かつての日産の座間工場、サンヨーの洗濯機工場、シャープの亀岡テレビ工場が超大型物流センターに姿を変えています。景気循環の波に乗り遅れると優良企業も苦戦する時代であり、アベノミクス異次元の金融緩和によって円安が浸透すると、輸出好転ではなく生産工場の撤退に拍車がかかってしまうのです。
産業空洞化は円高不況の代名詞でしたが、すでに日本の工場は自動車産業を筆頭に海外進出を済ませており、日本を経由しない三国間貿易というグローバルビジネスに変身してしまいました。残された工場跡地が、なぜ物流センターに変わっていくのでしょうか。
巨大物流センターは金融商品になった
延べ床面積3万坪以上の巨大な物流センターをメガ倉庫と呼びます。建築開発コストは数十億から100億円にもなります。毎年100万坪単位で建築ラッシュが続き、この流れはまだまだ止まりません。2016年も過去最高の開発ラッシュが3大首都圏で進行中です。
新聞の経済面や地方産業面では、ほぼ毎週のように物流センター開発建築の記事が登場しています。一方で、物流業界が大儲けをしているという記事は出てきません。実際に運輸業界は6万社以上の企業が経常利益で赤字を続けています。(大手寡占業者は好調ですが、実は99.9%は中小零細企業なのです)
物流センターには多くの作業員が働き、商品在庫がふんだんに保管されていますが、それを生業にする物流は未だに夜明け前の漆黒状況にあるのです。
それなのになぜ物流センターの建築ラッシュが? それは、物流センター専門の不動産開発投資信託(J-REIT、ロジスティクスファンド等)や内外の投資ファンドが物流施設にどんどん資金を投入しているためです。倉庫は物流業者が所有するものから、賃貸契約で利用する形態に変わり、多くの企業がメガ倉庫を利用するようになったからです。
賃貸契約ですから事業収入は賃貸料です。開発や建築に関わる資金調達コストが低金利のために、実質収入が資金コストを大幅に上回るイールドギャップが生じているのです。
しかも開発業者は不動産業界のベテランですから、不動産の売買と賃貸を使い分け、好調な物件はオーナーチェンジという、物件そのものを賃貸中の顧客がついたまま売買するのです。そして、次の開発を目指します。金利は限りなくゼロに近い数%で落ち着いていますから、事業計画に金融機関も安心して融資するのです。
新たに土地を開発するには都市計画など行政の許可が必要ですが、工場跡地なら比較的容易に用途転換が可能です。巨大な物流倉庫はもはや低金利時代の申し子のようなものです。
工場がなくなると産業空洞化?
多くのヒトが働くのが「工場」で、昼間はほとんどヒトがいないのが「倉庫」というのが、日本の建築業界の常識だったのですが、今は完全に逆転しています。ロボットが動く工場は当たり前ですから、従業員の多さで言うなら倉庫が圧倒的に作業員を必要としています。伝票処理、集品、包装、梱包、値付け、配送など、物流活動はヒトとモノで苦労しています。
生産地がグローバルに展開されるようになったので、「お買い物天国」の日本では海外製品が圧倒的に居間や食卓、タンスの中を占めるようになりました。身の回りの商品でMADE IN JAPANのマークを探すのは大変なことです。
海外工場からの輸入品は物流センターに到着して、品質検査や必要なラベルを貼って販売店に並ぶのです。
日本全国には各地の行政主導により1500箇所を越える「工業団地」を開発してきましたが、そこですら多くの物流倉庫が入居して「物流団地」と名称変更したほうが良いぐらいの状態です。その意味では工場が移転しても、物流倉庫が多くの雇用を生んでいますから、決して「産業空洞化」ではないのです。
貿易でも世界のランキングでみると、日本のコンテナの取扱量が低下しているという話題がある反面、日本国内には994の港と100の空港が整備されています。もちろん貿易港では超大型コンテナ船用に大深度港湾整備も進行中ですから、空海貿易は小さな日本でも高速道路網と合わせれば、本当に緻密に世界と直結しているわけです。それなのに景気回復が遅れている、ということは貿易と物流の再構築を必要としていると言えるでしょう。
Appleは世界有数のSCM(サプライチェーンマネジメント)企業
モノ作りは世界に広がりました。プロダクトをマーケットに安定供給するためには、貿易を中心とした物流が欠かせません。むしろ、生産拠点である工場については自由に世界中に求めることができても、販売のための物流は消費地の近くになくてはならないのです。
何を作るか、どこで作るか、いくらにするか、というモノづくりの意志決定の優先順位には、実はどこで物流をするのか、が最優先になってきていると言えるでしょう。
Apple製品はパソコン・iPhone等を中国や台湾の工場で生産され、マレーシアやシンガポールで集積されて(生産物流拠点)日本に届きます(販売物流はヤマトや佐川急便の輸入センター)。
しかもAppleは世界有数のSCM企業としても知られており、物流性能についての世界ランキングでも高い評価を受けています。(SCM:サプライチェーンマネジメント、物流性能と企業業績評価が毎年ナンバー3を下回ることがありません)
モノづくりの世界は技術進歩に話題を事欠きませんが、地球の裏側とリアルタイムでつながる現代では、どこに原材料を送り込み、どこで作り、どうやって運び、販売を完了させるか、という物流テーマが重要な位置づけとなりつつあります、しかし多くの企業がまだこの事に気づいていません。日本は物流インフラ(港、空港、道路網)が完全に整備された国土を持っているのです。
その意味では、これからの日本のモノづくりは、物流マネジメントの時代に入ってきたのではないかとさえ思うのです。しかもその物流倉庫もただ大きいだけではなく、ネットショップの商品スタジオを兼ねていたり、顧客サービスのコールセンターを併設するようになりました。
PCの物流ではソフトやハード、機材のセットアップを行う組み立て工場と同等の機能を発揮しています。食品工業は多くが冷蔵・冷凍庫を併設して、工場と物流の一体化が図られています。しかも、大量の従業員を雇用して地域の発展に寄与しています。
物流にどんな機能や性能を併設すれば良いのか、作られたモノをどこから販売することが顧客の創造につながるか、今の物流はただ単に数えて運ぶような作業活動ではなくなっていることに気づくことが大切ではないでしょうか。
1955年生れ東京都出身 慶応大学経済学部卒 証券会社を経て、生産・物流コンサルティング歴30年。28業種200社の物流センター開発と改善指導に携わり、多くの商材でSCM実現化課題を解決してきた。2012年より月刊誌ロジスティクス・トレンド発行人。主な著作に「見える化で進める物流改善」、「物流リスクマネジメント」共に日刊工業新聞社刊。
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