エイチ・アイ・エス代表取締役会長の澤田秀雄氏が構想し、「世界で闘う実践力」を持った経営者の育成を目指してスタートした澤田経営道場。現在は第2期が開講し、経営に必要な基礎学力の習得に向けてさまざまな講座が展開されています。
本記事では、その中から「統計学講座」をご紹介します。講師を務めるDATUM STUDIO取締役副社長の里洋平さんに、講座の狙いやカリキュラム内容について伺いました。
「知識」と「実行力」の両輪を学ぶ
Q:澤田経営道場の統計学講座は、どのようなステップで学んでいくのですか?
里洋平さん(以下、里):
1日目は「データを見ることの基本」から学んでいきます。そもそも何を目的にデータを見るのか、どんな点に着目して見るべきなのか。「平均」や「中央値」といった統計学の基本が、受講生の皆さんに腹落ちするところまで持っていきます。
2日目では、Excelの実践的な活用方法を教えています。ケーススタディを用いて、ピボットテーブルを使ってデータを集計・分析することを、実際に手を動かして学ぶという授業です。いずれも主眼に置いているのは、「統計学を使えるようになる」ということ。理論をたくさん学んでも、実技を知らないと活用できないんですよね。
Q:「知識」と、作業も含めた「実行力」、両輪を学ぶことができるのですね。
里:
はい。教科書を見ればいくらでも理論は学べるのですが、実際のビジネスの現場では「ここに必要なデータはどうやって集めればいいんだろう?」といった、分析以前のフェーズでつまずくことが多いんです。
その後の講義スケジュールでは、回帰分析などを学んで、リアルな経営シーンでの意思決定ができるようにしていきます。
Q:こうした統計学の基礎や実務を学んだ後、ビジネスの現場で失敗しがちなことはあるのでしょうか?
里:
一度学んでしまうと、それをどうしても使いたくなってしまうという落とし穴があります。例えば売上が下がった要因を分析していて、「このデータは面白い! もうちょっと深掘りしてみよう」と感じたとしますね。でもそのデータは売上ダウンの主要因ではなく、ほんの1パーセントにも満たないレアケースだという可能性もあります。そこにハマって時間を費やし、ずれた分析を導きだしてしまうと、「君は1週間何をやっていたの?」ということにもなりかねません。
データ分析には「ストーリーライン」が大切。もともとのテーマは何で、分析のゴールは何なのか。自分の興味を満たすためではないんです。実際のビジネスシーンでもそういう状態に陥ってしまうことがあるので、経営者としてはそうしたリスクも理解して、データ全体を俯瞰して見ることが求められると思います。
経営現場のリアリティを感じられる講座へ
Q:今回の統計学講座では、どのようなゴールイメージを描いていらっしゃいますか?
里:
「データを見て実際に生かす」という文化を作れるような経営スキルをお伝えしたいですね。Excelを使った作業を理解することもその一環です。データを上手に活用し、分析し、意思決定に役立てていく。そうした一連のフローを身に付けてほしいと思っています。
Q:受講生の皆さまの反応はいかがでしょうか?
里:
初日からたくさん質問が出て、受講生の間でも盛んに議論するシーンがありました。統計学はどちらかというと概念的な話が多く、「何となく分かったつもり」になりがちな面もあります。そうならないように、お互いの考えを伝え合いながら、ともに理解を深めていく場となりつつありますね。
データ分析の豊富な実務経験を展開
Q:里さんは澤田経営道場の第2期から講師を務めていますが、どのようなきっかけで参加されたのでしょうか?
里:
きっかけはサーキュレーションさんからご紹介いただいたことです。もともと、さまざまな企業の分析案件へプロジェクトごとに参加しておりまして、今回はその一環で澤田経営道場の講師として打診をいただいたという形ですね。
Q:里さんのこれまでのキャリアについても教えてください。
里:
私は2008年に、新卒のWebエンジニアとしてヤフーに入りました。WebエンジニアというとPCや携帯で見られるWeb画面を制作するイメージがあると思うのですが、私はどちらかというとバックエンド側でデータベースの設計・構築や、アルゴリズム構築などをやっていました。
また、ネット上に溢れる情報から企業の評判情報を集め、それと株価がどう連動しているか調べるという仕事も担当したことがあります。「インターネット上では評価されているけど株価が上がっていない。これは”買い”だ」といった予測を立てるようなものです。新しい事業にどんどん挑戦できる、恵まれた環境でしたね。ヤフーには3年ほど在籍していました。
Q:その後、移籍されたディー・エヌ・エーではどのようなミッションを担当していたのでしょうか?
