「遠い存在だ」「自分とはちがう」。そう思われがちな、海外フリーランスという働き方。でも本当に、海外フリーランスは特別なのでしょうか?
海外フリーランサーが実際どんなふうに仕事をしてどんなふうに生活しているのか、月一度のインタビューを通してお伝えしていきます。
第2回目のインタビューに応じてくださったのは、バブル絶頂期にドイツへ渡り、現在もドイツで翻訳者として活動しているチカさんです。
お話を伺った方:Chika Kietzmannさん
早稲田大学在学中に翻訳家としての働きはじめ、大学卒業後もフリーの翻訳家として活動。1990年に渡独し、ケルン大学・イギリスの通信大学で学ぶ。翻訳で生計を立てる傍ら、『Sci-Tech-Germany』や『まにあっくどいつ観光』などの個人ブログを運営。
新卒フリーランスになり、壁崩壊直後のドイツへ移住
――引く手あまたのバブル時代に、なぜ就職しないという道を選んだんですか?
私塾を運営している父の教育方針で、中学・高校では英語の勉強をがんばっていました。
大学生のときに企業で事務のアルバイトをしていて、「英語できるなら翻訳やってくれない?」と言われたことがきっかけで、翻訳をすることになりました。
翻訳をすればするほど楽しくなってきましたし、それ以上やりたいことも見つからなかったので、向いていたんだと思います。
当時はバブルで景気も良かったし、翻訳の需要もあって、結構稼げました。大学4年生で初任給よりももらってたんですよ(笑)
就活にはまったく気がのらず、収入は十分あったので、それなら就職しなくてもいいかな?と思って、大学卒業後はそのままフリーの翻訳家になりました。
フリーランスとして在宅で仕事を受けたり、企業でオンサイトの翻訳業務を請け負ったりしていました。
――なぜドイツという国を選んだんですか?
もともと海外に行きたい気持ちがあって、学生時代から海外を放浪していたんです。
1年ちょっと日本で働いていたんですけど、また海外に行きたくなって、メキシコの大学に申し込みました。
そんなとき、ドイツから東京にインターンに来ていたドイツ人男性と知り合ったんです。「ドイツなら学費もタダだし、ドイツにしたら?」って言われて、「じゃあドイツに行こうかな?」って方向転換しちゃいました(笑)
ちなみにその人は、現在の夫です。
――ベルリンの壁崩壊直後のドイツに行く不安はありませんでしたか?
わたしがドイツに渡った1990年は、ベルリンの壁が崩壊して、東西統一直前の時期でした。「これからはじまる」という希望のようなものを感じていました。
わたし自身、環境が変わるのが好きな性格なので、とくに不安はありませんでした。クラス替えとか席替えとかにワクワクするタイプなので。
親ももう諦めてるというか、「お好きにどうぞ」っていう感じでしたし。
フリー翻訳家としてドイツでの活動をはじめる
Chikaさんが普段仕事に利用されいているお部屋
――ドイツに移住してそのままフリーランスになったんですか?
当時はフリーランスビザなんてなかったので、大手の語学学校に通って学生ビザを取得しました。でも、語学学校を2ヶ月で辞めちゃったんです。ドイツ語がうまくならなくて……。
口では「英語できるからいいじゃん!」なんて言ってたんですけど、内心では結構悔しかったですね。
しかも当時為替の変動があって、持って行ったお金の価値が半分になっちゃったんですよ。
ビザも更新しなきゃいけないし、お金もないしってことで、ムリを言ってどうにか大学の準備コースに入れてもらいました。
半年の大学準備コースのあと、正式にケルン大学に入学しました。主専攻は文化人類学で、副専攻は政治と英文学です。
――在学中、お仕事はどうしていたんですか?
