副業することで一日の労働時間は長くなります。本業先で月曜から金曜まで毎日8時間勤務し、さらに副業先で4時間働けば、残業は月80時間となります。

 

仮にこの状態が数か月以上続き、過労のため休業を余儀なくされた、あるいは不幸にも過労死してしまったとすればどうなるのでしょうか。残業が月80時間ともなれば、それだけで労働災害として扱われるほどの長時間労働です。企業にとっては、高額な損害賠償を請求されるかもしれない一大事だといえます。

 

この点、副業していることは自己責任であって企業に責任はない、との見方もあります。副業における労働災害にはどのような問題があるのでしょうか。今回は、労働者災害補償保険と副業との関係についてみていくことにしましょう。

1.本業と副業、使うのはどちらの保険? 副業における労災適用の可否

労働者災害補償保険(労災保険)とは、業務中や通勤の際のケガや病気に対して保険給付を行う制度です。勤務中にケガをした場合、その原因が本業先の業務にあるなら本業先の労災保険が適用になります。副業先の業務が原因なら副業先の労災保険が適用されます。

 

では、本業先の勤務を終えて、副業先へ向かう途中、交通事故に遭い負傷した場合、本業先と副業先いずれの労災保険が適用になるのでしょうか。

 

これは通勤災害の問題です。通勤災害と認定されるためには、交通事故が通勤の途上で発生したものでなければなりません。本業の後、副業している場合、通勤経路は次の3通りあります。

 

(1)自宅 → 本業先

(2)本業先 → 副業先

(3)副業先 → 自宅

 

労災保険法7条第2項第1号は、通勤と認められる移動として、「住居と就業の場所との間の往復」を挙げていますので、(1)は本業先の労災保険が、(3)は副業先の労災保険が適用されることになります。また、労災保険法7条第2項第2号によって「就業の場所から他の就業の場所への移動」も通勤として認められていますので、(2)も通勤災害の対象となります。この場合、基本的には後の勤務場所である副業先の労災保険が適用されます。

2.本業と副業とで労災補償に差! 勤務先ごとの平均賃金が基礎

業務災害であっても通勤災害であっても、結局いずれかの勤務先の労災保険が適用されます。そういった意味で何ら問題ないようにも思えますが、給付金額について問題が生じます。

 

仮に本業先での収入が30万円、副業先での収入が5万円として考えてみましょう。このケースでは、副業先で業務に起因した災害に遭うと、労災保険からの給付は5万円を基礎に算定されますので、本業先での業務災害と比べて極端に少なくなってしまいます。軽いケガならまだしも、後遺障害が残存したり不幸にも死亡してしまった場合だと、障害補償年金や遺族補償年金の額に大きく影響します。

 

労災保険の給付は基本的に労働者の平均賃金を元に算出します。労災保険は勤務先ごとに加入するものなので、平均賃金の算出も勤務先ごとに行います。賃金を合算せず、勤務先ごとの平均賃金を基礎に給付額が算定されるのでこうしたことが起きます。

 

副業先で業務災害に遭いケガをしたことで、本業も休業しなければならなくなったとしても、労災保険による給付は副業の平均賃金である5万円を基礎として算定された金額にとどまります。このように収入が低い副業では、労災保険による給付は十分とはいえず、業務災害の危険性が高い仕事を副業とするには注意が必要だといえます。

3.制度の矛盾を解消へ 労災法改正に乗り出す厚生労働省

以上のように、現在の労災保険の仕組みでは、複数の会社で働いている場合、業務上の災害に遭った会社の平均賃金分を基礎とした金額の給付しか受けることができません。副業を推奨する一方で、このような労災保険の適用関係を維持することは、制度の矛盾であるといわざるを得ません。

 

そこで厚生労働省は、労災給付もすべての勤務先で得ている賃金に基づいて算定するように制度を改める方向で検討に入っています。具体的には、複数の勤務先の賃金の合計額に基づいて労災給付を算定する方式となる予定です。労働政策審議会での議論を経て関係法令を改正し、早ければ来年度にも新制度がスタートします。

 

労災保険の積立金は約8兆円ともいわれています。複数賃金を合算して給付の基礎としても財政への影響は心配しなくてよさそうです。

 

一方で課題もあります。複数の勤務先の賃金をどうやって把握するかです。また、発生した業務災害と関係ない会社が給付の負担をすることの法的根拠も問題です。

4.まとめ

今、働き方の多様化に合わせ、労災保険というセーフティーネットのあり方が問われています。これまで原則禁止としていた副業が一転、原則容認となるドラスティックな働き方改革にあっては、他にも見直さなければならない制度は多くあることでしょう。

 

労災保険に限らず、制度の見直しにはクリアしなければならない問題がたくさんあります。これらの問題を矛盾なく解決するためには、それなりの時間と労力を要します。

 

労働時間や賃金のことばかりに目が行きがちですが、周辺の制度にも視野を広げ、働き方改革が労働者にとって真に有益なものとなるか否かについて、厳しい目でチェックしていく必要があると思います。

 

記事制作/白井龍