フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第5弾。

経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環についてのインタビューです。

今回登場するのは、元インテル株式会社 執行役員の板越 正彦氏。

インテルに21年間在社された経験を活かし、2012年にBCS認定ビジネスコーチングの資格取得。経営層だけでなく、学生や若い起業家にもコーチングやワークショップを行ない、現在はエグゼクティブ・コーチングを行うビジネスコーチ株式会社の顧問や、インターネット広告のベンチャー企業である株式会社ヒトクセのアドバイザー、新規事業開発のメンターなどをされています。

これまでの受講者・コーチングクライアントは累計で約700人を突破し、絶大な支持を集めておられます。

板越氏はどんなキャリアの転機を経て、今の働き方を選ばれたのでしょうか。

勝つためには、まずは先制攻撃―柔道とアイスホッケーが教えてくれたこと―

-まずは、これまで歩まれてきたキャリアと、どのようなスキルを培ってこられたのかをお聞かせいただけますか。

板越 正彦氏(以下、板越):

小さい頃にさかのぼると、実は体が弱く頭でっかちのいじめられっこだったんです。ですが、柔道をやり始めてから逆にいじめっこに近くなった(笑)柔道のおかげで、どんな相手でも寝技や締め技など、戦略を立てれば勝てるようになり、根性と自信が身につきましたね。

高校時代に上京への憧れを持つようになり、一浪して東京へ。それも一つの転機だったかな。大学には優秀な人ばかりいて、どうすれば自分の強みを活かせるかなと考えていた。

そこで始めたのがアイスホッケー。勝つためには相手よりも先にフォアチェック(体当たり)にいかないといけない。率先して攻撃にでるマインドの大切さを学びましたね。

社会人としてのキャリアですが、実は就活のときに、しくじってしまったんです。当時はバブルだったこともあり、面接で面白い話を披露したら、面接官にどっかんどっかんウケて、少し天狗になっていたんでしょうね。大手テレビ局の内定もいただきました。ところが、前の日に合宿から帰ってきて疲れていたので、身体検査の日に寝坊して、内定を取り消されてしまいました。それまで寝坊なんて一度もしたことなかったのに…!

結局は親切にも「ダメだったらうちにきてよ」と内定をいただいていた化学メーカーのJSRに入社を決めました。この経験から自分のなかで「先に決まったところに行く」というポリシーができました。その後も、他社や他部からより好条件のオファーが後からきても、先に約束した会社やポジションを優先したことが、最終的には良い結果につながってきたと思います。

JSRでは、英語の研修センターに派遣されたんですが、僕は当時TOEICも400点くらいで、一番低いレベルのGクラス。Aクラスの800点クラスからすると、Garbage(生ゴミ)クラスと呼ばれるくらいでした。(笑) 最初の授業で、オモチャの赤電話もらいましたから。でもそこから一年間、英語を勉強し、海外でMBAを取れるまでになった。この経験からは「最初できなかったことも、コツコツやっているうちにできるようになる」というポリシーが生まれました。そんなとき、国連のようなグローバルな世界に惹かれ、パリのユネスコ(国連教育科学文化機関)で2年間働く機会を選びました。ユネスコでは「ちゃんと実績を示せれば認められる」ということを学びました。任期も終わり、再雇用されず、失意の失業中に新聞で偶然出合ったのがインテルの求人広告。元々コンピュータが好きだったし、面白そうだなと応募してつくば勤務になりました。

こうした経験の中で、英語を使えるようになったことや、ちょっとやそっとでめげなくなったことが、その後インテルでの約20年に活きていったわけです。

アンディ・グローブがプロジェクターをぶん投げた。インテル時代の激しいマネジメント

-インテルでの約20年間で、板越さんのキャリアを導いてくれる方はいらっしゃいましたか。

板越:

一番影響を受けたのは、僕を駐在員としてシリコンバレーの本部に連れていってくれたフランス人の上司ですね。ユネスコ勤務のおかげでフランス語が話せたので、上司のお母さんの電話を受けた縁で、仲良くなり、かわいがってもらいました。

異端児ともいえるインテル創業者のアンディ・グローブと仕事で直接話せたのも、貴重な経験でした。彼は非常にハングリーでマネジメントも激しい人。会議中にプロジェクター(当時はOHPというかなり重いもの)を投げつけてぶっ壊したエピソードもあるくらい(笑) 彼もふくめて、ずば抜けた起業家たちはハングリーな移民が多いのですが、シリコンバレーには海外からやってきた天才をサポートする仕組みができているんです。

-板越さんは、そうした異端児をサポートされてきたのですね。その後のキャリアはどうだったのでしょうか。

板越:

2000年に帰国し、インテルの部署で実績を積み上げていきました、経理部長という肩書をもらえて頭でっかちになっていたのか、そこで大きな失敗をしました。失敗は昇進や成功のあと、傲慢さや自分の万能感が出てきたときに起きるんですよね。

