いまやベンチャー企業においても、資金調達手法は普通株式の発行だけではなく種類株式や新株予約権を用いた新たな手法が年々開発され、多くの選択肢が与えられています。

普通株式以外の資金調達手法がどのように便利なのか、わかりやすい例を挙げるために上場会社の事例をひとつ紹介します。(前回、借入れと株式による資金調達の違いについて説明しました。専門家による資本政策コラム、今回は株式による資金調達を行うとしても、もっと良い方法はないか、というお話です。)

転換社債を使って希薄化を抑える。ヤフーとブックオフの事例

ヤフーとブックオフコーポレーションは、昨年業務提携を行い、併せてブックオフコーポレーションが物流センターの開設とシステムを共同開発するための資金をヤフーから調達するための資本提携を発表しました。

これに際してヤフーが拠出した金額は約98億円であり、当時の時価総額からすると、希釈化率は76.1%にもなります。通常の資本提携では、すべて普通株式で行うのが一般的ですが、本件では98億円の約2割が普通株式であり、残りの約8割は新株予約権付社債、いわゆる転換社債が用いられました。さらに、この転換社債には、二段階の利益目標水準を達成することによって初めて順次普通株式に転換できる権利が発生する仕組みになっていました。

具体的には下記のとおりです。

種類株

すべて株式だったらどうなるでしょうか?業務資本提携においては往々にして新しい事業上の取組みが前提となりますから、成否はやってみないと、という部分が必ず出てきます。うまくいけば既存株主も含め全員WIN-WINですが、そうでなければお互いに不幸です。前回のコラムで説明したとおり、株式の発行には「希薄化」が伴います。株式の発行で多額の資金調達が行われれば多くの株式が発行され、1株あたりの持分が減ってしまい、既存株主は議決権が希釈化し、1株あたりの利益も減少します。

そこで、転換されなければ株式が発行されない転換社債を使うことにより、希薄化のタイミングを遅らせることができるのです。さらに、本件では転換社債に業績条件が付されていますので、提携事業の成否を見極めながら資本関係を深めていくことができ、既存株主の経済的利益の希薄化も事業提携が成功してから生じさせることができます。(うまくいかなければ、債権を返してもらって二社の(資本)関係は終わりになり、希薄化は生じません。)

ベンチャー企業と種類株式

さて、普通株式という直球だけでなく、変化球を用いることの利便性を感じていただけましたでしょうか。

非上場のベンチャー企業でも普通株式以外の手法の有効活用の方法がたくさんあります。

経済産業省が平成27年3月に公表した「ベンチャー投資等に係る制度検討会報告書」においても、種類株式とストックオプションの活用について多くの頁を割いて説明が行われており、種類株式は起業家の持分の希薄化を抑えつつ、投資家側のダウンサイドリスクを抑える資金調達手法として詳細に説明されています。種類株式の活用は、通産省時代からも議論されていて、ベンチャー企業による種類株式等の活用を提言していたものの普及しない時代が続いていました。しかしながら、最近は、ベンチャー企業による種類株式等を活用する事例が増えており、各企業がこのような対応をするか否かで、その後の成長にも影響を及ぼす時代に変わろうとしていると考えています。

それでは、さまざまな手法の資金調達手法について、基礎となる制度の概要をご説明しましょう。

種類株式、CB、ワラントとは?

普通株式以外の資金調達の手法は、発行される証券の違いにより種類株式、新株予約権付社債及び新株予約権(ワラント)に大別されます。

① 種類株式

種類株式は、普通株式と同様に基本的には返済の必要がありません。普通株式と異なるのは、議決権を無くしたり、優先配当や普通株式への転換条項、会社を清算する際に残った資産の分配を優先させる権利を付加するなど、さまざまな条件を調整することができる点です。

種類株式による資金調達の最大のメリットは、資金調達目的に合わせた柔軟な商品設計により、普通株式では満たせなかった投資家及び既存株主を含めた発行会社のニーズをうまく調整することができ、資金調達先の多様化が図れるという点にあります。

種類株式の典型的な活用例は、(ベンチャー企業ではなく、配当を行う企業が前提ですが)株式を無議決権配当優先株式とすることで、議決権の希薄化を抑えつつ、株価が上昇した場合の普通株式への転換条項を付けておくことで、配当や元本償還の資金負担を回避することもできます。これを投資家の側から見れば、社債や貸付けよりも高い利回りでの優先配当を受けつつ、株価の動向次第では普通株式への転換によるキャピタルゲインも期待できる投資機会となります。

  • みなし清算条項:不測の損失を回避。ストック・オプションを行使する株価を抑える

先の経産省の報告書でも詳細に説明されている「みなし清算条項」が、実務でも目にすることが増えてきています。

通常、合併等の組織再編や実質的な全ての事業譲渡があった場合、持株比率に応じて平等に対価の分配が行われますが、「みなし清算条項」があると、みなし清算条項付の優先株主に対しては、一定の額が優先的に分配されます。

