物流の専門家による「物流の現場」コラム第4回。
物流現場ほどミスや事故に神経質なところはありません。ケガや命に関わるトラック事故は特別としても、商品の間違えや伝票の取り違え、宅配便の商品行方不明など、考えてみれば些細なことが大問題とされるのです。
ミスや事故はない方がいいに決まっています。ましてやお買い物やギフトはネット通販と宅配便を利用されるわけですが、宅配便は一年間に36億個も行き来しているのですから、わずかな確率でもミスは大変な数に上ります。
ヒトの作業にはミスや事故がつきものです。それは確率ですから、仕方がないと言い切れないところに、物流に従事する人々の悩みがあるのです。
ミスはなぜ起きるか?事故はなぜ防げないか?自動運転や緊急自動停止システム
ヒトの不注意や慢心が原因のミスも事故もあります。どのような対策が考えられてきているでしょうか。
それぞれ、れっきとした学問が存在しています。安全工学と呼ぶ分野がそれなのですが、工学は技術と機械に特化しています。人間工学という分野もあるのですが、それさえ人の体使いや肉体構造に限定しています。
人の心理や感情まではまだ研究範囲になっていないのが現状なのです。自動車事故のほとんどは、わずか数秒と言えるほどの時間、ボーッとしていたり、ぼんやりしていたために操作や操縦のミスによって引き起こされることがほとんどです。
悩みがあって考えことをすることは誰にでもあります、自動車の運転中や物流の作業中に数秒、ボーットすることを完全に禁止できるものでしょうか。
そこで、自動運転や緊急自動停止システムが列車や自動車には採用されるようになってきました。人の弱点を機械やシステムで補おうというものです。
かつて悲しい事故がありました。JR西日本の列車脱線事故です。
列車には自動停止システムがまだ付いていませんでした。運転士は運行のわずかの遅れをとても気にしていたとも言われています。列車の到着遅れがあると、とても厳しい罰則のような訓練や指導が日常化していたという背景もありました。
事故には心理学や組織論、労働者の雇用関係まで影響していたことが明らかになり、特に輸送機関や物流企業には経営トップを含めた安全マネジメントの再構築を命じる新しい法律まで出来ました。そして、そのような社会背景、企業組織まで視野に入れた安全学問を関西大学では、<社会安全学部>としてスタートしているのです。
ミスや事故が結果として大災害や大きな影響にならなくても、無くすことができるならない方がいいのです。そのためにできることはどんなことでしょうか。
ダブルチェックでデジタル精度は出せる:人は間違えるから、バックアップする
物流の現場では、<人は間違えるから、バックアップする>というシステムが出来上がっています。ダブルチェックやフォローアップという体制です。
ヒトの作業精度を仮に100分の1とするなら、二人で検査を行えば100分の1掛ける100分の1で、精度は1万分の1というレベルに到達します。
でもそれとて、ミスゼロではありません。医学や医療の現場では人命に関わることがありますから、絶対にミスゼロ(ゼロデフェクト)運動が必要になります。
視点を変えて、ヒトの制度から善悪や不純な動機を考えてみましょう。許されないミスや事故が事件になってはならないのです。社会にとっては犯罪のない、安全安心な社会づくりが必要です。今までは、何か事件があると犯人を逮捕して、処罰して、そのことを知らしめて牽制啓蒙することが権力機関の手法でした。
ヒトを殺したら死刑になる、という厳罰主義です。事件は犯人が起こしているという犯人原因説と言われるものです。しかし、この方式では効力が十分に機能しているとは言い難い現実があります。
事件の再発防止にどれほど処罰を強化しても、そのことを啓蒙しても効果がないとしたら、一体どうしたら良いのでしょうか。
出来心も抑制する:物流現場で行なわれているバックアップやフォロー
「怠けたい、ズルしたい、嘘をつきたい、手続きを端折りたい」、というような人の動機は<ちょっとした、出来心>というようなものです。<魔が刺したから>というでしょう。これもミスや事故や事件に繋がってしまうのです。防止しなければなりません、予防しなくてはならないのです。
あってはならないミスや事故を防ぐには、ヒトの不正な動機を抑えなければなりません。物流現場で行なわれているバックアップやフォローとは、<別のヒトの目>を意味しています。
出来心の理由は、「見られていない、見られても逃げられる」という雰囲気を与えているからです。事故もミスも犯罪も、初めからの不正な動機があれば防ぐことはできません。プロの泥棒やスリの手口をテレビでご覧になったことがあるでしょう。徹底した執着心と技術で感心すら覚えるほどです。
けれども彼らもヒトの目を気にします。大衆の面前では実行しません。それはマジックですから。
すると、「見ている、見られている」という雰囲気や環境を作り出すことが、動機があっても実行を思いとどめることになるのです。これこそが、ミスや事故の絶対対策となるはずです。見える化運動として、相互監視やビデオカメラ、境界線をきちんと明示するような仕掛けが、<犯罪機会論>と呼ぶ事故事件対策なのです。
不正な動機と実行を隔てるものが、『見られている』という環境づくりと雰囲気作りなのです。
あなたの現場では見られている感覚はありますか?ミス対策の第一歩ですよ。
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1955年生れ東京都出身 慶応大学経済学部卒 証券会社を経て、生産・物流コンサルティング歴30年。28業種200社の物流センター開発と改善指導に携わり、多くの商材でSCM実現化課題を解決してきた。2012年より月刊誌ロジスティクス・トレンド発行人。主な著作に「見える化で進める物流改善」、「物流リスクマネジメント」共に日刊工業新聞社刊。
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