終身雇用や年功序列方から、フラット化する組織へと移行している日本企業。変化の中で、企業文化の継承や若年層の育成目的で導入されるメンター制度。過去組織のメリットを現代に活かそうとする取り組みは、新しい働き方にもメリットがあるのでしょうか?本稿では、類似制度や手法と比較・整理した上で解説していきます。
メンター制度とは?
メンター制度とは、新入社員や年次の浅い社員に対して、直属の上長や同じグループ・課の先輩とは異なる組織に所属する先輩社員が、仕事の進め方からモチベーションの面まで含めて相談に乗る・サポートを行う制度
のことをいいます。
同じ組織ではない先輩がサポートにつくので、なかなか相談しにくいことも話すことができるため、特にメンタル面の支えとしての効果が大きいようです。
直属の上司や先輩を「タテの関係」、同期を「ヨコの関係」としたときに、メンター制度は、異なる組織の先輩との関係を作るため「ナナメウエの関係」という表現で呼ばれることもあります。
「メンター」という言葉は、古代ギリシャ神話に出てくる言葉「メントル」を起源としており、サポートする立場の人を「メンター」、サポートされる立場の人を「メンティ」といいます。
1980年代に入り、米国企業がコーチングなどと同様に、人材育成施策の一つとして、メンター制度を発展させてきたといわれています。
なぜ今「メンター制度」が注目されているのか?
株式会社リクルートマネジメントソリューションズの「メンター制度入門」によると、企業がメンター制度を導入する背景は以下の3点にあるとしています。
- 若年層の定着、戦力化のマネジメント支援
- 人材育成風土の醸成
- 企業文化、企業風土伝承
従来の日本企業では終身雇用と年功序列が一般的だったため、先輩社員が後輩社員に教えることは当たり前のこと、とされてきました。しかし、近年にみる組織のフラット化や、成果主義の導入という環境変化の中で、若手社員への教育がしっかりとなされない状況も増えてきました。
そのような状況の中、企業文化や風土の伝承や、人材育成、若年層の離職防止のために、疑似的に過去の日本企業に存在していた「ナナメウエの関係」を作り出そうとしているのが、近年でメンター制度が注目を集めている背景です。
メンター制度のメリット・デメリット
メンター制度を実施するにあたってのメリットとデメリットは何でしょうか?メンター・メンティそれぞれの観点からまとめます。
メンター × メリット
メンター制度では、通常5-6年目の社員が起用されることが多いです。直接的な仕事ではないにしろ、管理職にならないと得ることが難しい、後輩の指導・相談を疑似的に体験できるというメリットがあります。後輩の相談に乗る中で、若手が悩むポイントへの理解や、自分の仕事の進め方やスタンスに対して内省・言語化する機会を得ることができます。
また、メンティの上長など、他組織とのコネクションをつくることができるのも、メンターのメリットのひとつといえます。
メンター × デメリット
一方で、業務負荷が増えてしまうことも事実です。直接的な業務以外の時間の中から、後輩の相談のための定例会議などを拠出することになるため、本来の業務との兼ね合いが難しくなります。また、周囲の同僚からの理解を事前に得ておくことも必要です。
メンティ × メリット
メンティは、直属の上長には相談しにくいことも、メンターになら相談できるなど、メンタル面で安心感を得ることができます。例えば、周囲の同僚や上長との関係性や、社内におけるキャリアの相談などです。
また、直接的な業務での関係性ではないため、人事異動で部署が変わった際も関係性が継続できる点も安心感につながります。
メンティ × デメリット
こちらは特段大きなデメリットはありません。あげるとするならば、直属の上長からの理解が得られていない場合、メンターとの関係性により、本来の組織での関係性が悪化する可能性があります。
以上のように、メンター制度はメンティのためだけのものではなく、メンター・メンティ双方にとってメリットのある制度といえます。また、制度の運用には、メンターとメンティだけでなく周囲の人間の理解も必要とされる点は注意が必要です。
類似制度との比較〜ブラザー・シスター制度とOJTとの違い〜
ここまでメンター制度の概要について解説してきました。いくつか似たような人事制度を耳にすることもあると思いますので、ここで代表的なものとメンター制度との違いについてまとめておきます。
ブラザー・シスター制度
日本企業に古くからある制度です。メンター制度が他組織の先輩がメンティをサポートするのに対し、ブラザー・シスター制度では同じ課・グループの年次の近い先輩が若手社員に対して仕事のやり方を教える、という制度です。
株式会社リクルートマネジメントソリューションズの「メンター制度入門」では、メンター制度との比較を一覧にしており、こちらが分かりやすいので引用しておきます。
メンター制度の方がブラザー・シスター制度よりも広範囲でサポートする制度といえます。
OJT
OJTはOn-the-JobTrainingの略で、実務を通して訓練を積んでいく教育方法のことをいいます。ブラザー・シスター制度と同様、指導・サポートする先輩社員の所属が異なります。OJTでは同じグループや課の上長や先輩が若手社員の仕事を指導していくのに対し、メンター制度では、異なる組織の先輩が若手社員のサポートをしていきます。
類似手法との比較〜カウンセリング、コーチング、ティーチング、コンサルティングとの違い〜
