ベンチャーが、最初に困る点の一つが、リーガルです。契約書を読むのも不慣れなスタートアップ人材にとってなかなかハードルが高いと思われているリーガルですが、何かあってからでは遅いものの、何か起こるまで重要度もわからないので、手薄な企業もちらほら。プロに確認せずに自分でやってしまうと後々で大きな失敗につながることも大いにあります。一方で、ちょっとしたリーガルアドバイスが後々生きることもあります。
たくさんのベンチャーの事例をみてきた、AZX総合法律事務所のパートナー弁護士の長尾先生によるベンチャーでよくあるリーガル相談事例についての連載です。今回は第1回として、新規事業担当者やベンチャー経営者は必見の、サービスローンチ時に必ず必要になる「利用規約」についてのいくつかのポイントを解説していただきます。
なんとなくで作ってしまえるからこそ、かえって危険!?利用規約作成
私は、ベンチャー企業のサポートを専門とする弁護士であり、数多くの新規サービスのローンチをサポートしてきました。新規サービスのローンチの際にクライアントから最も多く相談を受けるのが利用規約についてです。利用規約はウェブ上で同業他社のものを多数取得することが可能であるため、弁護士等の専門家の力を借りなくともそれなりの形にすることは難しくありませんが、ポイントが分かっていないと、自らのサービスにフィットした最適な利用規約を作成することはできません。そこで、今回は利用規約を作成する際に知っておくべきポイントをまとめてみます。まずは、利用規約にはどのようなリスクがあるのか、いくつかの失敗事例をご紹介しましょう。
- 利用規約を作成したものは良いものの、正確に同意を取得していなかったため、結局その効力をユーザーに主張することができなかった。
- 類似サービスの利用規約を流用すれば良いと考え、それを元に作成したものの、参考にした利用規約の中身がスカスカで、ろくに禁止事項や免責規定が定められておらず、いざトラブルが発生した時に利用規約に基づく主張が何もできない状況にあった。
- 他の利用規約の規定を参考にユーザーがサービス上で投稿したデータの権利を全て譲り受ける内容としたところ、「サービスの性質上、プライベートなデータも多く投稿されるにもかかわらず、サービス運営者がその権利を譲り受けるとは何事だ!」として「炎上」した。
予め明記することで、クレーム対応の泥沼化を避ける!利用規約の目的を今一度整理する
① 利用規約の目的
利用規約の目的を大きく分けると、(i)法的拘束力のある契約を成立させる目的、(ii)規制との関係で法律関係を明確にする目的、(iii)ユーザーからのクレーム等に対応する目的の三つに分類することができるのではないかと考えます。
利用規約の本来の目的は(i) 法的拘束力のある契約を成立させる目的であり、この点の詳細は後ほど各論ごとに解説していこうと思います。
一方で、実務的な観点からは
(ii) 規制との関係で法律関係を明確にする目的及び(iii) ユーザーからのクレーム等に対応する目的も非常に重要です。
(ii)については、詳細は割愛しますが、(ア)どこまでの行為を行うかによって規制の適用の有無が変わる場合があること(例(「民間企業が行うインターネットによる求人情報・求職者情報提供と職業紹介との区分に関する基準について」)、(イ)プラットフォーマーとなるのか、それとも直接の取引の当事者となるのかによって受ける規制が変わる場合があること、(ウ)有償サービスとするのか無償サービスとするのかによって規制の適用の有無が変わる場合があること(例:特定商取引に関する法律)に注意して利用規約を作成するのが重要と考えます。なお、ビジネスモデルの規制については、当事務所の行っているビジネスモデル無料審査で簡単な審査を受けることも可能ですので、興味があればご連絡下さい。
(iii)の観点からは、利用規約の内容を詳細に定めておくことが重要です。例えばユーザーからサービスの利用に関して損害を被ったため、賠償して欲しいというクレームを受けた際に、「民法上、当社は賠償責任を負わないので賠償に応じることはできません。」と返答する場合と、「利用規約の第●条において、その損害について当社が賠償義務を負わないと記載されているため、賠償に応じることはできません。」と回答する場合を比べてみるといかがでしょうか。
前者の回答の場合、そもそもユーザーは法律の専門知識がないのが通常であるため、「そんな答えでは納得できない」と反発され、泥沼となる恐れもあります。
後者の回答の場合には、「確かに利用規約に書いてあり、また、サービスを開始する際に利用規約に同意したことは覚えているのでやむを得ない。」と納得してくれる可能性が高まると考えられます。筆者の経験上では、日本人の国民性も影響しているのか、具体的に利用規約の規定を明示して説明すると、「確かに書いてあるからしょうがない」として納得してくれるユーザーが多いので、特に後述の「③禁止事項」や「④免責規定」についてはサービスの内容を踏まえ、詳細に記載することを心がけましょう!