ベンチャー投資は、IPOによる投資回収よりもM&Aによる場合が実際には多いです。創業株主は低い株価で株式を取得しているため、M&Aの場合、VCが引き受けた株式の取得価格よりも低い株価(創業株主の取得価格より高い株価)で、VCに損をさせて自分だけキャピタルゲインを得てしまうことも可能です。VCは、みなし清算条項を活用することにより、このような不測の損失を回避することができるので、普通株式に比べて投資の意思決定がしやすくなります。

会社側にもメリットがあります。普通株式とみなし清算条項付種類株式とを比較すると、後者の方が価値が高いことは感覚的にもわかるかと思います。

普通株式だけで増資し続けていると、IPOマーケットの過熱もあって、非上場のうちに株価がどんどん上昇してしまうことがあります。そうすると、ベンチャー企業の人材の維持・獲得のための重要な手段であるストック・オプションを行使するための株価も同様に上がってしまい、その結果IPOにたどり着いてもストック・オプションをもらった人はあまりキャピタルゲインが得られないことになり、ストック・オプションの魅力が落ちてしまいます。

増資をこのような種類株式を用いて行えば、普通株式の株価が種類株式よりも低いことを合理的に説明でき、ストック・オプションを行使するための株価も抑えられるため、ストック・オプションの魅力を維持することができます。

これについては後のコラムで詳細に説明したいと思います。

② 転換社債型新株予約権付社債(CB)

簡単にいうと社債に普通株式への転換権が付いている証券で、名前が長いので英語のConvertible Bondを略してCBや単に転換社債と呼ばれます。

転換権を付ける代わりに社債を無利息とするケースが多いのですが、会社側には金利負担のない資金調達手法として、投資家側には元本の回収可能性を残しつつ、株価上昇の際にはキャピタルゲインが得られる手法として活用されます。

ベンチャー企業においてもみられる資金調達手法ですが、私は、先ほどご紹介したような業務資本提携の場面において、ベンチャー企業でも活用可能性があると考えています。

ベンチャー企業が資本業務提携という形式をとっていないまでも、実質的にはそのような意図で、他の事業会社に株式を発行して資金の提供を受けるということはあります。この場合、業務提携が確実に業績に寄与すると判断していればそれでもよいのですが、そこまで提携の効果を判断できないまま進めてしまうということもあるわけです。もし事業上の関係がうまくいかなければ、ひとたび発行してしまった株式の処理をどうするか、たちまち資本政策上の悩みと化してしまいます。このような場合には、一旦業績条件付きのCBにしておくことによって、判断をお互いに保留し、経過観察しながら判断することができるのです。

③ 新株予約権(ワラント)

新株予約権(ワラント)は、投資家に一定の株価で株を買える権利を与えておき、投資家が権利を行使して株式が発行されることにより、順次資金調達が行われていく手法です。

上場会社においては、投資家は市場株価と出来高の動向をみながら順次、権利行使、株式売却をすることによりキャピタルゲインを得ることができるため、研究開発が成就するまでは利益が見込めないバイオベンチャーなども投資対象とすることができ、活用されることが多い手法です。

一方、非上場のベンチャー企業では、新株予約権を発行したからといってただちに資金調達できるわけはないので、活用の場面は今のところあまりありません。

今後の活用可能性としては、エクイティ・コミットメントライン、すなわち、新株予約権の割当契約に、一定の条件のもと、発行会社主体で権利行使を指示できる手法が上場会社でも用いられますが、ベンチャー企業においても、これを援用し、資金の予約として活用することは考えられるかと思います。株式と異なり、いきなり希薄化が生じるのではなく、段階的に生じていくのがワラントの特徴でもあるため、資金を出したいという強い要望がある先が考えられるような場合には、検討してみてはいかがでしょうか。

ワラントを権利行使する時の株価も(ワラント発行時ではなく)権利行使時の株価に変化するなど、柔軟に設計できますので、うまく活用すれば便利な道具となりえます。

まとめ:資金調達手法の選択で、会社と投資家のニーズをマッチさせる

このように、普通株式では出資が集められないような場合(→種類株式で解決)、株式の発行を提携事業の成否に応じて決めたい場合(→CBで解決)、資金を必要に応じて段階的に集めたい場合(→ワラントで解決)、など、普通株式以外の手法を使うことによって、会社と投資家のニーズをうまくマッチする架け橋となり、一見解決困難な資金調達を意外とうまく成し遂げることが可能となります。既にこのような資金調達手法の基礎知識は、経営の一般知識として必要なレベルまで普及してきていますので、これを機に改めて検討してみてください。

次回コラムでは、手法はわかったけど、そもそもその基礎となる会社の価値ってどのように決まるのか、について解説させていただきます。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部

専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。
業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。