【連載第1回】

「働きがいのある会社」ランキング(2015年)で16位となったセールスフォース・ドットコム。本連載では、CRMソフトウェア世界市場におけるシェア1位を誇る同社の「顧客をファンにする働き方」をテーマに、Employee Success(人事部)ヴァイス・プレジデントの石井早苗氏にお話を聞きました。
本連載のインタビュアーは、自身もワーキングマザーとして働きながら、クラウドを活用したワークスタイル変革に取り組む、古川いずみ氏に担当いただきました。

*本連載は書籍『エバンジェリストに学ぶ 成長企業のためのワークスタイル変革教本』の内容をもとにお届けします。本書籍では先進IT企業で働くエバンジェリストの皆さんにその「働き方の可能性」についてお聞きしています。ご自分の会社でも使えるかも??と思っていただけたらぜひ書籍版もご覧ください。

変われる会社の条件 変われない会社の弱点(編:森戸裕一 /JASISA)¥1,296
成長する会社は何が違うのか?第一線のエバンジェリストに学ぶ働き方マネジメント。本書では、先進IT企業の”エバンジェリスト”が「企業を成長させるワークスタイル変革」について語ります。
●収録

ワーク・ライフバランス 小室淑恵氏、サイボウズ 野水克也氏、日本マイクロソフト 西脇資哲氏、セールスフォース・ドットコム 石井早苗氏、ソフトバンク 中山五輪男氏、グーグル 佐藤芳樹氏、シスコシステムズ 八子知礼氏(※八子氏はインタビュー後退職)

お客様の成長と成功「カスタマーサクセス」が全ての根源

古川:

はじめまして。今回は初の女性の方へのインタビューということで、どんなお話をお伺いできるのか、とても楽しみにしています。
最初にお伺いしたいのは、御社が「日本における働きがいのある会社」ランキングで上位に選出されたことについてですが、この結果についてのご感想をお聞かせいただけますか。

石井:

はい。初のエントリーで初ランクインでした。これまで弊社は「働き方」について様々チャレンジを行ってきましたので、今回の結果はまだ充分とは言えませんが大変喜ばしいことだと思っています。

古川:

そんな「働きがいのある会社」として評価を受けた御社のワークスタイル変革への取り組みは、どのような形で行われているのか教えていただけますか?

石井:

弊社はまだ創立15年のIT企業です。いわゆる大企業と比べると、組織としてまだまだいろいろなことに取り組んでいるところです。会社の成長とともにワークスタイルについても様々な試みを行って、四苦八苦しながら理想の形を模索している最中です。

弊社では、「イノベーション・テクノロジー」、つまりテクノロジーによりお客様に革新的なサービスを提供することを大事にしています。それを、社員のワークスタイルにも反映させていけるよう、日々努力しています。


古川:

セールスフォース・ドットコムさんの企業理念は「Customer Success(カスタマーサクセス)」、すなわちお客様の成長と成功を実現すること、とのことですが、そうした理念が社員の方のワークスタイルにも反映されているのでしょうか。

石井:

はい。お客様を幸せにし、お客様のビジネスが伸びるようサービスの提供をしていくことが私たちの使命だと考えています。それを実現するためには、社員自らが元気に楽しく働いて、常にアイデアいっぱいでないといけません。

そこで弊社では、ワークスタイルにおいて「カルチャー+テクノロジー=エンゲージメント」という考え方を基本にしています。
つまり弊社独特のITを最大限活用した働き方によって、社員に会社に対するエンゲージメント(愛着と共感)を高めてもらおう、という考え方です。

私が所属している人事本部は、日本語ではわかりやすく「人事」と呼んでいますが、英語の部門名は一般的な呼称「HR(Human Resources)」ではなく、「Employee Success」と呼んでいます。「社員が活躍(成功)していることがお客様の成功・幸せに繋がる」ということが、弊社の考え方の大前提になっているからです。

古川:

それは興味深いですね。お客様を幸せにするためには、まず社員が幸せにならないといけない、ということですね。

石井:

はい。人事部は社員の成功を支援し実現する部署だという考え方です。私どもは、ITベンチャーならではの創業の文化とソーシャル・モバイルなどを組み合わせ、社員が「働きやすくて楽しい」と思う会社を作ることを中心に取り組んでいます。

取り組みの内容ですが、具体的には3つの柱があります。
1つは「人材確保」。優秀な人材に参加して頂き、社内で成長し定着するという、企業成長に関する部分です。

2つめは「エンゲージメント」。先ほどお話したエンゲージメントですが、報奨・表彰制度を新しい仕組みに変えてモチベーションをあげていく、キャリアを伸ばせるようにする、トレーニングの機会を広げ、社員が楽しく活躍できるようにするというところです。

