“物流”と聞いて、何を連想するでしょう。ヤマト運輸や佐川急便、日本通運のような大手物流企業、FedExやUPSといった外資の企業を思いうかべる人もいるでしょう。なかには、日本郵船や商船三井といった海運業、日立物流や山九といったメーカー物流、三菱倉庫などの倉庫業の企業名を頭に浮かべる人もいるかもしれません。

 

しかし、おそらく共通するのは、「ものを運ぶ」「ものを貯蔵する」というシンプルなイメージであり、ものづくりを担うメーカーでもなく、企業と消費者を繋ぐ流通でもない、「産業の主流」とは言い難い印象ではないでしょうか。

 

それは正しい物流に対する認識なのでしょうか? 物流をキーワードにしたコンサルティングを行い、多くの企業にアドバイスをしてきたロジスティクス・トレンド株式会社  代表取締役  花房陵氏に話を伺うことができました。
前編では、物流が社会でどれだけ大きな役割を果たし、企業活動に影響を及ぼしているか、そして物流が生み出す新たなビジネスモデルについて話を伺いました。

「何十年もトップであり続ける業界、企業はない」現場へのPC導入から物流の世界へ

Q:花房さんは物流を専門とするコンサルタントだということですが、そもそも物流に興味を持たれたきっかけを聞かせください。

花房陵氏(以下、花房):

大学を卒業して40年以上がたつのですが、大学時代、株式投資のクラブに所属していたのです。そこで実感したのは、「何十年もトップであり続ける業界、企業はない」ということでした。それが高じて、一つの会社で終身雇用されるということに全く興味が持てなかった。

 

そこでまず当時業績が良かった教育関連の企業に入社し、新規事業の開発を手掛けさせてもらったのです。そのなかで文具店を買い取って、そこから工場向けにパソコンとソフトを販売するというビジネスを始めました。当時は、多くの企業でコンピュータの導入ははじまっていましたが、現場である工場ではほとんど使いこなせていない状態でした。原材料の入荷量の計算、そもそもの原価計算、出荷のためのトラックの配車など、すべて手計算だったのです。

 

そこに、アメリカの”MultiPlan”というソフトを付けて、PCを売りこんだ。すると、「使い方まで教えてくれ」と言われたわけです。ただ使い方を教えても仕方がないので、原材料の入出荷やトラックの配車などの業務をソフトを使いながらいかに効率化出来るか、それを考えていったのです。そこから、生産・物流のコンサルタントになりました。

物流の改善の影響はコスト面に止まらない

Q:物流というと、業界全体がコスト競争に晒されています。結局、物流コンサルというと、コスト面に終始してしまうのではないでしょうか。

花房:

確かに、コスト削減は大きなポイントです。業界全体が90年代からの規制緩和で価格競争に陥っているのは事実です。しかし、ただ物流コストを下げれば良いというものでもありません。いま、業界全体で物流コストは下がり続けていて、売上比5%程度になっています。これは非常に低い数字で、これ以上下げようとすると安全コストを削らざるを得ない。これまでのように、コスト削減のために物流コストを削ると言うことは出来なくなるのです。

 

しかし、物流の改善の影響はコスト面には止まらないのです。バブル崩壊以前は多くの企業は物流コストに無頓着でした。工場の立地や倉庫の立地、在庫の管理など、コストがかさんでも無視出来るだけの利益が上がっていた。ところがその後は違います。工場が遠くて商品を運ぶのが大変だ、倉庫が多すぎて管理コストがかかりすぎている、在庫がそもそも多すぎるといったことが明るみに出て、全て外注しようという発想も増えているのが現状です。

ウォルマートは、まず「倉庫をどこに置くか」を考える

Q:欧米などでも同じような状況なのでしょうか?

花房:

一つの事例ですが、ウォルマートの話があります。世界最大の小売業であるウォルマートでは、新規出店する場合、まず「倉庫をどこに置くか」を考えるというのです。多くの小売業では、商圏人口などの店舗の立地から考えますが、そこが違う。まず、「どこから商品を運ぶか」、つまり物流から考えるそうです。ウォルマートのモットーは「every day , low price」です。安く販売するためにコストを下げなければならない。そこで配送の効率化を重視しているのです。地元のトラックドライバーに近隣の他店舗の状況、倉庫の空き、トラックの流れやすさなどもヒアリングすると言います。

 

日本でも似た事例はあるのです。セブン-イレブンは店舗数拡大を図っていた頃、”エリア集中出店”という戦略を採っていました。これは例えば世田谷区なら世田谷区内という地域に集中して店舗を開発する。この利点は、配送の効率化もあったのです。特にセブン-イレブンのようなコンビニエンスストアでは、商品の配送は非常に重要です。どれだけ低コストで、効率良く商品を店舗に送りとどけるか。物流から店舗展開を考えていったのです。

Amazonは「倉庫業」として日本進出した

Q:物流の改善によってコスト削減以外にどんなメリットが生じるのでしょうか?

花房:

物流を考えていくと、既存のビジネスを変え、新たなビジネスモデルを生み出すことも出来ます。通信販売は古くからあるモデルですが、それを大きく変えた企業としてAmazonが挙げられます。Amazonが日本に進出するとき、通販企業としてではなく、まず「倉庫業」として登録しています。最初から書籍の通販で終わる気は毛頭なかった。いまでは、多くの小売業が「Amazonに委託して」通信販売をおこなっています。Amazonの倉庫に商品を預け、受発注から倉庫管理、商品発送まですべてAmazonが行う。これは物流業者がデパートを営んでいるようなものなのです。

 

似たようなモデルにZOZOTOWNやMAGASEEKがあります。店がなくてもデパートが出来る。この二社は創業がほとんど同じ時期なのですが、いま、業績はZOZOTOWNが三倍ほど上回っています。この差は、スマホへの対応です。いまや若い女性は化粧室で服を買う。ランチで話題になった服をその場で買う。ITツールで「購買行動」が変化する今、それに対応するには物流の変化も大事だと思います。

物流が新たなビジネス生み出す鍵になる

Q:流通業以外でも、物流で変わる部分はあるのでしょうか?

花房:

この発想を発展させると、いろんなことが出来ます。一人卸業、一人商社、一人メーカー。工場がなくても、倉庫がなくても一人でメーカーをやれる。一人というのは極端ですが、アイリスオーヤマや「激落ちくん」で有名なレックは、このモデルなのです。

 

アイリスオーヤマはもともと、木工メーカーです。しかし、家庭用品は木製だけではありません。そこでプラスティック製品は他社に作ってもらい、自社の倉庫に収めてもらう。そこから販売することで、木工メーカーがプラスティック製品を販売することが出来た。新しいプラスティック製品工場なんて必要ないのです。いまでは日本一LED電球を売っている会社にまでなっている、物流のコントロールが出来れば、そういうことも可能になるわけです。

 

――物流が新たなビジネス生み出す鍵になる。そう語る花房氏ですが、次回後編では、花房氏が実際に見聞した「物流で業績が改善した事例」を紐解いてみましょう。

専門家:花房 陵(ロジスティクス・トレンド株式会社 代表取締役)

1955年生れ東京都出身 慶応大学経済学部卒 証券会社を経て、生産・物流コンサルティング歴30年。
28業種200社の物流センター開発と改善指導に携わり、
多くの商材でSCM実現化課題を解決してきた。2012年より月刊誌ロジスティクス・トレンド発行人。
主な著作に「見える化で進める物流改善」、「物流リスクマネジメント」共に日刊工業新聞社刊。

取材・執筆:里田 実彦

関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。