「働き方改革」の一つとして提唱されているワーク・ライフ・バランス(これ以降WLBと呼びます)は1980年代にアメリカで始まり、日本には1990年代になってから入って来た考え方だとされていますが、エクスペディア・ジャパンが毎年行っている世界28ヶ国を対象にした「有給休暇・国際比較調査」の2016年に行われた調査では、日本の有休消化率が50%と3年ぶりに最下位に落ちたことを報告しています。ということは政府も力をいれている「働き方改革」、ひいてはWLBのアピールが効果を発揮していないということになるのでしょうか。

エクスペディアの調査結果が物語るものは?

エクスペディアの有給休暇についての調査結果は2014年度版も見たことがあるのですが、2016年の調査結果を見る前は2014年よりも良くなっているだろうと期待していました。ですので、今回の結果にはたいへんがっかりです。

更に興味深いのは、日本人は28か国中、世界一休みを取らない国民なのに「休み不足を感じている人の割合」も34%で世界一低いことです。その上、「自身の有給支給日数を知らない」人の数は、日本人では調査した人の約50%にのぼり28か国の中で堂々1 位。つまり、日本人は休みを必要とせず、休みを取ることにも無関心で、働くことに満足している国民だということになります。ところが、21回目の記事でお伝えしたように現在の日本人の起業活動指数は、他の国と比べて大変低くなっています。ということは、現在の日本人は起業で忙しくて満足しているのではなく、安定した会社勤めで満足しているということになります。

 

ちなみに、韓国人の有給消化率も日本に次いで低いのですが、「休み不足を感じている人の割合」はスペインに次いで2番目に高く、不満をもちながらも休みを取らない、または取れないでいることがわかります。

日本人は世界一仕事が好き?

確かに日本人の仕事好きは世界的にみても稀な現象です。ではなぜ日本人はそんなに仕事が好きなのでしょうか。「日本人が働くことを好む」ことを裏付けるおもしろい話があります。

 

直接仕事とは関係ないのですが、現在96歳になるある知人の高齢者がまだ92歳のころの話です。たいへん元気で活発な方で、昼間も結構忙しそうに過ごしていました。特に、足が丈夫だったので、毎日散歩をしていたのですが、なぜか歩くのがいつも夜でした。しかも多くの人が床に就く夜の10時ごろ歩いていたのです。不思議に思ってその理由を聞いたところ「昼間歩いていると、暇人だと思われるからいやだ」という返事が返ってきました。

92歳だから「暇人」なのは当たり前なのにと思わず笑ってしまいましたが、日本人には「暇」というものを蔑む気持ちがあり、この気持ちが日本人を世界一「仕事大好き人間」にしてしまったのかもしれません。

暇であることは悪いこと?

では、「暇」を悪いものだとみなす考え方はどこからきたのでしょうか。

江戸時代の歴史を調べてみると、人々はゆったりとした生活をしていたという記録が残っています。これまでも何度か触れてきましたが、日本人の生活形態が忙しくなったのは明治維新からで、その背後にあったのが明治政府の「富国強兵、殖産興業」の政策でした。そしてこの政策を国民に浸透させるための後押しとして取り入れられた政策の一つに、二宮尊徳の「報徳仕法」があります。

 

二宮尊徳は江戸時代の農民出身者でしたが、後に武家奉公人として働き、農民の生活を向上させるために尽力した人です。村や各農家の財政を立て直すために報徳仕法を唱え、それを「報徳記」という書物にまとめました。報徳仕法とは「正直、勤勉、倹約、親切」が基本となり、お互いに助け合って努力することを説いたものですが、報徳仕法は明治時代にも伝えられ、小学校の修身(道徳教育)で取り上げられ子供たちに伝授されました。

受け継がれた報徳仕法

また、大正13年(1904年)には、薪を背負って歩きながら本を読む二宮金次郎(二宮尊徳の本名)の像が「勤勉」の象徴として、初めて愛知県豊橋市の小学校に建てられ、その後この像は各地の小学校に建てられるようになりました。このことから、勤勉とお互いに助け合うという考え方が日本人の中で確立していったように思います。

 

昭和に入り、社会が変わると、二宮金次郎の像は、子供たちが真似して歩きながら本を読むと車にぶつかったりして危ないということもあり、また当時の教育方針に適さないといことで、ほとんど取り崩されてしまいましたが、二宮尊徳の教えは、日本人の働き方に深く浸透し、今でも勤勉を大切にし「怠慢」とみなされる「暇」を恥じる考え方が日本人の中に根付いているように思われます。しかも「お互いに助け合う」ことが重んじられているため、休んだり、人より早く退社したりすると他の人に迷惑がかかると思ってしまい、自分の内から発生してくる要求と言うものを二の次にしてしまう傾向があります。

本当のWLBを目指して

二宮尊徳の教え自体には偉大なものがあります。江戸時代や明治時代では必要な考え方だったのかもしれません。でも、今の日本の実情には合わない面があります。特に女性が子供を産んでからも社会復帰し働き続ける社会では、仕事重視だと家庭、つまり子供の教育がおろそかになったり、家族で過ごす時間があまり持てなくなったりします。しかも女性も仕事が忙しくなる時もあり、そんなときは夫である男性のサポートも必要になることもあるでしょう。その意味でもWLBは、これからますます大切な役割を果して行くことになると思います。

 

ただ、エクスペディアの行った調査結果が示すように、日本でWLBを浸透させることは簡単ではないようです。もし、これまでの日本人の働き方への考え方を是正して本当の意味でのWLBを目差そうとするならば、明治政府が行ったように小学校教育にまで戻り、そこで生き方や働き方について新しい考え方を指導することが必要になってくるのではないでしょうか。

 

記事制作/setsukotruong