「事業計画はありますか?」

これまで企業価値評価を行うにあたり何百もの事業計画を見てきましたが、実にさまざまなタイプが存在します。ベンチャー企業(そうでない会社でも)では、作成していないというところも存在します。

これまでのコラムで、2度、「資本政策とは」と「株価の決まり方」とで事業計画の必要性について説明させていただきました。資本政策コラムの第6回は、もう少し根本的な視点と広い視点の両面で事業計画がなぜ必要なのか、どのように作成すべきなのかについて解説させていただきます。

事業計画ってなぜ必要なの??

ここを間違えると、事業計画はただの数字の羅列になってしまい、なんの意味もありません。

事業計画は、企業のステージごとに意味合いが異なってきますが、簡単に言いますと、「経営者が構想している事業展開を整理し」「社内外に」数値をもって説明するための基礎資料となります。

つまり、これがないと、事業構想を具体化するための戦略を立てることも、外部投資家を説得することも、社内に向けた具体的な指示も出せないということになりますし、そもそも、将来像を具体的に想定しないのであれば事業を立ち上げて運営する意味がありません。さらに、事実が想定から離れれば、その原因を分析し、軌道修正することを繰り返していかなければ、構想した事業成長を実現することは普通はできません。

事業構想を現実化するためには、現在の経営環境を冷静に分析しつつ、その上でどのように事業を大きく育てるか、そのために必要となる投資(設備投資のみならず人材投資や在庫投資も含む)はどの程度必要かをファクトベースで積み上げて、将来の損益やキャッシュ・フローの計画に仕上げていく、すなわち、事業計画を作成する必要があるわけです。

それではここで、一旦根本的な議論を敢えて置いておいて、事業計画を作成することの必要性を場面場面で説明します。

➢ 資金調達(増資も融資も)に

事業を立ち上げ、規模をスピード感をもって拡大していくためには、通常、資金調達が必要となります。株式を発行して資金調達する場合には(言い換えると、キャピタルゲインを期待する投資家を説得するためには)、事業がどの程度、どのような速度で成長することが想定されるのか、そのためにはどのような投資いつ、いくら必要となるのか、そのための原資は営業キャッシュ・フローと外部調達とどの程度のバランスで必要となるのか、上場がいつ頃見込めるのか、といった事項それぞれについて一定の根拠をもとに説得力をもって説明する必要があります。

金融機関から融資を引き出すためには、返済原資となる営業キャッシュ・フローの安定性を、根拠や実績をもって説明する必要があります(そのため、そもそも研究開発系のベンチャー企業などでは、融資は選択肢にはなりませんが…)。

言うまでもなく、事業計画がきちんと作成することが、これらを実現するための最低限の手段となります。

➢ 増資、M&Aやストック・オプション発行検討のための株価算定にも

前回の「株価の決まり方」や、前段の「資金調達に」でも説明したとおり、ベンチャー企業においては、株価は、事業が将来どの程度キャッシュを、どの程度の確度で生み出すのかで決まるのが基本的な考え方です。

「将来どの程度キャッシュを、どの程度の確度で」は、事業計画によらなければ説明することができません。

➢ 資本政策検討のためにも

何度かご説明しておりますので端折りますが、資本政策は、現状の株主構成や直近の決算を把握し、事業計画(損益計画、資金調達計画等)と上場後に理想とする株主構成とを比較することにより、作成されます。

事業計画はここでも不可欠となります。

➢ 業績管理にも

ベンチャー企業では、業績管理が適切に行われていない、または、例えば月次で業績管理を行っていても、漫然と過去との比較のみを行っているということがよくあります。

業績管理は、事業構想を実現するための中期の事業計画をもとに、当期予算を過去の実績データに基いて利益レベルで月次単位で作成し、売上やコストの見積りから月次実績が乖離すれば、その原因を分析し、スピーディに軌道修正することを繰り返すことにより、予算達成を行うプロセスです。