そして3つめは「スケーラビリティ」。弊社はおかげさまでかなり急成長していますので、社員や営業を支えるバックオフィス系機能のスケールを上げていき、会社規模に対応できるようにする。この3本柱を取り組みの指針としています。

古川:

その3つの中で、いちばん力を入れてこられたのは特にどの部分でしょうか。

石井:

この3年間は、2つめの「エンゲージメント」、つまり「社員をどれだけ鼓舞するか」というところに比重をかけてきました。
もちろん「人材確保」の優秀な人材を確保するためにも、とにかく新しい働き方を取り入れなければいけないと考え、2013年から、ITを活用した「フレックス制」と「スーパーフレックス制」を導入しました。「スーパーフレックス制」とは、コアタイムがなく出勤・退勤時間が自由ということです。今日12時間勤務したら、明日は4時間働くなどの勤務ができます。

また、2013年にはオフィスを丸の内のJPタワーに移転し、物理的な環境も向上しました。社員間でコラボレーションができたり、個人が集中して考える時間ができるようなオフィスレイアウトにしたりなど、それまでとは環境を大きく変えています。
そして、まだこれは発展途上なのですが、業務の完全モバイル化(リモート化)により、自宅などどこにいても働けるようなテレワーク勤務の準備を進めています。

働き方が変われば顧客とのコミュニケーションも広がる

古川:

非常にいろいろな取り組みをなされていますね。それらを最初から全て実施するのはとても難しいと思うのですが、そうした取り組みはどのようなステップを踏んで行われてきたのですか?例えば最初の取り組みはどのようなことだったのでしょうか。

石井:

弊社のケイパビリティ(企業に固有の組織的な強み)はIT、テクノロジーです。ですので、最初は「チームスピリット」という勤怠管理の仕組みを導入しました。

部門ごとに、見なし勤務、フレックスを入れる部門とスーパーフレックスを選ぶ部門、それからテクニカルサポートですと3交代のシフト制などを導入していったのです。

結果、全部で29種類くらいの働き方になりましたが、チームスピリットにはそれを管理できる機能があります。それを元に、2013年末からスーパーフレックスを導入しました。マーケティング部などは取材が夕方になりがちなので、遅めに来て遅くまで残っている社員もいますし、子育て中の社員は朝早くから来て午後3時や4時に退社することもできます。
それらをマネージャーがどのように管理するかという試行錯誤は行いましたが、制度的にはどのような働き方も可能な仕組みとなっています。

それまでは部署によっては時間外勤務が非常に多かったり、時期によって非常に残業が多くなったりしがちでした。繁忙期自体は今もありますが、そんな中でも「今日は少し早く帰ろう」と、社員が自分で選べるようになりました。すると、労働時間に関する社員からの不平不満が減少したのです。

だんだんに、不平よりも、どこまで働けるのかという非常に前向きな相談型に変わったのが大きいです。「朝の2時までいいですか」と言われると、それはさすがに「ダメです。夜10時までには帰るようにしてください」とダメ出しをすることはありますが(笑)。

古川:

女性の働き方は変わりましたか?

石井:

子育て中の社員は、時短勤務を選ぶ人もいますし、「今日はスーパーフレックスでガッツリ働いて、明日は早く帰る」という働き方を選ぶ人もいます。
育児休暇からの戻り率は今のところ100パーセントです。復職した後、1年以内に「やはり続けられませんでした」と辞める人もいません。在職中に2人を出産し、そのまま復職して仕事を続けている女性もたくさんいます。

古川:

それは素晴らしいですね。冒頭にあった御社のスピリット「カスタマーサクセスは、社員が元気に明るくアイデアいっぱいで働けることが前提」との言葉を実現されていらっしゃるように思います。

石井:

はい、カスタマーサクセスに繋がる社員の精神というところで言うと、「私たちはお客様に対して価値のあるサービスの提供をしているのだ」というプライドが持てたり、「うちの会社はすごく楽しい」とお客様に胸を張って言えるような環境に繋がるように努めています。

営業のメンバーから、セールスフォースで営業に行くとお客様から「ありがとう!」と言っていただけることが多いと聞きますが、これは、私たちにとっては大変なモチベーションアップです。
また、社員が、弊社ではワークスタイルに関してこんな取り組みを行っています、とお客様にお話しすると、先方の人事の方から「どういう取り組みなのか、ぜひお話を聞かせてください」と言われることもあります。やはり社員が生き生きと会社のことを話すと、お客様は弊社とその社員のことを信頼し、相談相手として見てくださいます。

働き方を変えれば、会社として単なるベンダーの域に留まらず、お客様ともっと広がりのあるコミュニケーションが可能になるのだ、と最近になって実感することが増えました。

(次回に続く)

◎本稿は、書籍編集者が目利きした連載で楽しむ読み物サイトBiblionの提供記事です。

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