メンター制度で、後輩のサポートをする方法のことを、用語としては「メンタリング」といいます。こちらもいくつか似た言葉があるので比較・整理しておきましょう。
カウンセリング
心理カウンセリングをイメージしていただければと思います。カウンセラーは原則的にあなたに「こうしなさい」などとはいいません。投げかけを通して、対象者自身が持っている過去の感情に向き合い、対象者自身がその感情を洞察し、理解する手助けをします。答えを相手の内側から引き出す、というのがカウンセリングです。
コーチング
スポーツの場面で「コーチ」という言葉をよく聞くと思います。コーチングでもカウンセリングと同様、原則コーチは対象者に向かって指示をだすということはしません。対象者が何をしていきたいのか、質問を通して目標を具体化していきます。コーチングは、答えを相手の内側から引き出す行為をいいます。
ティーチング
学校の先生を想像していただければと思います。ティーチャーが過去に学んだ知識や理論を、ティーチャーの解釈を踏まえて生徒に対して伝えるという行為です。過去の事象に対し、答えを相手の外側から提示する、というのがティーチングです。
コンサルティング
いわゆるコンサルティングビジネスをイメージしていただければ分かりやすいです。現状を分析し、課題を特定、解決策を提案するというプロセスです。未来の事象に対し、答えを相手の外側から提示する、というのがコンサルティングです。
ここまでで気付かれた方もいらっしゃるでしょうが、メンター制度におけるメンタリングは、時と場合によって扱うトピックはさまざまで、本来は高度なスキルが要求されます。例えば、仕事のアドバイスをする場合は、直接的な指導を行うこともあります(ティーチング、コンサルティング)し、悩み相談の場合はカウンセリング、キャリア相談の場合は「メンティが本当に何を目指しているのか」を一緒になって棚卸をする(コーチング)必要があります。
カウンセリング、コーチング、ティーチング、コンサルティングとメンタリングの位置づけは、以下のように整理できます。
企業における導入事例
メンター制度は、企業の中ではどのように活用されているのでしょうか?いくつか事例をご紹介します。
株式会社髙島屋
髙島屋では、以下の背景に対応するため、2009年からメンター制度を導入しています。
百貨店は営業時間の拡大傾向にあり、交代休日やシフト勤務等により職場でのコミュニケーションが希薄化する傾向があり、人材育成の根幹であるOJTが機能しづらくなっている。また、効率化の側面から業 務の細分化が進み、若手社員にとっては、業務の全体像や将来のキャリアビジョンが描きにくくなっている。
メンター制度導入後の成果としては、以下のような声がアンケートから上がっています。
異なる経験の話や他部署の仕事内容を具体的に聞くことができ、中長期的な視点でキャリアを考えられるようになった(メンティ)
職制以外の社内ネットワークが広がった(メンティ)
メンティへアドバイスすることが、自分自身の振り返りや、相手を理解しようと努力する姿勢の重要性を再認識するなど、多くの気づきがあり、自分の職場でのOJTにも活かすことができた。(メンター)
髙島屋では、メンター・メンティ双方に対して事前ガイダンスを導入するなど、制度が円滑に導入できるように事務局が活動していたという点も重要です。
株式会社レコチョク
音楽配信サービスを展開するレコチョクでも新卒社員向けのメンター制度を導入しています。こちらは、エンジニアが成長できる環境を作るため、エンジニアの声を集める取り組みとして導入されています。過去にnomad journalでもインタビューさせていただいておりますので、詳細は以下記事をご覧ください。
【Ex-CTOインタビュー】第4回 激変する時代の「特化型エンジニア」だからこそ持てる可能性がある―レコチョク・稲荷幹夫氏
万協製薬株式会社
2017年に「ガイアの夜明け」でも特集されていましたが、万協製薬では「プチコミファミリー制度」という制度を導入しています。
プチコミファミリー制度は、新入社員を1人は入れた世代や所属の関係ない少人数グループを全社員で作り、さらにそのメンバーの一人一人を長男や次女などに見立てて家族のようなグループを作る、というものです。「社内に相談できる人がいない」という理由で退職する人がいたため、離職防止の目的で導入しました。
成果としては、プチコミファミリー導入前は20%を超えていた入社3年以内の離職率が、導入以降は5%まで低下しました。
認定NPO法人カタリバ
最後に、組織内におけるメンター制度とは異なる観点のご紹介をします。
カタリバは、高校生へのキャリア学習プログラム「カタリ場」などを提供していますが、その活動において” 「ナナメの関係」による場づくり”を心がけている団体です。
生徒たちとのコミュニケーションにおいて、大事になるのが「ナナメの関係」です。利害関係のある先生でも親でもない(タテ)、同じ視点になりがちの友達でもない(ヨコ)、一歩先をゆく“先輩”(ナナメ)だからこそ、安心して本音を引き出し、さらに広い世界を見せることができるのです。
「ナナメの関係とは」より
カタリバの活動がメンター制度と完全一致するわけではありませんが、メンター制度の可能性が企業内だけにとどまらないことを教えてくれています。
まとめ
いかがでしたでしょうか?一つの組織に所属しない、リモートで働くなど、新しい働き方が徐々に浸透しつつありますが、従来の働き方にももちろん良い点があります。経営者にも必要といわれているメンターですが、新しい働きが広まりつつ今だからこそ、メンター・メンティを意識した関係をつくってみてはいかがでしょうか?