超高齢社会の課題を解決しようとするビジネスが、個人の働き方にも新たな可能性をもたらそうとしています。
近年注目を集める移動スーパー「とくし丸」をご存じでしょうか? 地域のスーパーマーケット各社と販売代行契約を結び、専用車に食材や日用品などの商品を積んで、日々移動販売を行っています。オイシックスドット大地株式会社グループで事業を拡大し、2017年12月には環境省が主催する「第5回 グッドライフアワード」において、環境と社会によい暮らしを応援する取り組みとして153の候補の中から優秀賞を受賞しました。
とくし丸が商品を運ぶ先は、買い物に行きたくても行けない高齢者など、いわゆる「買い物難民」といわれる人たち。店舗運営にあたっているのは、「販売パートナー」と呼ばれる個人事業主です。とくし丸と業務委託契約を結び、原則として1台の車につき1名で移動販売を行っています。2017年11月現在、258台が稼働。移動販売はおろか、スーパーマーケットの事業や個人開業とも無縁だった方々がこの新たな働き方を選択しているといいます。
神奈川県川崎市を中心に活動する家村昌也さんもそうした販売パートナーの一人。農業や林業、介護業界などを経てこの仕事を始めた家村さんは、「将来、自分自身でビジネスを起こす際にも生かせそうな気付きがある」と話します。その独立までのストーリーをうかがいました。
家村昌也さん プロフィール
1979年生まれ、東京都町田市出身。青山学院大学卒業後、農業や介護などさまざまな職業に携わる。2015年9月からとくし丸の販売パートナーとなり、神奈川県川崎市多摩区エリアを中心に販売業務や顧客の見守り活動などを展開している。
都心部でも移動スーパーの需要が高まっている
Q.とくし丸は全国で258台が稼働し、さらに新しく販売パートナーとなる方も増えているとうかがいました。このビジネスにはどんな強みがあるのでしょうか?
家村昌也さん(以下、家村):スーパーとしてはネットで集客できない70〜90代への販路を確保でき、消費者にとっては「買い物に行きたくても行けない」という悩みを解消してくれる存在なのだと思います。高齢化が拍車をかけて進み、自力で食材や日用品を買いに出かけることができない方々の増加が地域を問わず課題となっていますが、とくし丸はその解決に貢献しています。
実際に、地方や郊外ニュータウンはもちろん、東京・新宿区などの都市部にもとくし丸の車が走っているんです。行政や地域包括支援センターと連携して病気などの早期発見につなげたり、日常のコミュニケーションによって特殊詐欺防止などにも一役買ったりという副次的な効果ももたらしています。
Q.スーパーとは販売代行契約を結ぶということですが、どうやって利益を出しているのですか?
家村:「店舗から商品を借りて売る」というスタイルで、そもそも仕入れが必要ありません。商品が売れた場合は一定の粗利を確保できるようになっています。また、1つの商品につき「プラス10円ルール」を設けています。これはお客さまに店頭で買うよりも10円高く負担していただき、この10円から5円ずつをスーパーと販売パートナーで分け合うという仕組みです。毎朝店舗から商品を借り受け、余ったものはその日のうちに戻せるので、売れ残りの在庫を抱えるリスクもありません。
「農業で独立」という夢が「商売で独立」に変わった
Q.家村さんがとくし丸の販売パートナーになった経緯を教えてください。
家村:私が販売パートナーになったのは2015年9月、36歳のときです。その前はNPO法人に所属し、八ヶ岳に近い山梨県北杜市で農業や林業に従事して、道の駅などで野菜や果物の販売をしていたこともあります。その後は介護施設や放課後等デイサービスなどに勤務しました。
とくし丸と出会ったきっかけはテレビ番組です。代表の住友達也さんが取り上げられているのを見て、移動スーパーというビジネスモデルに大きな将来性を感じました。すぐに問い合わせをして販売パートナー制度のことを知り、住友さんからも直接説明を受けて、個人事業主として独立することを決めたんです。
Q.もともと、独立することそのものは考えていたのですか?
家村:農業で独立することが夢でしたが、天候に左右される商売でもあり、「個人の単位では現実的に食べていくことが厳しいかな」という思いもありました。道の駅などでの経験を通じて商売の楽しさを知り、実際に直接販売で実績を出せたこともあって、とくし丸ならやっていけるんじゃないかと。
Q.一方で、独立にあたっての懸念はなかったのでしょうか?
家村:ビジネスモデルに強く興味を惹かれていたので、ほとんど懸念はありませんでした。資金的なハードルの低さも後押ししたのだと思います。とくし丸は車1台と車両保険加入、それにこまごまとした備品をそろえれば始められるので、そこまで高額な独立資金を必要としないんです。
個人宅だけでなく、介護施設とも取り引きが広がる
Q.実際にとくし丸での営業を始めてみて、どのような発見がありましたか?
