前回前々回と裁判例を通し、どのような副業が認められ、あるいは、認められないかについて見てきました。公務員は法律で副業が禁止されていますが、民間企業の従業員の副業を禁止する法律はありません。だから民間企業では就業規則によって副業を禁止しています。従業員である以上、会社のために誠実、正確かつ迅速にその職務にあたらなければならないことは当然だからです。

 

しかし本来、副業は自由に行えるものなので、就業規則によってすべての副業を禁止できるわけではありません。とはいえ、もし副業がバレて懲戒処分になったらどうしよう・・・・・・そんな思いの中で悶々としている方も多いのではないでしょうか。

 

安心して副業するための注意点について、これまでの裁判例を踏まえて整理しておくことにしましょう。

1.許されない副業とは?

就業規則で禁止される「副業」とは、本業に対し支障を生じさせ又は悪影響を与えるものをいいます。皆さんが行っている、あるいは、これから行おうとする副業が、このようなものでなければ、就業規則にいう「副業」にあたらないので、副業を理由に懲戒処分を受けることはありません。

 

裁判所によれば、禁止された副業にあたるか否かは、本業に対して生じる「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響等」から判断するということでした。気をつけなければならないのは、従業員の立場からは副業によって生じる本業への支障や悪影響は狭く解しがちですが、会社の立場からは広く解されることです。このように見解が異なるのは、それぞれの立場から当然のことです。しかし、「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」の判断基準があいまいであれば、大丈夫だと思っていても予期せぬ懲戒処分を受けることがあり、安心して副業を始めることができません。

 

では、支障や悪影響の有無は、どのように判断すればよいのでしょうか。

 

判断のポイントは2つあります。

 

①「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」が現実化しているかどうか

②「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」が現実化する蓋然性があるかどうか

 

たとえば、勤務終了後の長時間にわたる副業のため十分な休息が取れず頻繁に遅刻するので、しばしば代替要員が必要となっているとか、副業が公序良俗に反する内容だったことで会社に風評被害が生じたなどのケースが①です。この場合、副業の結果として実際に「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」が発生していますので言い逃れの余地はなく、就業規則で禁止された「副業」にあたることになるでしょう。そうなれば何らかの処分を受けることを覚悟しなければなりません。

 

①に該当しなくても②に該当すれば、それも就業規則で禁止された「副業」となります。未だ具体的な支障や悪影響は発生していなくても、支障や悪影響の発生することが相当程度見込まれる場合、その副業は就業規則で禁止されている「副業」にあたるとするのが②なのです。

 

勤務終了後、毎日深夜まで8時間の副業をしていたようなケースを考えてみましょう。本人は体力に自信があり翌日の本業への影響などまったくない、と思っています。実際に遅刻やミスもありません。しかし、本業で8時間勤務した後、副業を8時間しているということは、一日8時間残業しているのと同じ働き方になります。仮に月に22日勤務したとすれば176時間の残業をしているのと同じです。

 

このような過労死ラインを超える過酷な働き方をすれば、蓄積した精神的肉体的な疲労がやがて限界に達し、本業に対する支障や悪影響を招くことが相当程度見込まれます。つまり今は「労務提供上の支障」は現実化していないけれど、現実化する蓋然性があるということになります。いくら本人が体力に自信があって大丈夫だと思っていたとしても、月176時間の残業に相当する副業が本業への支障が生じる働き方だとされるのは当然ではないでしょうか。

 

「企業秩序への影響」があるとされるのは、たとえば、副業を勤務時間中に行ったり、会社の備品を使ったりしたケースがあげられます。またライバル会社の取締役に就任することも会社にとって悪影響を招くことになるでしょう。このような副業も就業規則で禁止された「副業」にあたり、何らかの処分を受けることになります。

2.許される副業とは?

副業が許されないケースを知れば、副業が許されるケースについての理解も進みます。上記①および②の点がクリアできれば、その副業は就業規則で禁止されている「副業」にはあたらないので、自由にできるわけです。

 

①については、実際の支障や悪影響が生じているかどうか、②については、支障や悪影響の発生することが見込まれるかどうか、という見地から判断するというのがポイントです。ところが②を正確に判断することには困難が伴います。支障や悪影響は程度問題であり、明確な判断基準がないからです。

 

これから副業を始める場合は②の判断をしなくてはなりません。自分で判断できないときは、まず家族や友人などに相談して、客観的な視点からアドバイスをもらうことから始めてください。それでも微妙な場合は、やはり会社の上司に相談すべきでしょう。特に就業規則で副業をするには会社の承諾を要する旨が規定されている場合は、さっさと上司に相談するべきです。確かに会社が考える「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」のハードルは低いかもしれません。しかし、裁判例を見ても、これらの判断は事案に現れるさまざまな要素から相対的に行われる側面があります。そういった意味で、従業員個人の立場と会社の立場で見解の相違が生じるおそれがあると思われる場合には、会社との間で事前に確認あるいは議論しておくのが賢明です。

3.まとめ

以上見てきたように、「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」は事案ごとに判断されます。残念ながら禁止された副業のボーダーラインが客観的に明確になることはなさそうです。

 

これまで会社は副業を禁止するのが一般的でした。しかし働き方改革の名の下、今後、副業を認める会社は増えていくと思われます。こうした流れの中にあっては、もう副業は影の存在ではなくなります。これまで会社にバレないかとビクビクしながらしていた副業が会社公認で堂々とすることができる時代が近い将来やって来るのです。

 

そうなれば、「労務提供上の支障」や「企業秩序への影響」は会社と共有することになるのですから、副業のあり方に関し、会社と積極的な議論を始めることが重要だといえるでしょう。

 

記事制作/白井龍