里:
「データマイニングエンジニア」という形で入社しました。当時は「モバゲー」がすごく伸びていた時期で、ゲームの中でデータ分析を回していく仕組みができあがりつつあったんです。これをプラットフォーム全体に広げていこうというタイミングでした。
担当していたのは膨大なログを分析し、ビジネスに生かしていく仕事です。基盤を作るインフラ寄りのチームとともに動いていたので、エンジニアとしての経験を生かして連携しながら、ビジネス構築にも関わるという貴重な経験をすることができました。
「データを見る目」は、経営者の重要な基礎学力
Q:ディー・エヌ・エー時代の印象深い仕事には、どのようなものがありますか?
里:
テレビCMの効果分析ですね。従来のテレビCMは集客効果が見えづらいという課題がありました。その解決のため、通常の消費者の動きとCMを打った際の動きを比較し、どの程度集客ができたか、その人たちがどれぐらいお金を使ったかを丁寧に分析し、それによって費用対効果を算出する推定モデルの構築を行いました。
そうした推定モデルを作ったことがきっかけでマーケティング部門に異動することになり、データマイニングによる戦略策定にも関わることができました。
その後はドリコムに転職し、データ分析環境の構築やソーシャルゲーム、メディア、広告のデータ分析業務などを担当していました。私が入社した当時は、データは蓄積できているものの、それを活用するための環境が整っていないという状況であったため、まずデータ分析環境を整備し、チームの生産性を高めるということを行いました。その後、新規事業でのデータ活用支援を担当。新規事業の立ち上げに際しては「データをいかに集めていくか」が大切で、無秩序にスタートしてしまうと後の祭りになります。データマイニングは最初の設計が重要。担当者の肌感覚だけでなく、データの裏付けによって新規事業を軌道に乗せていくことを経験しました。
Q:そうした意味では、統計学の考え方を身に付けてデータを見る目を養うことは、まさに澤田経営道場が目指している「経営者の基礎学力」につながっているのですね。
里:
そうですね。「経営の意思決定の根拠」を支えてくれるものだと思います。
スピーディーで確かな意思決定を支える統計学
Q:DATUM STUDIOでは現在、どのような分野に力を入れているのでしょうか?
里:
「人工知能」が再び流行りだしていることもあって、関連する案件が増えてきていますね。
機械学習を用いて未来の何かを予測するモデルの構築や、大量のセンサーログから異常検知するモデルの構築などです。
また、以前はクライアントからいただいたデータを分析してレポーティングしていましたが、最近はデータそのものをウェブ上から集めてクライアントが持っているデータと統合し、分析するというツールの開発なども行っています。より経営の意思決定をスピーディーにしていくためのツールですね。同じようなことをしている会社は少ないと思います。
Q:里さんご自身がデータによる課題解決に取り組む中で、経営者にとって「統計学」はどんな意味があるとお考えでしょうか?
里:
意思決定を感覚ではなく、事実を踏まえて行えるようになるということですね。先ほどのテレビCMの例で言うと、CM単位の費用対効果を明確にし、一定水準を切ったら中止するという判断ができます。事実としてのデータを知った上で意思決定ができることは重要だと思います。専門家に任せきりにするのではなく、経営者自身もある程度「データを見る目」を持っておくことで、結果に対しての解釈が研ぎすまされていくはずです。
また、「PDCA」の「C」が充実していくという効果もあります。PlanとDoの結果を正しく評価し、Checkを行うことで、次のステップに向けた効果的なActionが起こる。定量的な情報をもとにこれを繰り返すことが重要なので、そうした意味でも経営者を目指す人が統計学を学ぶことは大切だと思います。
(編集後記)
澤田経営道場の詳細は公式サイトをご確認ください。
DATUM STUDIO株式会社・取締役副社長。R言語の東京コミュニティ「Tokyo.R」の主催者。
ヤフー株式会社で推薦ロジックや株価の予測モデル構築などの分析業務を経て、株式会社ディー・エヌ・エーで大規模データマイニングやマーケティング分析業務に従事。
その後、株式会社ドリコムにてデータ分析環境の構築やソーシャルゲーム、メディア、広告のデータ分析業務を経験し、DATUM STUDIO株式会社を設立。
著書に『データサイエンティスト養成読本』(技術評論社)、『ビジネス活用事例で学ぶデータサイエンス入門』(ソフトバンククリエイティブ)、『Rではじめるビジネス統計分析』(翔泳社)、『戦略的データマイニング(シリーズUseful R 4)』(共立出版)、『Rパッケージガイドブック』(東京図書)がある。
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