家村:これは意外だったのですが、予想以上に固定客が付いてくれるんです。週2回、必ず買ってくれるというお客さまがどんどん増えていきました。一度利用してもらえれば、「スーパーの商品が家の前まで届く」という利便性の高さからリピーターになってもらえる可能性が高いことを知りました。
Q.販売ルートの開拓にあたっては苦労もあったのではないでしょうか?
家村:そうですね。川崎市多摩区のスーパーと契約して、最初は周辺4〜5kmの範囲を中心に高齢者宅を1軒ずつ訪問していきました。丸1日訪問して、「継続的に来てほしい」と言ってもらえるのは1人くらい。歩いて行ける距離にスーパーの店舗があるので、移動販売の必要性を認識してくれない方も多かったんです。想定していたとはいえ、売り上げがほとんど立たないきつい時期でしたね。これを2カ月ほど続け、移動スーパーがなければ困るというお客さまが徐々に増えていきました。
2カ月間で約120軒の固定客を作ることができ、月の売り上げとしても私個人の月収としても、満足できる水準に持っていくことができました。
Q.他に、難しさを感じることはありますか?
家村:高齢者のお客さまがメインなので、入院してしまったり、亡くなってしまったりといった形でお別れをしなければならないこともあります。これは、常に新規開拓をし続けなければならないということでもあります。
一方では、個人宅だけでなく介護施設や訪問ヘルパーさんから直接問い合わせが入ることもあります。富裕層の高齢者が入居する介護施設もいくつか固定取り引き先になり、大きな売り上げとなりました。施設の場合は、食堂の食材調達手段として使ってもらえる可能性もあります。川崎を中心に回り続けた結果、地域の民生委員さんともつながりができ、紹介の輪が広がっていきました。
Q.最近では高齢者向け宅配弁当の業界も拡大していますが、とくし丸とは競合するのですか?
家村:一見競合するように思うのですが、実際のところはうまく棲み分けができているように思います。高齢者向け宅配弁当は、できあがった食事を届けてくれる便利なサービス。一方で移動スーパーは、「年を取っても自分で買い物したい」というニーズにうまく応えられる存在だと思うんです。自分の目で食材や日用品を見て、納得して買いたいけれど、店舗までは行けない。そんな方にとってはなくてはならないサービスとなっています。
お客さまのことを知り尽くし、「コンシェルジュ」になっていく
Q.家村さんもかつては会社勤めを経験されています。振り返って、「独立することで初めて見えたやりがい」はありますか?
家村:自分でやってみようと思ったことをすぐに試せること。やってみると実際にお客さまが喜んでくれること。そうした反応がダイレクトに得られること。これらは独立したことで見えてきたやりがいだと思います。
販売代行とはいえ、日々の商品セレクトには自分自身の戦略も反映されるんです。「今日は寒いから肉まんをたくさん積もう」とか、「◯◯さんがおいしいと言っていたキムチを他のお客さまにも紹介してみよう」とか。考えて動けば、結果に直結するんですよ。高齢の方はあまりキムチを食べないイメージがあるかもしれませんが、私が紹介したことで、お客さまの間でちょっとしたブームになっています(笑)。
Q.日々対面して、会話をしながら販売するからこそ、自分自身で商売を動かしている感覚をつかみやすいのかもしれませんね。
家村:そう思います。お客さまのことを知り尽くしていくと、徐々に「コンシェルジュ」的な存在になっていくんです。「今日はアレないの?」と言われてもだいたい何のことか分かるし、お客さま宅のドッグフードの減り具合も予想がつくようになりました。
コンシェルジュとしての立ち位置で考えると、これまでにないニーズも発見できます。スーパーでは手に入らない商品の買い物を代行したり、昔ながらの電気店のように電球を付けてあげるサービスをしたり。
Q.何でもネットで完結する世の中でも、まだまだこうしたニーズがあると。
家村:はい。スーパーでも以前からネット販売を行っていますが、それではカバーしきれないニーズがまだまだあると感じますね。だからこそとくし丸の車が増え続けているのだと思います。
Q.最後に、今後の家村さんの展望を教えてください。
家村:まずは10年、続けていくつもりです。車の耐用年数くらいは頑張らなきゃいけないと思っています。その先にどうやっていくかは、その時々で柔軟に考えていけばいいと考えています。将来は改めて自分で事業を起こすかもしれませんが、その際にはとくし丸での経験が存分に生かせるでしょうね。今のところはやっていて楽しいので、なんだかんだと10年以上続けているかもしれませんが。
取材・記事作成:多田 慎介