資金にもリソースにもコネクションにも恵まれ、本来は圧倒的優位に立てるはずの大企業。しかし新規事業というフィールドにおいては、はるかに条件が厳しいはずのベンチャーにあっさりと敗れ去ってしまうことがあります。なぜ、大企業はベンチャーに負けるのか? この問いに対する答えには、新規事業開発全般に通じるノウハウが隠されているのではないでしょうか。

 

本連載では、「新規事業請負人」としてさまざまなサービスを立ち上げ、大手からベンチャーまで数多くの企業で取締役・顧問・アドバイザーを務める守屋実氏へのインタビューを通じて、その答えを考察します。

 

企業内起業を成功させるためには、「会社」「部署」「担当」「事業」の4つの視点が重要であると語る守屋さん。第2回では「会社の視点」にフォーカスし、詳しくお話を伺いました。

本業と新規事業の投資タイミングは一致しない

Q:大企業が新規事業開発に失敗してしまう構造的な要因として、「本業のしがらみ」があると伺いました。これを乗り越えていくためには、どのようなことが必要なのでしょうか。

守屋実氏(以下、守屋):

大企業の中で新規事業を立ち上げようとしたときに、切り離した方が良いものがあります。それは「資金」「意思決定」「評価」の3つ。過去に私が見てきた事例で、うまくいかなかっものは、この3点について明確に失敗している企業が多いですね。会社の視点で考えたときには、まずこの3つを断捨離する必要があると思っています。

Q:まずは「資金」の切り離しについて教えてください。

守屋:

本来、新規事業と既存の事業とでは、売り上げも利益の出し方もまったく異なるはずです。しかし多くの場合、「新規事業と本体の資金を同じ財布から出す」という過ちを犯してしまう。これの何が良くないかというと、新規事業が、本体の業績の影響を過分に受けてしまう、ということなのです。

 

新規事業には新規事業の流れやタイミングがあります。当然それは、必ずしも本業のタイミングと一致するわけではありません。苦しくても、我慢してやり続けることが必要なときもあります。本業の業績がいつも良好とは限らないので、新規事業の資金は投資勘定にして、本業のPLにヒットしないようにしておいた方が構造的に良いと考えています。

 

もちろん、事業会社にとっては「新規事業のためにPLを切り離すのは意思決定上難しい」という事実はあると思いますが、それでも、新規事業を成功させるためにはそのほうが望ましいと思います。

ミニマムな意思決定の体制でベンチャーのスピードに勝つ

Q:次に、「意思決定の切り離し」について伺えればと思います。

守屋:

新規事業の意思決定が、親会社の意思決定に引っ張られてしまって何も決まらない。そのときどきで親会社の事業に依存して、一度決まったことも変化してしまう。これでは新規事業は全く進みませんよね。ここだけ聞くと当たり前の話のように聞こえますが、実際のところ、非常によくある事例ではないかと。おそらく、大企業で新規事業を担当したことのある人は、ほぼ皆「あるある!」と深くうなずく点だと思います。

Q:なぜそのような失敗をしてしまうのでしょうか?

守屋:

本業の意思決定基準が新規事業に適用されたり、本業の意思決定自体が新規事業に影響を与えてしまったりするからだと思います。そもそも新規事業は既存の事業とは異なるわけで、本業基準で物事を判断していくのは無理があります。新規事業の意思決定の軸を本体と切り離すべきなのは、実に自然なこと。しかし多くの企業では、新規事業の意思決定を本業と同じ軸で進めてしまいがちです。

Q:どのような意思決定の体制を作るべきなのですか?

