ベンチャーが、最初に困る点の一つが、リーガルです。契約書を読むのも不慣れなスタートアップ人材にとってなかなかハードルが高いと思われているリーガルですが、何かあってからでは遅いものの、何か起こるまで重要度もわからないので、手薄な企業もちらほら。プロに確認せずに自分でやってしまうと後々で大きな失敗につながることも大いにあります。一方で、ちょっとしたリーガルアドバイスが後々生きることもあります。

たくさんのベンチャーの事例をみてきた、AZX総合法律事務所のパートナー弁護士の長尾先生によるベンチャーでよくあるリーガル相談事例についての連載です。今回は第1回として、新規事業担当者やベンチャー経営者は必見の、サービスローンチ時に必ず必要になる「利用規約」についてのいくつかのポイントを解説していただきます。今回は後編として、利用規約変更について、地位の移転、消費者契約法について解説します。

規約の変更内容をサイトにアップしただけで本当にOK?利用規約の変更の手続

⑦ 利用規約の変更手続に関する規定

前述のとおり、利用規約が法的拘束力を有する根拠はサービス運営者とユーザーとの間に契約が成立する点にあります。契約は、相手方の同意なしに変更することができないのが民法上の原則であるため、サービス運営者が利用規約を変更した場合でも、変更前の利用規約に同意しているユーザーとの間で自動的に変更後の利用規約に従った契約が成立するものではありません。

この点、一部の利用規約では、サービス運営者が変更内容をサイトにアップした場合には規約は自動的に変更されたものとみなすと定めるものがありますが、その有効性には疑問の面があります。契約の変更についても、登録時の契約成立と同様、変更内容についてはユーザーの認識と同意が必要であると考えた方が安全と言えるでしょう。

しかし、実務上、利用規約の変更を行うに当たって個別にユーザーから同意を取得するのは煩雑であり、また、ユーザー数が多い場合には個別に同意を取得するのが現実的ではないと考えられます。従って、この点については、ユーザーに変更内容を通知した後にユーザーがサービスを利用した場合や一定期間内に登録取消しをしなかった場合には、ユーザーが変更後の利用規約に同意したとみなす旨の規定を定めておくことで対応するのが一般的です。

但し、かかるみなし規定を定めている場合でも、変更後の利用規約を認識していないユーザーには当該みなし規定の適用を主張することは難しいと考えられますので、利用規約を変更した場合には、変更後最初にユーザーがログインした際にポップアップで利用規約を表示するなど、確実にユーザーが変更後の利用規約を認識したといえる状況にしておく方が安全です。

なお、一部のサービスでは、利用規約を変更するごとに同意を取得し直しているケースも散見されますが、法的な観点からはかかる手段が一番有効性が高いと考えられます(但し、うんざりしたユーザーが離脱する可能性はあるかもしれません。)。

最初からM&Aも考慮しよう!契約上の地位の移転

⑧ 契約上の地位の移転に関する規定

日本法では、契約上の地位の移転には相手方の同意が必要と解されているため、M&A等でサービスの運営主体を第三者に移転させる必要が生じる場合の対処を考慮しておきましょう。

M&Aの手法として、合併や会社分割等の包括承継を選択する場合には、契約の相手方の同意を得なくとも契約上の地位が移転するのですが、事業譲渡を選択した場合には、契約の相手方の同意を得ない限り契約上の地位が移転しないのが原則です。しかし、事業譲渡を行う際にユーザー数が膨大な数に上っているような場合には個別の同意を取得することが現実的ではないことも多いと思われます。

従って、サービス運営者が事業譲渡を行う場合には、サービス運営者は契約上の地位を事業の譲受人に移転させることができる旨、及び、ユーザーがかかる契約上の地位を移転させることについて予め同意する旨を利用規約に規定しておくことでこの点の手当をしておきましょう。

「損害の賠償はしません」では通じない?気を付けるべき法律、消費者契約法

⑨ 消費者契約法について

最後に利用規約を作成する上で重要な法律である消費者契約法について解説しておきたいと思います。

消費者と締結する消費者契約においては、消費者に不利な条項は無効とされる場合があります。消費者とは、事業として又は事業のために契約の当事者になる場合以外の個人を意味します(消費者契約法第2条第1項)。

もっとも注意しなければならない消費者契約法の規定は第8条です。同条の規定により、事業者の消費者に対する債務不履行責任、不法行為責任、瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任を全面的に免責する条項は無効とされます。従って、消費者をユーザーとするサービスにおいては、賠償の範囲を制限する旨の規定や賠償額の上限を定める旨の規定を定めておくことが重要です。上限を定める場合、有料サービスの場合には「過去●ヶ月の間にユーザーから受領した利用料金の総額を上限とする。」のような形で定めることが多く、無料サービスの場合には「●円を上限とする」と直接的に記載することが多いです。賠償額の上限を定める旨の規定は基本的には消費者契約法でも直ちに無効とはされていませんが、事業者側の故意又は重過失による責任については、一部であっても免除及び制限は無効とされていますので、利用規約でしっかりと免責規定や上限規定を定めた場合でも、ユーザーに損害が発生しないように運営を行うことが重要と言えます。

次に、消費者契約法第9条より、契約解除の際に、「同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」損害賠償の額を予定した条項又は違約金を定める条項は、当該平均的な損害の額を超える部分について無効となります。また、年率14.6%を超える遅延利息を定めた場合、年率14.6%を超える部分について無効となります。従って、過大な違約金等を定めていたとしても、消費者相手に全額を請求できるとは限らない点に予め留意しておく必要があると考えます。

また、消費者契約法第10条より、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とされています。どのような規定が消費者契約法第10条によって無効となるかについては個別具体的事情に基づき判断され、予測が難しい面がありますので、消費者の利益を一方的に害するような規定は無効となる可能性がある点を予め認識しておく必要があります。

⑩ 最後に

今回の内容は、基本的には利用規約一般のものであり、個々の利用規約を作成する際にはこれ以外にも気を付ける事項が多く出てくると思います。利用規約の作成は簡単なものではありませんが、例えば将来サービスの利用者が100万人を超えたような場合には、100万人に対して適用されることとなるものです。従って、その重要性を踏まえ、最初に作成する際には気合を入れて作りましょう!!

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専門家:長尾 卓(AZX総合法律事務所 パートナー弁護士) 
ベンチャー企業のサポートを専門としており、ビジネスモデルの法務チェック、利用規約の作成、資金調達、ストックオプションの発行、M&Aのサポート、上場審査のサポート等、ベンチャー企業のあらゆる法務に携わる。特にITベンチャーのサポートを得意とする。趣味は、バスケ、ゴルフ、お酒。
ノマドジャーナル編集部
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