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 下町ロケットでは「夢」という言葉が頻繁に登場します。「仕事には夢をもて」、「夢にまっすぐ」など、私のような夢を見失ってしまった人には少々耳が痛かったかもしれません(笑)。しかし、企業経営においては経営者の夢とは経営戦略そのものであり非常に重要です。そして、夢の実現へのプロセスが成長戦略と言えます。今回は、下町ロケットの佃製作所の事業展開を事例に、企業の成長戦略のフレームワークであるアンゾフの成長マトリックスを紹介いたします。

1.佃航平の夢と成長戦略

佃製作所経営者の佃航平には大きな夢がありました。「いつか自分の作ったエンジンで秒速11キロの壁を越えて地球の重力を脱出できるロケットを大空に飛ばしたい」、夢の1つ目は、ロケットの水素エンジンバルブの開発です。そして、夢の2つ目は、ガウディ編における子供用の小型人工弁の実用化です。子供たちの笑顔と未来のために、技術者としてそして社会の一員として人の命を救うために果たすべき使命だと彼は考えました。

佃製作所は研究開発型の下町の中小企業で、当初ボートの小型エンジンの製造開発を行っていました。一般に企業が成長するためには、自社の強みを構築し、外部環境の変化に応じて自社の事業範囲を適切に修正し、自社の経営資源を効率的に配分していく必要があります。佃製作所の佃航平は厳しい経営環境ながらも、研究開発を続けることで物づくり企業としての強みを築き上げ、事業範囲を小型エンジンから徐々に拡大し、ついには大きな夢を実現します。その背景にどのような成長戦略があったのでしょうか?アンゾフの成長マトリックスを用いて考えます。

2.アンゾフの成長マトリックス

アンゾフの成長マトリックスとは、企業の成長戦略を分類するフレームワークです。成長戦略を「市場」と「製品」の2軸において、下記表のように、それぞれ「既存」、「新規」の組み合わせの4区分のマトリックスで表現したものです。このように分類することで、自社の経営戦略の位置づけや方向性が明らかになります。

  1. 市場浸透戦略(既存市場×既存商品)

    既存市場において、既存商品をより一層浸透させマーケットシェアを拡大させる戦略です。
    ロケット編の佃製作所は小型エンジンの「ステラ」を5年前に投入し売上げの3割を占めるに至っていました。佃製作所は当初は小型ボートのエンジンの開発を行っていた経緯があり、日々の研究開発により技術力を向上させることで、佃製作所の小型エンジンの市場浸透を戦略的に続けていたことがみてとれます。そのため、佃製作所に技術的に遅れをとっていた大手のナカシマ工業にとっては、佃製作所のエンジン技術が脅威となり、悪辣な買収工作を仕掛けることになります。

  2. 新市場開拓戦略(新市場×既存商品)

    新市場において、新しい顧客を開拓し、既存商品の売上げを増加させることで成長を図る戦略です。

    海外進出や、大人向けの製品を多少アレンジして子供向けに販売し顧客層を広げるのがこれに該当します。

    ロケット編の佃製作所はナカシマ工業の策略により、大口取引先の京浜マシナリーとの取引を失い赤字に追い込まれ経営状態が悪化しました。一般に体力の弱い中小企業は、取引の幅を広げ特定の企業に依存しないことが重要です。佃製作所は、他の一般的な中小企業と同様に、既存商品において、新規顧客、新市場を十分に開拓できていなかった、すなわち新市場開拓戦略が不十分であったことを示唆されます。

  3. 新商品開発戦略(既存市場×新商品)

    既存市場に対して新商品を開発し投入することにより成長を図る戦略です。新商品については、既存商品の強みを活かしたものとすることで、既存商品と新商品との関係においてシナジーも期待されます。

    佃製作所では、小型エンジンの開発で培った精密加工技術を活かし、ロケット用の水素エンジンの開発を進めていました。エンジン市場における新商品開発戦略に該当すると言えるでしょう。なお、佃製作所は、小型エンジンだけでなく、ロケット用エンジンのバブルシステムについても特許権を取得し、大手の帝国重工に対して圧倒的な競争優位を築き、新商品開発による収益性向上に成功します。

  4. 多角化戦略(新市場×新商品)

    自社の経営資源を、現在の事業とは関連の薄い新市場・新商品分野に展開することで成長を図る戦略です。上記(2)(3)も新たな分野に進出しているという点で多角化の一態様ですが、こちらは「狭義の多角化」と言われており、市場・製品ともに新規であるため、非常にリスクが高い領域です。佃製作所は、子供用の小型人工弁開発の「ガウディ」計画に参画します。それまで佃製作所は主にエンジンの開発を行っていたので、市場・商品ともに新規の分野であり、思い切った経営戦略の転換でした。

    また、ガウディ計画に参画するか否かの議論の際、営業第二部長の唐木田が「今うちがやらなきゃならないのはこんな医療機器じゃない。人工弁なんてやっている場合ではない。」、と社長をたしなめるシーンがあります。これは、人工弁開発の多角化戦略は非常にリスクが高いので、既存商品で市場浸透戦略に集中すべきと主張しているわけです。

    ところで、短期間の多角化を成し遂げるには、他企業とのアライアンスや企業買収などが有効です。佃製作所も自社だけでは小型人工弁という新規事業を成し遂げるのは厳しかったでしょう。株式会社サクラダや福井医科大学とのアライアンスにより短期間の多角化を成し遂げます。

まとめ

アンゾフの成長マトリックスを用いることで、自社の現在の事業範囲や将来の取り得る成長戦略をわかりやすく整理することができます。そして、一般的には、新商品開発や新市場進出のコスト、その見返りおよび外部環境等に応じてどの戦略を選択するかを決定することになります。例えば、製造業は新商品開発を行うよりは、新市場を開拓する方がコスト面で実行しやすいです。そのため、ロケット編の佃製作所では、市場浸透戦略、新市場開発戦略が不十分な状態にありながら、社長の佃航平がいつ役に立つかわからないロケットエンジンという新商品の開発を進めることに対して社内外から大きな反発がありました。 

しかし、コストや短期的利益だけでは正しい経営判断はできません。佃製作所のような事業範囲の狭い中小企業では、長期的には時代の変化とともに新商品開発戦略や多角化戦略が必要になります。そして、佃航平は技術力に基づく信頼こそこれらの戦略の実行の際に重要になると信じていました。

経営には長期的視点に基づく強い信念が必要です。佃製作所が小説・ドラマのように成功したのは、周囲の短期的利益を求める声に惑わされることなく、長期的な視点で成長戦略(経営者の夢)を描き、そのために必要となる技術力をどんなに経営が苦しい時も日々の研究開発により着実に高めていたからと言えるでしょう。

次回(最終回)は、物づくり企業に不可欠なフレームワークである「QCD」をご紹介します。

専門家:木下 忠
ビジネスイノベーションハブ株式会社
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター戦略企画部門准教授。弁理士・中小企業診断士など、多くの顔を持つ。
日本弁理士会知的財産支援センター第2事業部副部長、同会著作権委員会委員及び同会東北支部知財キャラバン副キャラバン長。一般財団法人知的財産研究教育財団知的財産教育協会中小企業センター委員。宮城県中小企業診協会会員。中小企業政策研究会ビジネスモデルカフェを主催し、ビジネスモデル、知財経営戦略等のセミナー講師、コンサルティング活動を行う。

ノマドジャーナル編集部
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