね。

まさにそう思います。新しい技術や価値観には、積極的に近づいていくべきです。ネットやスマホがなければ僕の今の生活は成り立ちません。あとは、僕がサーキュレーションの久保田さんに会いにいったように、「世の中にいる面白い人」に興味を持っていられるかどうかですね。

歳を重ねても自分だけが正しいと思わずに、後輩や若い人から柔軟に学ぶセンスを持っている人は、成功する確率が高いと思っています。若いときは成功者の本を読んで学べる。でも40代くらいになって、そうしたものを一通り読んだら、次は若い人から学ぶことが大事です。

僕たちの世代で大人気だったミュージシャンの吉田拓郎だって、フォークミュージックの全盛時代を過ぎた後は落ち目になってしまいました。でもその後、自分の息子のような年齢のアイドルグループと一緒にテレビ番組をやって、再び人気が出たんです。「クリエイティブな作曲の勘が枯れてきている。だから僕は若い人たちに学ばなきゃいけない」と吉田拓郎は言っていて、深く共感しましたね。僕のささやかな成功に秘訣があるとしたら、「若い人から学んでいる」ことだと思いますよ。いくつになっても、今さらとは思わずに、新しい価値観や感性に触れていくことで最新の自分にアップデートしていく。そういった変化を恐れない気持ちが大事なのではないかと思います。

牧隆弘氏_インタビュー終えて