2016年は政府による働き方会議の開催、働き方改革担当大臣の新設と、まさに「働き方改革元年」とも言える年でした。今年はさらに、この動きが加速していくことは間違いないでしょう。

働き方会議では、同一労働同一賃金や長時間労働の是正といった9つのテーマが取り上げられていますが、他国の働き方の現状はどのようになっているのでしょうか。そこで本企画では、意外と知られていない世界の働き方事情についてお伝えしていきます。

第1回目は「労働時間」について。私たち日本人は働きすぎだと言われていますが、本当のところは長いのでしょうか、それとも短いのでしょうか。

労働時間は短く、生産性の高い先進諸国

まずは、世界の労働時間に目を向けて見ましょう。下記は、各国の平均労働時間と一人あたりのGDPを表したものです。

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、2015年の日本の年間平均労働時間は、1,719時間だったそうです。
これは西欧のドイツの 1,371時間、フランスの1,482時間、北欧のデンマークの1,457時間と比べて、かなり長いと言えます。しかし“先進諸国の中で最も労働時間が長い″とされるアメリカの1,790時間よりは、たしかに短いのです。

その他の地域では、たとえばオーストラリアの年間平均労働時間は1,665時間で、これも日本より短めです。カナダはほぼ日本並みの1,706時間。これらの数字を見ると、先進諸国の中でアメリカが一番労働時間が長いというのは、事実のようですね。

それでは、労働生産性の面はどうでしょうか。同じくOECDのデータによると、2015年の日本人一人あたりのGDP(1時間当たりの国内総生産)は39.5ドルでした。

ほかの国々と比べてみると、日本よりも労働時間がはるかに短いドイツのGDPは59.5ドル、フランスは60.8ドル、デンマークは63.4ドル、オーストラリアでも53.4ドルと、一様に日本よりかなり高いことがわかります。労働時間の長さでは日本とあまり変わらないカナダでも48.6ドル。労働時間が日本より多少長いだけのアメリカも、一人当たりのGDP は62.9ドルと非常に高くなっています。

これらの数字だけを見ると、日本人は長時間働いているのに生産性の低い国民だという結論が引き出されてしまいます。しかし、このGDPは国全体の産業が生み出した総付加価値を就労者数で割った、国全体の付加価値の平均値のようなものです。経済状況や産業構造などに影響される数字なので、むしろ指標値として理解した方がいいでしょう。

その反面で、後にも触れますが、日本人と他国の人々には労働に対する考え方の違いがあります。効率を上げる働き方をしている国から学ぶことは十分あるということも、また事実として理解しておく必要があるでしょう。

先進諸国で長時間労働・低生産なのは日本と韓国だけ

世界のその他の国々はどうなっているでしょうか。中東のイスラエルの年間平均労働時間は1,858時間、南米のチリでは1,988時間と、日本よりも長めです。GDPはイスラエルが35.1ドル、チリでは23.5ドルと、どちらも日本より低めです。

また日本の隣国、韓国の年間平均労働時間は2,113時間。これは、ギリシャの2,042時間、メキシコの2,246時間、コスタリカの2,230時間と並んで、OECD加盟国中で最も労働時間の長い国の一つとなっています。

また韓国のGDP は31.8ドル、ギリシャが32.2ドル、メキシコが18.5ドルと、これらの国々は日本と同様、労働時間が非常に長いにも関わらず、生産性はたいへん低いのがわかります。すべての国を比較しているわけではありませんが、開発途上国と呼ばれる国にこうした傾向が強いことが見て取れます。

新しい働き方の広がりが労働過剰を加速しているアメリカ

ざっとデータを確認したところで、上述の先進諸国の中で労働時間が一番長いアメリカの例を、もう少し掘り下げてみましょう。労働時間の長さは、米国メディアが頻繁に取り上げている問題の一つです。

