専門家による資本政策コラム第3回、「資金調達方法について」後編です。

(前編)は、よくある「支払いが生じないので株式での調達が最も有利です」「株式での調達コストはタダ」(?)という考え方についての整理や、スチュワードシップ・コードとROE5%について解説しました。

今回は、株式発行を行う際に、資本コスト以上に考えるべき「希薄化」について、そして、起業家にとってVCはよいパートナーか?資金調達の検討に必要なステップについて解説します。

さらに重要な「株式の希薄化」ってどういうこと?

株式の発行を行う場合、資本コスト以上に考えないといけないことがあります。

株式を発行すると「希薄化」するといわれます。

希薄化には、経済的な意味での希薄化と経営権の希薄化の2つの意味があります。

まず経営権の希薄化は、株式を追加で発行することにより全体の議決権数が増加することによって、既存株主の持分が下がることをいいます。

経済的意味での希薄化は、株式を追加で発行することにより全体の株式数が増えることにより、既存株主の会社が稼いだ利益やキャッシュの分配割合が下がることをいいます。

例えば、株式の価値の目安となる、1株あたり純利益や純資産が下がります。もっとイメージしやすくいうと、時価総額100億円で上場しようと考えているケースで、発行済株式100株のうち50株持っている創業オーナーは、50億円分の株式を持つに至るわけですが、上場に至るまでに増資をし、発行済が150株になっていると、50株分の価値は、約30億円になります。20億円分が希薄化し、他の株主に帰属してしまうわけです。

安易な増資は、経営権も将来の上場益も大きく失うことになります。

そこで、これまでのコラムでご説明してきた資本政策の検討が重要になってくるのです。

起業家にとってVCはいいパートナーか?

株式による増資は、もちろん悪いことばかりではありません。

これまでのお話を踏まえながら整理していきましょう。

成長企業においては、設備投資、運転資金など、一時的には企業の現在の実力以上の資金が必要となる局面があります。資金調達手法には大きく、株式による増資と、金融機関からの借入れがあります。

・借入れによる資金調達

借入れは、資本コストこそ株式よりも低いものの、投資家はどのような考え方になるでしょうか。

貸付けを行う投資家は、会社が儲かろうが、損しようが、利息と元本しかもらえません。そうすると、とにかく利息と元本が確実に回収されるか否かが重大な関心事となります。

「晴れた日に傘を差し出し、雨の日に取り上げる」なんていうドラマのセリフもありました。金融業務はさまざまな意味で信用で成り立っていますから実際にそこまでひどい金融機関はありませんが、資金調達を行う企業は債権者の考え方を十分理解し、借入れ前も借入後も、このような考え方をもとに投資家(債権者)と向き合っていくことが大切になります。

・株式発行による資金調達

株式による資金調達を検討するにあたり、一般的に、第一に創業メンバーとその関係者や取引先等の事業パートナーが候補となり、次に検討の俎上に載るのがベンチャーキャピタルになります。

株式発行による安易な発行は、経営上の大きなリスクとなることはこれまでお話しました。

しかし、投資家の期待利回りが高いことは必ずしも悪いことばかりではありません。投資家は、自らの期待利回りを実現するために、積極的に経営に関与してくれる場合があります。

すなわち、VCは、単に資金の拠出者となるだけではなく、上場という共通の目的を達成するための経営のパートナーとなりうる存在です。ノウハウや人脈、事業提携先などのネットワークの提供、事業上や管理面での具体的な協力が得られることもあります。

そのため、VCから資金調達を行う場合、資金調達の条件のみならず、事業上どのような寄与をしてくれそうか、経営にどの程度の関与が見込まれるのかなど、パートナーとしての適格性を十分に検討した上で、選定することが重要となります。

そして、これらを検討するための背景として、VCがどのような投資戦略を持っているか、つまり、何年でどのようなEXIT(株式の売却)を計画しているのかを十分に理解しておく必要があります。これと関連し、ストック・オプションの発行、他のVCやその他関係者への増資をどれくらいの許容してくれるかといった資本政策の考え方の共有が可能かも確認しておく必要があります。

資金調達の検討に必要なステップ

最後に、資金調達の検討に必要なステップをこれまでのコラムを交えて整理しますと、まず、根本的には、資金使途の性質と事業からのキャッシュ・フローの実績、担保性資産の有無を考慮する必要があります。

リスクの高い事業投資の資金であればそもそも借入れは困難ですし、一定程度安定した事業の一時資金であれば融資の可能性も出てきます。

借りられる資金使途であったとしても、事業からのキャッシュ・フローの実績と会社または経営者に担保となる資産があって初めて、融資の可能性が出てきます。

これらのいずれかが希薄であると、借りることができないか、高い金利を要求されますし、経営者の担保の差入れや個人保証も要求されます。

実際には、これらの要素によって株式発行による資金調達と銀行借入による調達の組み合わせが必然的に決まるわけです。

今回のコラムでご説明してきたとおり、株式発行には有形無形の大きなコストがかかりますので、リスクのない事業なら借入れでよく、VC等からの出資は不要です。事業リスクが高い投資や担保性資産がないなどで融資が得られない場合や、融資は得られるけれども条件が悪い場合などに初めて、株式による資金調達も検討の対象となるのです。

ここで、(前回のコラム)でご説明したとおり、

VCから株式による資金調達が可能であるとしても、本当に上場を目指すべきビジネスモデルなのか、を真剣に考える必要があります。時に、融資による個人保証のリスクとの天秤で、多額の資金を拠出してくれるVCからの提案に目が眩んでしまうことがあります。しかし、まずは自社の事業の可能性を十分に省みることが重要です。

そして、VCからの資金調達を受け入れる意思決定をしたとしても、(前々回のコラム)でご説明したとおり、

いつ、何株をいくらで、発行するかは、事業計画とリンクした資本政策を十分に検討した上で、決定する必要があるのです。実行したら後戻りはできないのですから。

最後に、今回のコラムでご説明したとおり、

VCを決めるには、企業戦略とVCの投資戦略が合致しているのかについて、きちんと向き合うことが必要です。担当者の人柄、本当にパートナーとして付き合っていけるかも重要ですね。

次回コラム:資金調達の変化球

さて、今回は基本に立ち返って根本的な資金調達の考え方、ストレートの投げ方についてご説明をしました。今般、資金調達の手法には種類株を始めとしてさまざまな変化球が開発されており、覚えておけば経営上の大きな強みとなりますので、解説していきたいと思います。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部

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