物流は単にものを運ぶに止まらず、ビジネスを生み出す鍵にもなります。店舗がないままにデパートを営業しているようなAmazon、ZOZOTOWNもあれば、木工メーカーだったアイリスオーヤマがプラスティック製品をはじめ多種多様な素材をも扱う総合家庭用品メーカーに変貌を遂げる。それらは全て、物流があってこそ実現したことなのです。
前回に引き続き、物流をキーワードに多くの企業にアドバイスをしてきたロジスティクス・トレンド株式会社 代表取締役 花房陵氏に話を伺いますが、後編である今回は、花房氏がアドバイスした、あるいは実際に見聞した事例をベースにお話を伺いたいと思います。
相談事例:「地方で評判の店」が東京進出した際に直面する物流課題
Q:最近、地方で評判の店が東京進出、あるいは海外に店舗展開する事例を見聞きすることがあるのですが、そういったケースでも物流が重要になると聞きました。
花房陵氏(以下、花房):
実際に私がアドバイスしたケースですが、北海道のケーキ屋さんの事例があります。地元で評判のお店で東京に出店していました。商品はケーキだけでわかりやすくシンプル、物流倉庫も用意されていて、店舗も綺麗。お客様からの評判も良い。失敗する要因は無さそうに見えるのですが、実際には、開店前に材料が店に届いていない、届いても分量が足りない、あるいは多すぎる。届くべき品物が別の店に届いてしまっているということが非常に多かったとのことです。
そもそも、地方の人気店が全国展開するといった場合、うまくいっているケースで一番多いのが、「地元ですでに数店舗以上の多店舗展開をしている」というものです。つまり、多店舗で店を運用するノウハウを持っている。ところがこのお店は、北海道で一店舗でした。店の規模が2~3倍になるくらいなら、それまでのやり方である程度対応出来ます。しかし、それ以上になると難しい。地方で人気のお店が、東京に一店舗ならまだしも、数店舗出すなら、それまでのやり方では難しいのです。
Q:そのお店ではどの様に解決したのでしょうか?
花房:
シンプルな話で、「物流のことを考える担当者を置く」、これだけです。お店でケーキを作る担当者はいる。販売の責任者もいます。しかし、物流の責任者はいなかったのです。これが一店舗。二店舗くらいの規模ならなんとかなるでしょうが、それ以上は担当者がいないと難しい。ケーキ屋さんを起ち上げる方なら、ケーキ作りにこだわりと自信はあるでしょう。販売にも気をくばるかもしれません。しかし、ものの流れ、在庫の管理などは気が回らないものです。そこを担当する「お母さん」のような存在が必要なのです。
「店舗内でのものの流れ」を考えることで、プラスワンの購買につながる
Q:他にも物流で会社が変わった事例をお聞かせください。
花房:
先程のケーキ屋さんとは違いますが、パン屋さんのケースがあります。有名なチェーン展開をするベーカリーですが、当時の客単価が600円程度だった。それを610円に引き上げたいという相談があったのです。そこで考えたのが、店内でパンを取るトレーを紙製のバスケットにすることです。味気ないプラスティックのトレーでは、パンを重ねておけないし、滑るのが気になるという声もありました。これを紙製のバスケットに変えると、プラスワンの購買に繋がる。そういう「店舗内でのものの流れ」を考えることも大事です。
似たケースでは、大型書店さんのケースがありました。最初は、本が店に届いたときに陳列が間に合わない、返品交換が大変でこれも間に合わないという相談でした。ところがお店を見てみると、それ以前に「店に本を売る気がない」としか思えなかった。お客様が書いたい本を手にとって店内を移動しているときに他の本が気になった。でも、すでに持っている本で手が塞がっていて、手に取れないんです。そこで「カゴを店内において、もう一冊買いやすいようにすれば良いのでは?」と提案しました。いまでは大型書店でカゴを用意しているところは珍しくなくなりました。これも、店内で「棚からレジまでのものの流れ」を改善したケースです。
花王はサプライチェーンマネジメントで会社を動かしている
Q:販売、流通の事例が多いのですが、メーカーではいかがでしょう?