たとえば、法律で一週間の勤務時間の上限を定めている国は少なくとも134カ国ありますが、アメリカにはそのような法律がありません。そのためアメリカの男性労働者の85.8%、女性労働者の66.5%が、週40時間以上働いていると言われています。

米労働省労働統計局のデータによると、今日の米国労働者の生産性の平均は、1950年と比べて400%も上がっています。これを単純計算すると、1950年の標準生活水準を保つためには、現在の労働時間は当時の4分の1の週11時間で済むはずです。それとも現代米国人の生活水準は、当時の4倍になったということでしょうか。その可能性は限りなく低く、現在の労働時間が長いのは、一般労働者以外の誰かが利益を盗んでいるからに違いないという議論も沸き起こってきます。

また、現在、アメリカ社会に広まり続けているギグエコノミー(一回ごとに仕事を請け負う就業形態)や、フレキシブルワーク(時間や場所にとらわれない柔軟な働き方)のトレンドも見逃せません。月に数回、在宅勤務をしている企業労働者も含めると、全米労働者の4割がすでにリモートワークを行っていることになります。こうした状況がさらに進化し、「フリーランサーが一人でいくつかの企業をサポートする」ような働き方が、近い将来の欧米のワークスタイルになることは確実だとする意見もあります。

実際、このような働き方をしているリモートワーカーの体験談を聞くと、この労働形態で一番難しいのが「一日の終わりに業務を停止すること」という答えが頻繁に返ってきます。在宅勤務では、業務とプライベートの区切りが不明瞭で、四六時中オンでいる状態になりかねません。これではアメリカの過剰な労働時間がますます悪化してしまいそうです。

自分が楽しめる仕事をしている少数の人を除いて、大半の労働者は、労働時間が延びればストレス度も上がります。そしてそのストレスは、精神的・身体的問題を引き起こす大きな要因になります。こういった意味で、労働時間の削減は個人だけでなく、社会にとっても対応に急を要する課題だと言えるでしょう。

ハードに働くのではなく、賢く働く

一方、短い労働時間で高い生産性を上げているドイツは、近隣ヨーロッパ諸国の中でも羨望の的です。
英国メディアは、2015年の平均値を引用して「ドイツ労働者が4.5日で生産できることに、英国労働者は5日かかっている」。あるいは「英国労働者はドイツ労働者よりも、一週間に5時間48分も多く働いているにもかかわらず、収入がドイツ労働者よりも低い」とさかんに書き立てています。

では、具体的な施策について見ていきましょう。ドイツでは1日10時間を超える労働が法律で禁止されており、守らない企業は罰せられます。短時間に大きな成果を上げられる従業員が企業で最も評価されています。残業が当たり前のことだと感じている日本人労働者とは考え方の異なるところです。

たとえば、会社が以前よりスピードの速いコンピュータを導入すれば、費やす労力は導入前と全く同じでも、より生産性を上げることができますよね。それと同じで、ドイツでは「どれだけハードに(長時間)働くか」ではなく「どれだけ賢く働くか」を重視しているため、効率の悪いことは最初からしません。

現在、失業率が極めて低く、景気がとてもいいドイツでは、強い労働組合からの要求と企業の優秀な人材獲得という双方のメリットに向けて、職場の労働条件がますます改善されていっているようです。

−終身雇用制が崩れて久しい現在、多様性のある働き方が徐々に見え始めてきています。長時間労働に見合った収入やポジションが約束されていた過去とは違い、労働者はこれから先、自分のライフスタイルや価値観に合った働き方ができる方向を、追い求めていくことでしょう。そうなったときに、長時間労働に縛られることなく、より賢い働き方を見出すことができれば、日本の労働者の未来は明るいものとなるでしょう。

参考記事:

https://20somethingfinance.com/american-hours-worked-productivity-vacation/

https://fullfact.org/economy/germans-work-less-earn-more-more-productive-than-uk/

記事制作/シャヴィット・コハヴ (Shavit Kokhav)

ノマドジャーナル編集部
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