専門家によるリーガル相談。今回は、受託者として、ノマド、個人事業主の多くは避けることができない、委託者側としても企業が外部人材を活用時に必要となる「業務委託契約」を取り上げます。その中でも重要な条項として、知的財産権の帰属、損害賠償について前編、後編にて解説します。
前編は、知的財産権について解説しましたが、後編は、こちらも委託者と受託者での契約時の交渉のテーマとなりやすい「損害賠償」です。特に委託者が受託者に損害賠償請求することが多いため、個人事業主や独立コンサルタントとして仕事をする方々は気をつけておきたいテーマです。
損害賠償についての定め【委託者⇒受託者】:損害を請求できる範囲は?
(提案すべき条項案)
第●条 損害賠償
本契約の当事者が、本契約に違反して相手方に損害を及ぼした場合には、当該当事者はその損害(直接損害および通常損害のみならず、逸失利益、事業機会の喪失、データの喪失、事業の中断、その他の間接損害、特別損害、派生的損害および付随的損害を含む全ての損害を意味する。)を賠償する責任を負うものとする。
(解説)
業務委託契約の場合には、一般的に、委託者が受託者に損害賠償請求する可能性の方が高いといえますので、損害賠償の範囲を広げておくことが委託者には有利となります。具体的には、上記のとおり、「直接損害および通常損害のみならず、逸失利益、事業機会の喪失、データの喪失、事業の中断、その他の間接損害、特別損害、派生的損害および付随的損害を含む全ての損害」について損害賠償請求できる旨を定めておくことが考えられます。
それでは、受託者が、下線部分の括弧書きを受け入れない(すなわち、「当該当事者はその損害を賠償する責任を負うものとする」との記載を望む場合)、委託者としては、この要望を受け入れても良いでしょうか。
受託者の要望を受け入れ、括弧書きを削除したとしても、民法の原則に従った賠償請求は可能と考えられます。民法では、「相当の因果関係に立つ損害」、すなわち、債務者の債務不履行から一般に生じるであろうと認められる損害を、損害の範囲として認めています。
受託者の債務不履行によって委託者に生じた損害については、この範囲に含まれることが多いと想定されます。したがって、下線部分の括弧書きの削除を受け入れたとしても、委託者にとって大きなリスクとなることは少ないと考えられますので、力関係上、ある程度相手方の要望を受け入れざるを得ない場合には、かかる箇所の削除を受け入れることも選択肢としてあり得ます。
【受託者⇒委託者】:損害賠償の範囲をどのように制限するか?
(提案すべき条項案)
第●条 損害賠償
本契約の当事者が、本契約に違反して相手方に損害を及ぼした場合には、当該当事者はその損害を賠償する責任を負う。但し、①本契約に関する受託者の賠償責任は、直接かつ通常の損害に限り、逸失利益、事業機会の喪失等の間接的な損害は含まないものとし、また、②受託者の賠償責任は、損害賠償の事由が発生した時点から遡って過去●ヶ月間に委託者から現実に受領した業務委託料の総額を上限とする。
(解説)
委託している業務が期限通りに完成しなかった場合には、ビジネス上の損失を含め、委託者には様々な損害が発生する可能性があり、このような損害について、受託者が常に責任を負わなければならないとすると、受託者の損害賠償の範囲が際限なく広がってしまう可能性があります。
そこで、受託者としては損害賠償の請求を受けた場合に備えて、①なるべく責任を負う損害賠償の範囲を制限するとともに、②無制限に損害賠償の額が膨らむことのないように上限額を設けておくことを検討することが重要となります。
具体的には、上記のとおり、①損賠賠償の範囲は直接かつ通常の損害に限り、逸失利益、事業機会の喪失等の間接的な損害は含まないものとした上で、②賠償額の上限を設けることが考えられます。
それでは、①賠償範囲の制限および②賠償額の上限が委託者に受け入れられない場合、受託者としてはどのような交渉を行っていくべきでしょうか。
①損害の範囲が限定されていなくても、②損害額の上限を設けておくことができるならば、受託者が不測の出損を余儀なくされるという事態は回避できると思われます。
ですので、受託者としては、②上限規定は設けるよう、交渉していくことが望ましいといえるでしょう。
委託者がカウンターとして、委託者の賠償範囲の制限等を求めてきた場合は?
それでは、委託者が、委託者の賠償責任にも、①賠償範囲の制限および②賠償額の上限が適用されるよう、上記但書を平等な内容にすることを求めてきた場合、受託者としては、この要望を受け入れても良いでしょうか。
この点、業務委託契約では、委託者は、業務委託料の支払義務のみを負うことが多くなっています。委託者が業務委託料の支払義務を怠った場合、受託者としては、業務委託料の支払いを受けることができないという損害を被ることになりますが、その損害の性質上、損害の範囲が際限なく広がるというものではありません。その意味で、委託者の賠償範囲が限定されていたとしても、受託者が不利益を被る場面は少ないことが想定されます。
一方、業務委託契約では、主として、受託者が義務を負担し、その不履行によって委託者が被る損害は広範になる可能性があります。例えば、納入したシステムが想定通り機能しなかったような場合には、それにより委託者に発生する損害は、業務委託料の金額をはるかに超えることもあると考えられます。したがって、受託者としては、損害の範囲を限定するなどしてリスクヘッジを図っておくことが重要となります。
すなわち、受託者としては、自己の賠償義務の範囲を限定しておくことがなにより大切となりますので、上記但書を平等の内容にして欲しいとの委託者の要望を受け入れても、大きなリスクとなることは少ないと考えられます。
故意や重過失が認められる場合でも、賠償額の上限が適用されるのか?
さらに、委託者が、受託者に故意または重過失がある場合には①賠償範囲の制限や②賠償額の上限が適用されないようにすること(=「受託者に故意または重過失がある場合にはこの限りでない」との文言を追加すること)を求めてきた場合、受託者としては、この要望を受け入れても良いでしょうか。
この点に関して、ホテルの宿泊約款のケースではありますが、故意や重過失が認められる場合には、責任を制限する条項は適用されないと判断している最高裁判決が存在しています(最高裁平成15年2月28日判決)。そのため、業務委託契約においても、受託者に故意や重過失がある場合には賠償の範囲を限定する規定は適用されないと考えられます。
したがって、上記の委託者の要望を受け入れても、著しくリスクが増大するとまでは言えないと考えられます。反対に、「受託者に故意または重過失がある場合にはこの限りでない」との文言が定められていないケースでも、一定の場合には賠償範囲を限定する旨の規定は適用されない可能性があると考えられる点に留意しておいた方が良いでしょう。
以上が、前編と後編を合わせて、知的財産権の帰属および損害賠償の条項案およびチェックポイントとなります。実際の契約にあたっては、上記の他にも、報酬の支払時期や支払条件などが交渉のポイントとなることもありますが、今回の2点については特にご相談が多い点となりますので、今回解説させて頂きました。
上記を参考にして、お互いの立場にも配慮しつつ、適切な契約を締結して頂ければと思います。
(前編はこちら)
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ノマドジャーナル編集部
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