前回、組織人事とは何かを、新井氏の経歴と共に説明しました。
その経歴からでも、人事の重要性、組織作りの大切さは垣間見えてきます。

 

今回は、新井氏が経験した実例を通じて、多くの会社が陥る「組織、人事の問題点」について紹介していきましょう。

社員数が30名を超えた頃、
社長と社員のコミュニケーションができなくなる

Q:前回は、新井さんの経歴を中心に伺ったのですが、そういった経験を踏まえて、多くの会社が直面する課題があれば教えてください。

新井規夫氏(以下、新井)

社員数が20~30名を超えた頃に、最初の課題が出てきます。実は、会社の成長段階に応じて、ほとんどの会社で同じような問題が起こるのです。もしかしたら、企業にも成長痛のようなものがあるのかもしれませんね。

 

社員数が少ない頃は、一人一人の社員と社長がマンツーマンでコミュニケーションができるし、社員は社長の振舞いを日頃から直接観察することが出来ます。ところが、社員数が増え、間に中間管理職である「マネージャー」がはさまるようになると、途端にそれができなくなります。社長の考えや想いが社員に届かなくなる。これが第一の成長痛です。ここで組織とコミュニケーションの方法を変えていかないと、最悪の場合、会社が空中分解します。よく創業者が「創業してしばらくしたら、部下が社員をひきつれて独立してしまった」というエピソードを語ることがありますが、そのような事態が起きるのは、だいたいこの時期です。

Q:そこでの改革では、何に手を付ければいいのでしょう?

新井

まずは、社長の想いを「経営理念」として明文化し、マネージャー、社員にこれを徹底的に伝えていくことが最も重要です。とはいえ、これは多くの会社では既にやられているでしょう。重要なのは、「社長が本気かどうか」です。社長は本気で理念を実現しようと信じているのか、そして、今自分たちがやっている仕事は、本当にその理念の実現のためのものなのか。「理念」と「今の自分の仕事」を繋ぐ「ストーリー」を社員は求めているのです。

 

そして、社長の「本気度」を示す重要な要素が評価と報酬です。「従業員満足」を謳う会社なのに、営業成績が良いからといってパワハラ上司が出世するようでは、社長の本気度が疑われます。「言っていること」と「やっていること」に矛盾があれば、社員は敏感にそれを感じ取るのです。

 

評価と報酬の二つはセットで語られがちですが、別々のものです。私は評価制度よりも報酬制度をまず整備すべきとよくアドバイスをします。報酬制度は分かりやすく、経営理念にも適合した、筋が通ったものでなければいけません。一方で、評価制度というものは、大変奥が深く、仕組みを作るのも、それを定着させるのに大変な手間と時間が必要です。よって、評価の精度の向上にはじっくりと時間を掛けつつ、まずは評価の仕組みを優先して先に作ることが重要なのです。

 

創業期~成長期にかけては、人材の採用は中途採用がメインになります。その場合、入社の際に候補者が要求する報酬額は、どうしても「現状と同等かそれ以上」となり、個々の人達の前職の報酬額に影響されてしまいます。
また、事前に期待した働きと同等とそれ以上の働きをしてくれるかどうかは、実際のところ入社してみないと分かりません。よって、入社時に決めた報酬をリセットして、貢献度に応じ、評価制度の枠組みによって報酬を増やしたり減らしたりする仕組みはいち早く取り入れる必要があります。いったん歪んでしまった報酬水準は、時間が経ち、従業員が増えていくにつれて是正する難易度が加速度的に上がっていくのです。

300名を超えた頃には、
会社は”他人の集団”に様変わりする

Q:次の成長痛はどんなタイミングで出て来るのでしょうか?

新井

社員数が200~300名になる頃でしょう。それくらいの人数になると、社長が社員全員の顔を覚えられなくなります。当然、社長と社員一人ひとりの間の繋がりはかなり希薄になります。社長と一度も話したことがないという社員さえ出てくる。社長と社員の間に、部長がいて課長がいてと、2人以上がはさまるようになり、完全な断絶が起こります。会社が完全な他人の集団になるのです。

Q:そこではどのような対応をすべきでしょうか?