日本でオンサイト翻訳のお仕事をいただいていた会社の支社がケルンにもあったので、推薦状を書いてもらっていたんです。それで、ドイツでも翻訳の仕事をするようになりました。
最初は日本語と英語の翻訳だったんですけど、当時はドイツ語ができないと話にならないっていう感じだったんですね。だから必然的に、ドイツ語の翻訳もするようになりました。
ドイツ語はまだ勉強途中だったので、図書館に通って英語とドイツ語の本を読み比べたり夫にチェックしてもらったりして、どうにかこうにかやっていました。
――ケルン大学で、マギスターという学位を取得なさったんですね
実は副専攻の政治学だけ、最終試験で落ちちゃったんです。
半年以内に再試験を受けなきゃいけなかったんですけど、それがちょうど子どもが生まれたときで。
当時は子どもを預けるところが少ないうえ高いし、夫はフランクフルトに転勤になっちゃうし、勉強しなきゃいけないのに働かないと生活できないし……って一杯一杯になって、胃潰瘍になってしまいました。
それで、卒業を諦めたんです。いまなら「仕方なかったな」と思えるんですけど、当時はあと一歩だったのですごく悔しかったし、わたしの最大の挫折ですね。
自然科学に目覚め、ふたたび大学で学ぶ道へ
――サイエンスブログをやってらっしゃいますが、日本でもケルンでも文系ですよね
ずっと、自分は文系人間だと思っていたんです。でも子どもの成長過程を観察したり、子どもと一緒に昆虫を調べていくうちに、自然科学に興味を持つようになりました。
いままでは「理系なんて絶対にムリ」って思ってたんですけど、「それは決めつけだったのかもしれない」「自分が知らない世界をもっと知りたい」っていうふうに、気持ちが変わったんですね。
育児と仕事ばかりで、ちょうど「もっと勉強したい」と思っていた時期でもありましたし。
そんなときにちょうどイギリスの通信制大学の存在を知って、勢いで申し込みました。
――イギリスの通信制大学はどうでしたか?
苦手だと思っていた自然科学の講座をひとつ取ってみたら、テストに受かったんです。それで自信がついて、ひとつ、もうひとつ……と授業を受けるようになりました。
最初は学位を目指していたわけじゃなかったんですけど、だんだん「卒業できるんじゃないか」と思うようになって、結果的に10年かけて学位を取得しました。
この大学では好きな講座を選べるので、薬学や癌、原子力、再生可能エネルギーなど、興味がある分野を好きなように勉強できました。
――その知識はお仕事に役に立ちましたか?
大学で学んだことで、専門知識が必要な翻訳を請け負うようになって、仕事の幅がひろがりましたね。
いままで、自分に専門がないことがコンプレックスだったんです。
通信大学で学んだことで、専門分野ができました。それがうれしかったし、なによりいままで「苦手だ」「できない」と決めつけていたことを成し遂げて、自信につながりました。
ドイツ在住フリー翻訳家の仕事模様
Chikaさんがたまに仕事に利用されいているサンルーム
――現在はどんなお仕事をしていますか?
わたしは基本的にずっと、翻訳しかしていません。
翻訳の仕事は依頼された文章を訳すので、そこには自分の個性や意見を入れずに、書かれていることに忠実に文章を作ります。
翻訳はお仕事としてしっかりこなして、書きたいことがあるときは自分のブログに書きたいことを自由に書いています。
――日本のクライアントがメインですか?
数年前まで、ドイツのクライアントしかいませんでした。
日系企業から依頼をお受けすることはありましたが、インターネットがない時代だったので、いまほど気軽に日本のクライアントを見つけられなかったんです。
昔はチラシを作って営業したり、手紙や電話でクライアントを見つけました。アナログですね。
日本のクライアントとお仕事するようになったのは、ここ数年です。
――就職することを考えたことは?
フリーランスには波があるので、うまくいかないときは就職を考えることもありましたね。ケルンの大学に在学中、3回くらい思ったかな。
でもわたしにとって一番大事なことは、内面を充実させることなんです。お金や成功がいらないわけではないんですけど、優先順位は低いですね。
旅行したり勉強したりする時間を大事にしたいので、就職は考えていません。
個人作業の方が好きだし、過集中するタイプだし、人から指示されたことをそつなくこなすのも得意ではない、という性格でもありますし。
いままでもこれからも、好きなことを。
――フリーランスという働き方についてどう思いますか?
最近、新しい働き方としてフリーランスが注目されてますよね。それに驚いてるんですよ(笑)
わたしは「フリーランスになるぞ!」って思ったことはないんです。収入を得るために仕事をしなくてはいけない、でもやりたいことがいろいろある。「じゃあどうするか?」と考えた結果がフリーランスだった、という感じです。
あくまでやりたいことを実現するための手段、選択肢のひとつで、わたしはそのなかから就職しないフリーを選んだだけ、という認識です。
――これからどんなことをしていきたいですか?
いままでずっと翻訳だけやってきたので、これからもお仕事としては翻訳をしていこうと思ってます。新しい業種に手を広げるつもりは、いまのところありません。
「根つめて働くぞ」というよりは、仕事はこれまでどおりやって、好きなことをする時間を確保したいですね。最近は地理学や地学に興味があるので、そういうことを勉強したいです。
でも翻訳って座りっぱなしの作業なので、身体に悪いと思うんですよ。いただけるお仕事をやりつつ、できるだけ身体を動かすよう、外を歩いて博物館や美術館などに行って、まにあっくどいつ観光を続けていこうかなと思っています。
――ありがとうございました!
お話を伺った方:Chika Kietzmannさん
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取材・記事制作/雨宮 紫苑