【連載第2回】

iPhoneもPepperも。孫正義氏と共に常に最新のテクノロジーを日本へ普及させ続けてきたソフトバンク首席エヴァンジェリスト中山五輪男氏。本連載では中山氏が”AIが生み出す「人の働く」への変化”を、遠い先ではないすぐそこにある未来として解説します。本連載のインタビュアーは、自身もワーキングマザーとして働きながら、クラウドを活用したワークスタイル変革に取り組む、リコージャパン古川いずみ氏に担当いただいています。

本連載では、ソフトバンク初のエヴァンジェリストとしてテクノロジーを活用した新しい「働く」を追いかけ続ける中山五輪男さんのお話をご紹介します。第2回となる今回は、「ソフトバンク流の働き方・孫イズムについて」です。

*本連載は2016/4発行の「エバンジェリストに学ぶ成長企業のためのワークスタイル変革教本Vol.2」の内容をもとに編集しお届けします。

前回までの記事はコチラ

●連載第1回:iPhoneからペッパーまで。エヴァンジェリストの役割とは、少し先の未来を見せること

ソフトバンク流ワークスタイル変革の極意

まず自分たちが使ってみる、というソフトバンク・スタイル

古川:

ソフトバンクの社員の方々の働き方、ワークスタイルの特徴についてお伺いできますか?

中山:

最初にお話ししておきたいのは、ソフトバンクグループでは、なにか新しい製品やサービスを売っていくときに、「まず自分たちが使い始める」という伝統があるということです。そこで自分たちが本当にいいと感じたものをお客さまに提案するというやり方を、これまでずっと続けてきました。例を挙げると、日本で一番初めにIBMのグループウェア「ロータスノーツ」を本格的に導入した企業はソフトバンクです。ロータスノーツを自分たちのパソコンに入れて、データを入れたり構築したりして自分たちでいいところ悪いところ、こういう使い方をするといいなどの工夫をして、実際に体験した上で、お客さまに提案してきたのです。

古川:

まず、自分たちで触ってみる、自分たちの会社に導入してみる、という文化があるのですね。

中山:

はい。ネットウェアを最初に導入したのも、シスコのシステムを大々的に取り入れたのもソフトバンクです。その根底には、最先端のものをまず自分たちで使ってみようという考え方があります。ですからiPhoneもiPadも、発売された時すぐに全社員に配られました。孫がかつて講演で「iPhoneとiPadを持っていない人は、人生を悔い改めていただきたい」などと過激な発言をしていたことがありましたが、そこまで言う以上はやはり全社員に配り、とにかく使ってみなくてはということです。

孫は、iPhoneを全社員に配った時には「今日からiPhoneを全社員にも配るけれど、とにかくまずは遊べ。ゲームをしようが音楽を聴こうが自由に遊んで構わない」というメールを送りました。その文面に織田信長の話が書いてあって、「鉄砲の達人として有名な信長は、小さい時から鉄砲で小動物を打ったりして遊んでいて、その中から『どう打てば的に当たるか』などの使い方を自然に学んでいった」と。さらに、「現代人におけるiPhoneもまさに当時の鉄砲と一緒。遊びの中からどんどん使い方をマスターしていきなさい」とあったのです。

普通、会社支給のデバイスを使って社内でゲームをするなんてご法度ですよね。しかし孫は、遊ぶことを許可した。すると、遊びの中からいろいろな使い方が発見されてきて、皆どんどんiPhoneに慣れ親しんでいきました。iPadも同様ですが、iPadを全社員に配った背景には災害時対応という意味もありました。実際に東日本大震災が起こった時は私も1週間くらい出社できなかったのですが、皆、常に持ち帰りができたiPadで仕事をすることができました。

強制的にiPadで営業させるという荒療治

古川:

ソフトバンクさんではiPadを使ったリモートワーク、在宅勤務などを積極的に推奨されているのでしょうか。

中山:

いつでもどこでも働ける環境づくりは整えています。仮想デスクトップで社内ネットワークに接続でき、必要なメールやファイルにアクセスすることが出来ます。そういった仕組みがあります。

古川:

ノートパソコンを社員に支給するという会社は多いと思いますが、その仕組みであればどのパソコンでも業務を行うことが可能なのですね。

中山:

はい。万が一何かがあって出社できなくても、仮想デスクトップを使って業務が行えます。そういったことは、お金をかけてでも徹底してやっています。新しいワークスタイルについても自分たちで実際に行ったことをお客さまに提案してきました。