これを実行するためには、経営トップが事業を構想し、中期経営計画に落とし込み、売上でいえば営業部門の責任者を中心に、各営業マンがコミットできる数値を積み上げ、原価でいえば製造部門が、販管費でいえば管理部門がコミットして数値を積み上げて予算化することが重要です。(会社のステージにもよりますが、少なくとも上場を目指すような段階にまで来ていれば)このようにしてすべての部門が予算責任を負う体制が整わなければ、事業計画達成の説得力に欠けてしまいます。

そのため、このような体制の構築は、自社の事業成長のためでもあり、外部への説明力のため、すなわち、資金調達、上場のためにも必要となるわけです。

➢ 上場準備のためにも

マザーズ等の新興市場に上場するためには、上場を申請する会社が高い成長可能性を有していることがそもそもの要件であり、上場手続きにおいては、成長性を外部者が理解するために、上場申請書とは別に「高い成長可能性に関する説明書面」を提出する必要があります。そして、高い成長可能性を有しているかについては、主幹事証券会社が判断し、その判断を前提としつつ、取引所が上場審査を行うルールになっています。

そもそも上場をする目的は、事業に高い成長性があり、それを実現するための資金調達を行うためにあるわけですが、主客転倒し上場自体がゴールにならないよう、真剣に事業に向き合って事業を構想し、実現の絵を具体的に描いていくことが制度上も求められているのです。

また、前段の業績管理の話にも直結しますが、昨今では、上場時に発表した当期予算を、上場直後に下方修正することが大きく問題視されており、主幹事証券会社も取引所も、事業計画の確度の説明や、それを支える実行体制、業績管理体制が構築、実際に運用されているかをかなり重要視するようになっています。

どのように作成すべきなのか?

ここまでがご理解いただけたのでしたらこの先は説明不要かもしれませんが、事業計画は、ただの感覚的な売上目標ではありません。自社の事業のマーケットを分析し、強み弱みを分析し、売上を形成する要素ごとに、実績を積み上げて作成し、または、計画と実績との差異を分析し、軌道修正することにより更新していくことが必要です。

例を挙げて作成過程を概説すると、例えば、ITアプリの事業だとしたら、まず、ビジネスモデルを分析し、既存の他社サービスと比較してどのような差異があるのか(今まで現実に起こっていたことを新たなITアプリによりどう便利にしていくのか)、既存サービスを含めた市場規模が今後どのように変化してくのか、その中でどのような事業展開、成長戦略を描いていくのか(ここでは、市場絵図やゴール絵図だけではなく、現状とゴールを結びつける「ストーリー」がとても重要。ストーリーがなければ誰も信じない。)、より具体的に、どのようにマーケットを拓くのか(あまりに広告宣伝に頼った計画では、広告効果の実績をもって説明できる場合を除き、信頼性低いので注意)を整理し、売上見込みを計画に落とし込みます。

そして、その実現に必要な人員計画(採用計画も)、設備投資計画、広告宣伝、研究開発費等を整理し、損益計画を作成し、これらを裏付ける資金計画を作成するというのが大まかな流れです。

新規性の高いビジネスの事業計画はどうやって立てるか

事業計画が必要と言われても、新規性が高く、マーケット自体を作っていくようなベンチャー企業においては、そもそも売上の見積りから困難であり、事業計画が立てられない、という声もよく聞かれます。

仰ることもよくわかりますが、事業計画を立てないまま経営するということは、目をつぶって走り続けるようなもので、やはり合理的な仮定をいくつか置きながら、ありうるひとつの現実的な事業計画に落としこむことが経営の大前提といえます。

また、事業計画は、これまでお話したとおり、社内外さまざまな重要な局面で用いることとなります。説得力を持たせるためには、ほぼほぼ確実な保守的な事業計画と、実行準備中の事業プランが実現した場合の積極的な事業計画など、複数パターンを予め検討しておくのが、さまざまな経営局面で合理的且つ一貫した説明を行うひとつのコツかもしれません。

事業計画は、本コラムの副題のとおり、ファクトを積み上げ、今後の展開をファクトに基づいたストーリーをもって説明し、運用管理体制を実際に構築し、それを説明することによってようやく意味を持ち、事業にも意義が生まれるのです。

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専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部
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