チームが仲良く仕事をできるようなケアを一切せず、成果主義だけに走った僕は、優秀な社員をたくさんやめさせてしまい、部下からの信頼がガタ落ちでした。「これはまずい」と思い、部下たちに積極的に声をかけ、チームの輪を第一に無理強いしないようにしたらなんとか信頼度が上がっていきました。しかし、また10年後に、社長賞などをもらって天狗になると、同じような失敗が待ちかまえていました。360度評価で部下からの評価がたった20点になってしまったんです。人の意見を聞けるようにならないと、現場を自発的に動かせないと痛感し、コーチングの資格を取ることに決めました。すると1年後には80点ぐらいまであがりました。「なりたくてなる天狗はいない」とオリエンタルラジオが言っていましたが、その通りですね。

インテルは元々、「Up or Out」などの気性の激しい人たちの集まりでしたが、それだとジェネレーションX(※板越さんの一つ下の世代に当たる1961年から1981年までの20年間に生まれた世代のこと)はついてこない。だから、チームのことをまず考えられる人がリーダーになる会社へと転換していったのは必然的な流れだったのでしょう。

天才的かつ激情型で有名だったインテルのゲルシンガー氏が豹変 コーチングの威力

インテルのゲルシンガー氏

-インテルで様々な経験を積まれる中で、コーチングのキャリアを選ばれたのはどんな理由があったのですか。

板越:

アメリカだと上級経営者はみんなエグゼクティブコーチをつけていて、コーチングがリーダーになるための必須スキルとされています。現場の相手の話に耳を傾けなくては本当の情報がわかりませんから。悪い情報を話しかけやすい雰囲気がないとリーダーはダメなんです。このコーチングスキルを日本の経営者や政治家も身につけないといけないのですが。

実際、天才的かつ激情型で有名だった元インテルのエグゼクティブ、パット・ゲルシンガーがコーチをつけたことで、1年でガラッと柔らかくなったのを目の当たりにして驚愕しました。彼は猛烈な働き方をする超合理主義者で有名で、部下にもかなり厳しい人でした。ところが、ある日空港で、彼が非常にいそがしいのに、タクシーの中で新人の質問に1時間以上ずっと丁寧に答えている姿を見て、その変わりように驚いたんです。コーチングの威力を目の当たりにするとともに、コーチングは上に立つ人間にとって必須のスキルだと再確認しました。

コーチングでは、研修と違って「(目標達成のためにやるべきことを)ちゃんとやってる?」と定期的に尋ねるので、傾聴するなどの行動習慣が定着するんです。

それに僕自身が元々、激しいタイプなので、自分がコーチになることによって「激しく怒らない」という抑止力にもなっています。

「ポジションをとることを恐れない」―コーチングでは自信を与えることが重要―

-コーチングは訓練次第で身につけられるスキルなのですね。Business Nomad Journalの読者の中には、独立を考えている方々も多いのですが、そうした方々にはどんなことを伝えられますか。

板越:

独立や起業を目指す人には「本当は何をしたいの」「何から始めるの」と質問しています。成果を上げている人をさらに引き上げるのがコーチング。彼らには意思決定のための着眼点や、自信を与えることが非常に大事です。失敗を恐れている人が増えていますが、たとえ賛同する人が少なくても、「ポジションをとることを恐れるな」と言いたいですね。

特に起業家や経営者のように人を動かす立場にある人は、ビジョンを語り、社員個人の目標とすり合わせることが非常に重要です。例えば、小さな飲み会など、仕事外の場で一人一人にビジョンとその思い、日々の活動との関連を聞くのも手です。

-ビジョンを語り、相手とすり合わせることができるリーダーが今後求められるのですね。最後に板越さんのビジョンをお聞かせください。

板越:

顧問という働き方をスタートさせたばかりですが、今後はコーチングのクラウド化を実現したいと思っています。日本の企業では、「実践値の共有」が足りていません。例えば一流営業パーソンの営業会話や、よくある失敗例をクラウドや動画で速く広く共有すれば、成功の最短距離を学べるし、無駄な地雷を踏まなくて済みます。

シニアが説教や昔話、自慢話ではなく、次世代の役に立つ知恵やノウハウをわかりやすく伝えていけば、若い人たちも耳を傾けてくれます。その意味でも、サーキュレーションがやっているような、顧問の知見とそれを求めている人や企業とをマッチングしていく仕組みがもっと広がっていけばいいなと思いますね。

本の要約サイト フライヤーのインタビューはこちらから!

「21世紀のリーダーは英語やMBA よりも『コーチング』を身につけよ」と語る板越氏。ビジネスパーソンがコーチングの考え方を人生に活かす方法をお届けします。


ノマドジャーナル編集部

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