例えばソフトバンクは、iPadを配布する際に、敢えて営業担当者からパソコンを取り上げてしまったのです。彼らの仕事の仕方を変えるためです。当時は全員にパソコンが配られていて、営業担当者は自分たちでパワーポイントで資料を作りながら、得意先に行って提案をしていました。ところがiPadだけになってしまうと、当然「iPadじゃ資料が作りにくいじゃないか。不便だ」という不満が噴出します。そこで、じゃあ仕事の仕方と組織を変えよう、ということで営業担当者は自分で資料を作らないようにし、プレゼン用映像などの資料を作る専門の部署を作ったのです。

古川:

ワークスタイル変革のためにそこまでやるというのはすごいですね。

中山:

孫や私たちソフトバンク社員が外部で講演する時などに使っている画像や映像資料はかなりレベルが高いと言われるのですが、それは全部社内の資料作成専門の部署の人間が作っています。外部に作らせているわけではありません。彼らは、プロ用のカメラ、ビデオカメラ、加工用ソフトなどの機材を持っていて、画像加工からビデオ編集まで自分たちで計画して資料を作ります。新しい製品はもちろん、バージョンアップしたiPhoneやiPad、Surfaceなどの商品紹介資料、事例映像など、必要なものはもう分かっているので、こちらが指示しないでも先に作っておいてくれるのです。

それら全部が社内のイントラネットで公開され、社員は自由にダウンロードできるような仕組みが整っています。だから営業担当者は得意先に行ってプレゼンするだけ。そういうワークスタイルにしてiPadを活用するようにしているのです。資料を作る人間、それをもとに喋る人間と業務をきっちりと分けて、それぞれに必要な最先端のデバイスを徹底的に使わせています。

古川:

素晴らしいですね。それは、成功パターンの一つかもしれません。

徹底した「紙禁止令」でワークスタイル変革を

中山:

先ほどお話ししたワークスタイルを、弊社では「ホワイトワークスタイル」と呼んでいます。犬のお父さんのCMもホワイトですよね。弊社ではいろいろなものに「ホワイト」をつけているのですが(笑)、新しいワークスタイルを自分たちで構築して、実際にやってみています。もちろん、試行錯誤はありました。そのホワイトワークスタイルの一例を挙げると、「ペーパーレス」の取り組みがあります。

リコーさんの前で申し訳ないのですが、私は年に1枚しかコピーを取りません。私が複合機を使っているのは年に1回。年末調整の書類などを印刷してハンコを押す必要があるものだけです。おそらく他の人もそのくらいだと思います。会社では紙は一切禁止。「いまだに紙を使ってるやつは人間じゃない」って、これまた孫が相当怒るのですよ。

古川:

はい、私も当時その話を聞き驚きました。複合機をツルハシで壊そうとする写真などもありましたね。

中山:

そう、刺激的な表現でしたよね。でもそこで言いたかったのは、そこまで徹底してうちは使わないんだという、ペーパーゼロ宣言です。
ですから私も営業部も、現場に行った際に紙資料を一切使いません。全部iPadやSurfaceでプレゼンをして、お客さまが必要であれば、帰ってすぐにPDFで送る。お客さまにとってもそのほうが逆にいいのです。紙でいろいろもらっても邪魔になるし、紛失する場合もあります。PDFなら検索ですぐに探せますし、誰かにメールしたり転送してもらったりするなど広がる可能性も出てきます。紙だと広がりませんよね。だから逆にPDF化を徹底しています。

古川:

ペーパーレス活動を行っている会社はありますが、だいたい部長クラスの管理職の方が紙を使いたがるので、なかなかペーパーレスにならない、という話を聞きます。でもソフトバンクさんの場合は、部長などから率先してやっていくのですね。

中山:

弊社は新しいことは上からやっていきます。ペーパーレス会議も役員会議から始めてきましたし、「上が下に対して示していく」というところは徹底していますよ。一般的な日本企業だと、いまだに役員の方はフィーチャーフォン(ガラケー)を持っていたり、紙もたくさん使っている。「やっぱり紙で見ないと」とおっしゃる役員がいる会社も多いようですが、それは弊社では認められません。

ソフトバンクでは、上の人間が率先して新しいワークスタイルに慣れていきます。誰でも最初は慣れないから辛いけれども、自分が苦労したことも含めて部下に指導します。そこは、ソフトバンクのやり方で、うまくいっている部分だと思っていますし、他の企業でなかなかできていないところだと思います。最先端のものって上の人は使いたがらないことが多いでしょう。業務や指示の仕方など、なんでも「昔のやり方」にこだわりますよね。弊社は、そのあたりの思考を柔軟にするように心がけてもらっています。

(次回に続く)

◎本稿は、書籍編集者が目利きした連載で楽しむ読み物サイトBiblionの提供記事です。

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