同意したことが明確にわかるような仕組みを。契約の成立
② 契約の成立について
利用規約の規定として、「ユーザーが本サービスを利用したことをもって、本利用規約に同意したものとみなし、本利用規約に基づく契約が成立するものとします。」という内容が定められているケースは良く見受けられます。かかる規定が違法なものという訳ではありませんが、その有効性には気を付ける必要があります。
①で述べたとおり、利用規約を策定する目的の一つには、利用規約の内容に従って法的拘束力のある契約を成立させるところにありますが、民法上、契約成立の要件として意思表示の合致が必要とされているため、かかる規定を定めたからといって、直ちに契約が成立したものとみなすことはできません。ユーザーがそもそも利用規約の内容を認識していない場合には、意思表示の合致があると解することは難しいと考えられるためです。
当初の失敗事例でも記載いたしましたが、利用規約は作成したものの、同意を取得することはおろか、ホームページの非常に分かり難い場所に利用規約が掲載されていた事案においては、ユーザーに「利用規約にこう書いておりますので・・・」と説明しても全く納得されず、結局ユーザー側の要求を飲まざるを得ない事態に追い込まれるといったケースもあります。
従って、実際の運用としては、利用規約の内容を明確に表示した上で、チェックボックスを使用するなどして、ユーザーが利用規約に同意したことが明確になるような仕組みとした方が良いです。
出来る限り具体的に列挙して明示する。禁止事項の注意点
③ 禁止事項
サービスの運用を開始すると、様々なトラブルが発生することになります。トラブルになった際に適切な措置をとるためには、(i)禁止事項を明確に定め、(ii)ユーザーが禁止事項に違反した場合のペナルティを利用規約に明記しておくことが重要です。
(i)については、他者の権利侵害の禁止、犯罪行為の禁止等、一般的な事項に加えて、サービス特有の禁止事項を出来る限り具体的に列挙して、明示しておくことが重要です。例えば、提供しているサービスがインターネット異性紹介事業に該当すると判断された場合、「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」の規制対象となってしまうため、ユーザー同士の交流が可能なサイトにおいては、「異性交際に関する情報を送信すること」を禁止事項として記載しておくことが考えられます。
また、最近ではC to Cのビジネスが増加傾向にありますが、C to Cの場合には中抜き行為の禁止を明確に定めておくことが考えられます。
一方、当初の利用規約制定の段階であらゆる禁止事項を網羅することは困難であることから、「その他当社が不適切と判断する行為」などのバスケット条項は規定しておいた方がよいと考えられるものの、訴訟になった場合に、このようなバスケット条項の有効性がどの程度認められるかは予測が難しいため、想定される禁止事項はできる限り列記して明示しておくことが望ましいと考えられます。
(ii)については、複数のペナルティを設けておくのが良いと考えます。なぜなら、優良なユーザーが一度問題のある書き込みを行った場合において、そのユーザーの登録を取り消してしまうことは望ましいことではないと考えられるからです。従って、例えば、(ア)ユーザーの投稿を削除できる、(イ)サービスの利用を一時的に停止できる、(ウ)登録自体を取り消すことができるなど、ペナルティに段階を設けておくのが良いと思います。また、上記の中抜き行為が行われたような場合には、会社の売上が減ってしまうこととなるため、このような行為に対しては、(エ)本来の利用料の●倍の違約金を支払わせることをペナルティとして定めておくことが考えられます。
次回は中編、WBS砲によるサーバーダウンで損害賠償リスク?免責事項や意外と「炎上」が起きやすい?!権利に関する事項についてお話しいたします。
《中編につづく》
ベンチャー企業のサポートを専門としており、ビジネスモデルの法務チェック、利用規約の作成、資金調達、ストックオプションの発行、M&Aのサポート、上場審査のサポート等、ベンチャー企業のあらゆる法務に携わる。特にITベンチャーのサポートを得意とする。趣味は、バスケ、ゴルフ、お酒。
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。