資金にもリソースにもコネクションにも恵まれ、本来は圧倒的優位に立てるはずの大企業。しかし新規事業というフィールドにおいては、はるかに条件が厳しいはずのベンチャーにあっさりと敗れ去ってしまうことがあります。なぜ、大企業はベンチャーに負けるのか? この問いに対する答えには、新規事業開発全般に通じるノウハウが隠されているのではないでしょうか。

 

本連載では、「新規事業請負人」としてさまざまなサービスを立ち上げ、大手からベンチャーまで数多くの企業で取締役・顧問・アドバイザーを務める守屋実氏へのインタビューを通じて、その答えを考察します。

 

企業内起業を成功させるためには、「会社」「部署」「担当」「事業」の4つの視点が重要であると語る守屋さん。最終回となる第5回では「事業の視点」にフォーカスし、詳しくお話を伺いました。

「どこで撤退するのか」を最初に決めておく

Q:新規事業を成功させるために、「会社」「部署」「担当」というそれぞれの視点で気をつけるべきことを伺ってきました。そして最後は「事業の視点」ですね。

守屋実氏(以下、守屋):

はい。これまで、「会社の視点としてできれば3つの断捨離をして欲しい」、「部署の視点として2つの役割と2つの機能を強化して欲しい」、「担当の視点として一軍&外部人材投入をお願いしたい」ということを話してきました。

 

とは言え、それを取り入れてくれる大企業はなかなかいない現実もあります。個々の方々と話すと、だいたい「その通りと思います」と言ってもらえるのですが、個の集合体のはずの組織は、なぜか違う答えになっている(笑)。

 

だとしたら、せめて「事業の視点」だけでもお願いしたい、という内容です。具体的には、撤退ルールと成功ルールを決めて、リビングデットを避けイグジットを実行する、ということです。

Q:この視点が欠けていると、どのような問題が発生するのでしょうか?

守屋:

怖いパターンとしては、鳴り物入りで始めた新規事業が想定したように伸びず赤字を垂れ流し続けているのに、誰も明確に撤退を判断できないという状況に陥ります。経営トップも、新規事業担当者も、その他の既存事業担当者も、そして顧客も、誰も幸せになれない負のスパイラルに入ってしまう。

 

そうならないために、新規事業を考える際には「撤退ルール」を明確に定めておくことが重要です。これはつまり、会社の投資ルールを明確にするということでもあります。

Q:どんな状態に陥ったら撤退するのか、ということですね。どのような観点が必要なのでしょう?

守屋:

どのラインで撤退するかの基準については、その企業の現実的な体力と相談しながら、「累積損失」と「機会残量」の両にらみで判断していくべきだと思います。

 

大切なのは、これらを「最初に決めておく」ということ。いざ事業を動かし始めると、さまざまな外部要因も手伝って判断のぶれが生じるかもしれません。社内での意思統一を促す意味でも、最初から基準を明確にしておくことが求められます。

事業開発室からのイグジットも、決めておく

Q:逆に、新規事業が無事に成功しつつある場合に気をつけるべきことはありますか?

守屋:

撤退ルールを決める一方で、「成功ルール」も明確にしておいたほうが良いと思います。

 

基本的に新規事業の利益は、その事業のさらなる成長のために再投資に回していくべきです。もっと言うなら、事業を小さくまとまらせないためには、事業性が見いだせたなら利益はいったん横に置いておき、外部からの資金調達を実行してでも、ガンガン成長させていくべき。そうしたことも含めて、イグジットのルールは、やはりあった方が良いと思います。

新規事業は、創業

Q:そう考えると、「事業の視点」とは新規事業を何のためにやるのか、その軸を決めるための視点でもあるのですね。

守屋:

そうですね。それが新規事業に対する会社の姿勢を鮮明に表すことにつながっていきます。

 

私は、事業創出を続けていける会社を見ていて、「価値観の優先順位」が明確になっているという強みがあると感じています。例えば売上がどの程度、利益がどの程度といった「定量的な価値観」だけではなく、生み出した事業がどのように顧客の役に立っているか、といった「定性的な価値観」も大切にしているんですね。

 

何よりもまず、自分たちがやりたいと思う新規事業に取り組めているか。そういった視点は、とっても大事だと思います。

 

そうした「どこを目指すのか?」のような「姿勢」に加えて、「どう臨むのか?」というような「行動」についても、とても大事なことがあると思っています。それは、「課題を指摘する」のではなく「勝機を見出す」ことに重きを置くということ。

 

極端な言い方をすれば、新規事業はやってみなければ分からない世界です。まだ始まってもいないのに、あるいは始まって間がないのにあれこれと課題をあげつらって批判するのは意味がありません。それよりも、どうすれば競合に勝てるか、どうすれば顧客が喜ぶかを考える。そんな風に勝機を見出していく習慣を持てていれば、きっと事業もうまく回っていくはずです。

Q:数多くの事業創出に関わってきた守屋さんご自身としては、今後も含めて、どのような思いを大切にしていきたいと考えていますか?

守屋:

冒頭でもお話したように、新規事業というのは企業にとっての「新たな創業」なんです。こんなにワクワクすることはありませんよね。当初は社内の異端児的存在だった新規事業チームが、やがては本業をも上回るようなインパクトをもたらし、次世代の経営者人材を輩出するかもしれない。新規事業に取り組むことで、間違いなく企業は新たな成長フェーズへの機会をつかむことができます。

 

自分自身も、そうした新規事業の現場に、これからも引き続き身を賭していきたいと思っています。

 

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:守屋 実

1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社後、新市場開発室で、新規事業の開発に従事。自らは、メディカル事業の立上げに従事。
2002年に新規事業の専門会社、株式会社エムアウトを、ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業。
複数の事業の立上げおよび売却を実施後、2010年、守屋実事務所を設立。ベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。投資を実行、役員に就任して、自ら事業責任を負うスタイルを基本とする。
2016年現在、ラクスル株式会社ケアプロ株式会社メディバンクス株式会社株式会社ジーンクエスト株式会社サウンドファンブティックス株式会社株式会社SEEDATAの取締役などを兼任。