花房:
花王さんの事例があります。花王は26年連続で黒字計上する優良企業ですが、その背景にあるのは「製造・販売・物流」の三本柱です。日本企業の多くは製造だけ、販売だけで、物流はほったらかし、よくても他社に丸投げという場合が多い。しかし、花王はサプライチェーンマネジメントで会社を動かしているのです。
通常、メーカーであれば、製造部門はたくさん製品を作った方がいいと考えています。製造部門でコストダウンを考えた場合、一番良い方法は大量に作ることなのです。販売部門も売るものはたくさんあったほうがいいと思っている。そこで製造は製品を15,000個作る。販売はそれだけ売るつもりで頑張って、結果、10,000個売ってくる。売れのこりは売りにくいので、新しい商品を作って欲しいと製造にお願いする。売れのこった5,000個の在庫、新商品を作ったときの在庫はどうするのかという発想がない。物流という視点を持たないと、在庫ばかりが増えていくのです。
そこで花王は、製造、販売に加えて、物流という視点でサプライチェーンマネジメントをおこなっているのです。市場動向や在庫調整なども鑑みて、適正な生産量を調整する。自社の販売力も考慮に入れて考えます。そうすることで、原材料の仕入れに無駄が無くなり、在庫のロスも減少する。つまり、利益が上がるのです。他社が新商品を投入するから、自社の競合商品はその時期生産量を減らすといったことまで行います。人気商品があるメーカーが黒字なのに経営状態が良くないとい言うケースがありますが、そのほとんどがこういった生産調整をしておらず、在庫ロスが多いのです。
悪い会社は「コストを三割下げたい」と言ってくる
Q:花房さんが企業を見るときに「良い会社かどうか」を見わけるポイントはありますか?
花房:
いい会社は「コストを3%下げたいんです」と言ってきますが、悪い会社は「三割下げたい」と言ってきます。3%は具体的な数字ですが、三割はどんぶり勘定です。具体的な数字を出すには、社内の状況を整理して理解していないと無理です。それが出来ているかどうかは大きな違いになります。
物流は、単にものを運ぶだけではありませんし、コストダウンの対象でもないのです。物流をつきつめると、新しいビジネスモデルが生まれる場合もあります。物流の工夫によって無駄が無くなり、単に売上を上げる以上の利益を生むこともある。
会社の中を整理して、きちんと見てみるということは、簡単なようでいて難しいことです。しかし、物流という視点を持てば、それまでとは違った考え方で整理することが出来ます。ほとんどの企業は、「こうすれば無駄が無くなりそうだ」と思っていてもなかなか手を付けることが出来ない場合が多い。そこを明らかにして、「どうすればいいか」を教えてくれるんが”物流という視点”なのかもしれません。
――起業しようという人にとって、自分が作りだす製品、あるいは提供するサービス、ソリューションには自信があるでしょう。しかし、「それをどう動かすか」「どう届けるか」という物流の視点には中々気付けません。花房氏のお話は、決して突飛なものではなく、聞けばだれもが納得出来る「当たり前のお話」でもありました。だからこそ、気付くことが難しいのかもしれません。
専門家:花房 陵(ロジスティクス・トレンド株式会社 代表取締役)
1955年生れ東京都出身 慶応大学経済学部卒 証券会社を経て、生産・物流コンサルティング歴30年。
28業種200社の物流センター開発と改善指導に携わり、
多くの商材でSCM実現化課題を解決してきた。2012年より月刊誌ロジスティクス・トレンド発行人。
主な著作に「見える化で進める物流改善」、「物流リスクマネジメント」共に日刊工業新聞社刊。
取材・執筆:里田 実彦
関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。