新井

そもそも組織には適正規模があります。ちゃんとコミュニケーションが取れて、機能する規模です。だから、数百人規模になったら、事業部制の採用などで適正規模の組織の多重構造を作るのです。「トップ(事業部長)と直接コミュニケーションできるグループ」に分割し、それぞれのトップが事業を動かしていく。一般的に日本企業はこの「任せる」ことが、苦手のように思います。これには経営者レベルでの意識改革が必要です。この段階を乗りこえて大きな成長を実現する会社は、意識をスイッチすることができた会社です。

ワンマン社長よりもたちが悪い
「いいね社長」の存在

Q:300人くらいまで成長している企業だと、経営者としては一定の成功をしていますし、なかなか意識改革が難しいケースもあるでしょうね。

新井

そうなると成長の速度が落ちたり、会社が縮小しやすくなるリスクが出て来ますね。制度や組織作りはそれを避けるためのリスクヘッジなんです。

 

あと、その位の規模の会社であってもありがちな問題は、特に経営者自身にあります。一つ目は「ワンマン社長」です。社長自身がバリバリ働いて、社員からは煙たがられている。表向きは社長のいうことを聞いているようでいて、嫌われているというパターンです。ただ、これは周囲が指摘して自覚することもあります。

 

もっと気付きにくくて厄介なのが「いいね社長」です。社員の意見に「それいいね」といってすぐに人事施策を採用する。一見、いい社長に見えますが、自分が嫌われないために、ただ「声が大きい社員の意見を採用しただけ」なんです。何百人も社員がいれば、全員の意見をくまなく聞いて、すべて採用するなんてできるわけがない。そして、限られた人件費の中で何かの施策にコストを掛けるという事は、他の何かを犠牲にしていることになります。ところが、確たる戦略もなく、社長自身の思い付きでコロコロと違うことをやっていると、サイレントマジョリティである残りの社員は白けてしまいます。

 

何が厄介かというと、社長自身は、「自分は社員の声を聞くいい社長だ」と思っており、多くの社員に愛想をつかされている自覚がありません。これが間違いなのです。駄目さ加減では、ワンマン社長もいいね社長も変わりません。気付きにくいという点では、いいね社長のほうがたちが悪いかもしれませんね。「会社の器は社長の器」とは、よく言ったものです。

社員を一律に評価できないからこそ
「いなくなったら困る度」を考える

Q:話は戻りますが、組織として「評価と報酬」のしくみが大事だというお話がありました。そこで伺いたいのですが、毎月500万円の売上を上げ続ける社員と2年に一度、1億円の売上を上げる社員、どちらを高く評価すべきでしょうか。

新井

どちらも大事ですね。ただ、会社として、どちらをより評価するかは、経営者の主観で決めていいのです。それは社長、会社の方針です。それをきちんと説明すればいい。2年一度の社員も大事だというなら、そこを評価する仕組み、ちゃんと2年に一度の売上のための仕事をしているかを見る仕組みを作ればいい。その2人の営業担当者は同じ軸では評価ができない。ならば、それぞれを評価できる枠組みを作るんです。

Q:ただ、数字という見方では、そういった評価は難しいですね。

新井

そこで大くくりでの「貢献度」を考えるんです。これは「いなくなったら困る度」と言いかえてもいい。その人がいなくなったら、どれくらい困ったことになるのかで考えてみる。これは「あの部署は忙しいから、頭数が減ったら困る」というケースとは違います。これは別の人で替わりが効きます。でも「いなくなったら困る度」は、他の人では替わりが効かない度合のことを指します。同程度の人材を採用したければコストも手間も莫大なものになる。そういう人材は高く評価しなければなりません。

Q:伺えば伺うほど、組織人事の難しさ、経営者の難しさを感じます。

新井

人を評価・処遇することにもっと真剣になるべきですね。人事評価は面倒だ、という経営者や管理職が結構いるのですが、これは言語道断です。1回の人事評価が、もしかしたらその人の人生を左右するかもしれません。その位、評価する側も真剣でなければなりません。

組織、人事の問題は自覚することが難しい。
まずは「問題があるかも」という気付きがポイントになる

Q:最後に最近、新井さんが相談を受けたケースで印象に残っているものがあれば教えてください。

新井

ユニファ様という会社の相談を受けました、短い時間での相談でしたが、ユニファ様のように「相談しよう」と考えて下さる会社はいいんです。その席でもお話をお伺いして、どこから手を付けるべきか、どの課題の優先順位が高いかと言った整理をさせていただきました。「なにか問題がありそうだ」という自覚をお持ちだからこそ、そういったお話が可能になります。

 

問題が多いのは、経営者自身に課題の自覚が無い場合です。そうなるとそもそも誰にも相談しないですからね。組織や人事の課題は、問題が表面化してからの対応では莫大な手間と費用が掛かる場合があり、未然に問題の芽を摘み、防ぐことが大事です。私の会社の社名「みぜん合同会社」の”みぜん”は「未然に防ぐ」という意味が込められています。自動車保険のように、事故が起こってから必要性を感じるのでは遅い。その前に、少しでも早く気付いて、専門家に相談してもらうことが一番大事ですね。

 

―売上や利益のように数字としては見えてこないからこそ、いつのまにか会社を蝕んでいくのが「組織の課題」「人事の課題」だといえるでしょう。あらためて、自分の会社は大丈夫か、見つめなおすべきなのかもしれません。

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)

新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

取材・執筆:里田 実彦

関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。