エイチ・アイ・エスの澤田秀雄会長が「世界で活躍する経営者の育成」を構想し、2015年にスタートした澤田経営道場。今回取り上げるのは、「新規事業創出と立ち上げの請負人」守屋実さんによる経営シミュレーション講座です。
前編に引き続き、守屋さんならではの工夫が施された経営シミュレーション講座の仕掛けについて、詳しくお話を伺います。このプログラムには、新規事業と真正面から向き合い、ベンチャーとの競争に打ち勝つためのノウハウが詰まっていました。
厳しい現実を生で体験し、道場生が「自立する」ことがゴール
Q:経営シミュレーション講座では、「事業が本当に形になるか」「どうやって前に進めていくか」というシビアなテーマを扱っています。その背景にある守屋さんの想いを教えてください。
守屋実氏(以下、守屋):
経営シミュレーション講座の目的の一つに、「商売には勝ち組と負け組が出る」という厳しい現実を生で体験することを入れさせていただきました。自分一人でパソコンに向かって黙々と考え、ときどき皆と意見を交わす。結局は、自らの意見をパワーポイントとエクセルにまとめて発表するだけ。そんな形式ではないものにしたかったのです。
また、内部者完結という、実際の事業ではあり得ない環境も避けたかったので、外部ベンチャーにも参加をしてもらいました。そうすることで異質を取り込むことの経験もして欲しかったし、何より、「事業計画を作って発表する経験」ではなく、「立てた計画を実践する経験」をして欲しかったのです。
Q:会社を説得して、本気で独立を模索するぐらいの人が出てきてほしいと。
守屋:
経営道場の目的がそこにあるわけではないのですが、「事業に賭ける熱量」で言うと、そんな感じでしょうか。何と言っても「経営道場」ですからね。経営の道場で学ぶ経営シミュレーションが、最初から最後まで、ぜんぶ座学ではもの足りないのではないかと。
そう考えると、やはり実践者として成功や失敗の実体験をしてもらうのがベスト。本当に良い事業計画であるなら、実際に事業を立ち上げることができる。それはまさに「経営の道場」という名にふさわしいな、と考えています。
Q:サラリーマンとしての立場から、実際に経営者を目指す上で、どのような意識改革が必要になるのでしょうか?
守屋:
例えばスタートアップ経営者であれば、「実践=実戦」でしかありません。しかし、サラリーマン的、ビジネススクール的な時間を長く過ごしすぎてしまうと、「実践=パワーポイントとエクセル」になってしまうことがあると思うんですよね。もちろん本人にそんな意識はないのでしょうが、「実践するために紙にまとめてみよう」という感覚と、「発表するために、キレイに紙にまとめてみよう」という感覚は、全然違う。
また、実際に会社を経営していると、「人の問題」が絶対に起きますよね。ここは、肝中の肝だと思っています。事業がうまくいくかいかないかの、大きな差分はそこにある。人の問題に対峙し、それを克服していく量稽古も何とか盛り込みたいと考えていました。
実際に会社を経営していると絶対に起きる、「人の問題」。「あなたはチームにいらない」と面と向かって言えるか
Q:「人の問題」をシビアに感じられるような仕掛けもあるのですか?
守屋:
これは、とても難しいです。どこまで仕掛けられているかで言うとまだまだで、模索中です。ただ、その取り組みの一つとして、「自由にチームを組んでもらう」「チームの代表を選ぶ」「チームメンバーを入れ替えてもらう」「チームの統廃合を行う」「外部の人にも入ってもらう」などなど、人が動くシーンをたくさん用意しました。そして、そこに介入せず、あくまでも各人の意思に任せる形を取りました。
そうした動きを繰り返していれば、その中で意見の合わないこともあるし、気分の悪いことも起きる。何となく、雰囲気がささくれ立ってくることもあると思います。でも会社を経営していれば、そんなシーンはしょっちゅうあります。人を切らざるを得ないシーンもあれば、逆に逃げられることもある。当たり前のように実戦の中で起きることは、可能な限り盛り込まなければいけないと思っています。
Q:まさに経営者として、雇用主としての責任を感じる仕掛けですね。
守屋:
そうした感覚を持ってもらえればと思っています。「経営者としての責任」という部分で言えば、サラリーマンと経営者の大きな違いの一つに、給料日は「もらう日」なのか「払う日」なのか、ということが挙げられると思います。極端な話ですが、経営者としては給料日なんて来ないほうがいいんですよ。永遠に給料日が来なければ、どれだけ儲かることか(笑)。まぁ、この例えは少し不適切かも知れませんが、それぐらい、毎月来る当たり前の日に対する認識でさえ違うのだと思います。
これは道場生だけの話ではなく、世の中のサラリーマン全般にも言えること。そういう立場を経験すると、いろいろ景色が変わるのではないかと思います。一度でも給料を払うことを経験すれば、払うことの苦しさが分かるじゃないですか。
若い人が社長になった場合は、「自分より年上で自分より働いていない」という人に、自分よりも多く給料を払うことだってあります。社長自身は借金をしているというのもよくある話。それでも経営者である限りは、歯を食いしばって前に進まなければいけないわけですから。
顧客や競合を最優先に見て、大企業にも負けない起業家に
Q:今後も澤田経営道場にはさまざまな立場の人が参加すると思いますが、勢いのあるベンチャーに負けないような起業家を生み出していくには、どんなことが必要だと考えていますか?
守屋:
「見るべきは顧客や競合である」ということを常に念頭に置いて、新規事業開発と向き合っていくことだと思います。ベンチャーには、本社や本業などの余計なノイズがありません。顧客の声に応え、競合の動きをベンチマークし、左にも右にも自由に進める。そんな人たちと戦うわけです。
私はこれまで、大企業の新規事業開発支援にも数多く関わってきました。大企業は本来、ベンチャーに負けるはずがないんですよね。なぜなら大企業だから。お金があって、優秀な人材を豊富に抱えていて、取引先も多数……。ありとあらゆる条件がベンチャーよりも有利なはずですが、実際には新規事業というフィールドで負けてしまうことがある。
それは、本業のしがらみや汚染があるからだと考えています。本業があまりにも大きな存在だと、それを意識せずに独自の発想やスピード感で走り続けることは難しいのでしょう。資金も評価も意思決定も、すべてを本業から切り離さないといけない。会社が本業基準で判断している限り、取り組むほうの人間も、結局は本業を意識した動きしかできなくなってしまうんです。
あらゆる条件が有利なはずなのに、一転、本業があるためにあらゆるものが不利に働くということもあり得る。「大企業が新規事業を生み出すのは、構造的に難しい側面があるんだ」ということをしっかり認識し、自身がベンチャー経営者の立場になったときには、それをチャンスに変えていってほしいと思います。その成功に資するようなメッセージを、これからも発信していきたいですね。
取材・記事作成:多田 慎介
専門家:守屋 実
1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社後、新市場開発室で、新規事業の開発に従事。自らは、メディカル事業の立上げに従事。
2002年に新規事業の専門会社、株式会社エムアウトを、ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業。
複数の事業の立上げおよび売却を実施後、2010年、守屋実事務所を設立。ベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。投資を実行、役員に就任して、自ら事業責任を負うスタイルを基本とする。
2016年現在、ラクスル株式会社、ケアプロ株式会社、メディバンクス株式会社、株式会社ジーンクエスト、株式会社サウンドファン、ブティックス株式会社、株式会社SEEDATAの取締役などを兼任。