守屋:

例えば、組織内に稟議書を回している時点でアウトだと思います。会議も出席者を絞ったほうがいい。組織規模にもよりますが、最低限必要なのは2人だけでしょう。担当役員と担当責任者、「付議する側」と「承認する側」だけ。新しいことをしているので、意志決定の体制はミニマムで進め、迅速に動けるようにしておくべきです。

Q:いわゆる大企業の体制のように、たくさんの役員のコンセンサスをとることによって、チェック機能を多重にできるというメリットもあるように思うのですが……。

守屋:

厳密なチェック機能は、新規事業においてはあまりメリットになりません。ディフェンシブな役回りを担当している役員であれば、リスクを洗い出すことが思考のクセになっているでしょうし、そもそもそれが責務です。そうした人が意思決定の場にいると、本業に比べて明らかに粗削りで不確実な新規事業は、突っ込みどころが満載で黙っていられないと思います。確かに、致命傷を負ってしまう訳にはいきません。しかし課題ばかり指摘して、ブレーキばかり踏んでいたら、前には進みません。より大事なことは、課題を指摘する役割ではなく、勝機を見出し、勝ち戦へのシナリオに導く役割なのだと思います。

 

ベンチャーの独立起業ではもともと体制がミニマムだし、意思決定では圧倒的に有利ですね。大企業はいかにして既存事業から切り離し、最小単位で設計するかを考えなければいけません。

社内のエリートは、その新規事業に挑戦したいと思うか

Q:最後に「評価」の切り離しについても伺えればと思います。

守屋:

新規事業と本業のビジネスとでは、評価制度も人事制度もまったくの別物にしなければいけません。大企業では「本業でいかにうまくやっていくか」が従業員に対する評価の大部分を占めがち。往々にしてそれは、減点主義で運用されています。その考えを新規事業に当てはめてしまうと、失敗の確率が高いものに対して誰も手を挙げないという状況につながってしまいます。本気で新規事業を考えているならば、「手を挙げた時点で昇級させる」くらいの評価で臨むべきだと思います。

Q:もともとの減点主義の評価を、新規事業では加点主義に変えるようなイメージですね。

守屋:

誰もやったことのないことに挑戦するわけですから、新規事業なんて失敗するのは当たり前なんです。その現実に対して大企業の従来の人事評価基準を当てはめてしまうと、「勇気を出して新規事業に取り組んだ人間が低い評価で割を食う」という可能性が出てきてしまいます。

 

社内のエリートは、評価が下がる可能性が高いフィールドを選ばないでしょう。本当に新規事業を成功させようと思うのであれば、手を挙げてチャレンジした時点でプラスポイントを付け、成功したらさらに2ポイントでも3ポイントでも多く付けてあげる必要があります。

Q:他に、評価や人事制度で気をつけるべきことはありますか?

守屋:

事業が成長していく過程のなかでは、その事業にあった人事制度を入れていく必要もあると思います。その業界には、その業界の何かしらの標準があると思うのです。例えば、コンサルティング業界の働き方や給与、思考と、介護業界の働き方や給与、思考には、一般的には、それなりの差分があると思います。事業の成長のためには、その差分をうまく反映していく必要があるはず。そういった、生み出した事業がすくすくと成長するための異なる人事制度を作っていく必要があると思います。

Q:挙げていただいた「資金」「意思決定」「評価」の3つについて、現実的には「切り離したくても切り離せない」という状況の企業もあると思います。その場合はどうするべきでしょうか?

守屋:

もちろん、何が何でもすべてを切り離さなければ成功しないというわけではありません。もし切り離せないのであれば、それは「そもそも構造的に苦しい」ことが明確になっているということです。その構造を理解した上で、どのように事業を立ち上げていくのか。断捨離できないのは仕方がないとしても、構造的に無理なことをしているんだということをきちんと自覚しておかなくてはいけません。ついつい忘れがちで、どうしても本業に流されやすいはずなので、過剰なくらいに自覚しておいて、ちょうど良いと思います。

 

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:守屋 実

1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社後、新市場開発室で、新規事業の開発に従事。自らは、メディカル事業の立上げに従事。
2002年に新規事業の専門会社、株式会社エムアウトを、ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業。
複数の事業の立上げおよび売却を実施後、2010年、守屋実事務所を設立。ベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。投資を実行、役員に就任して、自ら事業責任を負うスタイルを基本とする。
2016年現在、ラクスル株式会社ケアプロ株式会社メディバンクス株式会社株式会社ジーンクエスト株式会社サウンドファンブティックス株式会社株式会社SEEDATAの取締役などを兼任。