前編では、IPOとM&A、非上場会社のままといった選択肢について、どちらが会社を成長させられるのか、といった観点で整理していきました。後編は、どちらが儲かるのか?やその他の考慮事項について整理し、どういった選択肢をとることが得策なのかを考えていきます。専門家による資本政策コラム第2回の後編です。

上場して株主からプレッシャーを受け続けるのか。それともシリアルアントレプレナーになるのか。社用車を乗り回して高級なオフィスに社長室を構えるのか。多角化して自由に経営資源を投下していきたいのか。大きな調達により急激に事業をスケールさせたいのか。それぞれの選択肢の先に、どのような道がありうるのでしょうか?

(前編はこちらから

IPO、M&A、どちらが儲かるのか?(と付随する事業上のメリット)

└IPO

IPOの結果的な(且つ人によっては最大の)メリットとして、創業オーナー、ベンチャーキャピタルなどの株主、ストック・オプションを持つ役職員が、IPO時とその後に、株価が上がった分の(時に多額の)利益を確保することができます。これとも相俟って、IPOに向けて社内は団結し、ベンチャーキャピタルからは各種経営上の協力を仰ぐことも可能となります。IPO後も事業が成長し続け、市場に評価されれば、確保できる利益はその分上がっていきます。しかし、創業オーナーはIPOした途端に全株を売却するわけにはいかず、一部支配権を維持しながら株式を順次段階的に売却していくことになります。

└M&A

M&Aは合意すれば成立します。成立すれば株主の株式は(100%売却であれば一気に)キャッシュ化されます。M&Aはものの数ヶ月という短期間で行われることも多いですし、IPOに適さない小規模な事業規模や、必ずしも成長トレンドでない安定的な状態であっても可能です。

また、IPOに適した社内体制構築を要求されないので、一般論として、IPOに比べて負担が少なくて済み、ヒト、モノ、カネ、時間といった経営資源を事業運営に集中し続けることができます。そのため、短期的には、IPOに関連するこのようなコストの分を抑えた利益を出すことができ、高い株価評価を得ることもありえます。

└結論

これも先ほどと同じ視点で、継続的に拡大、成長していくことができる事業であれば、IPOによる段階的な株式売却の方が、結果的に株主は儲かる可能性が高いです。経営者にそのような自信がなければ、他社へ経営を委譲することによる、短期での経営権の換金の方が儲かることも多いといえます。

➢ 他の考慮要素は?IPOの事業上のメリットと上場コスト

IPOを行う事業上のメリットは、知名度が大きく向上することにあります。上場企業との看板により集客力が増すこともありますし、採用の面でも優秀な人材が集まりやすくなります。これらの効果とも相俟って、従業員の士気が高まるのも魅力です。

また、上場審査をパスして公開企業となるためには、業務の有効性や効率を高めつつ、コンプライアンスを遵守し、適正な財務報告を行うための内部管理体制を構築することが必須となります。このことは、事業上の不正を防止し、社会的な信用を高める大きなメリットがある一方で、さまざまな制度構築や人員確保、ドキュメントの作成といったヒト、モノ、カネ、(数年単位の)時間といったコストがかかるデメリットがあります。IPO後においても、継続的にいい条件で資金調達を行うために、業績等の適切かつ十分な情報開示(リリース)を適時に行っていかなければなりません。

また、常に株価を上げ続ける使命を負うため、業績向上・企業価値向上へのプレッシャーを各所から受けることとなり、短期的な利益志向に走りがちとなるといわれることがあります。(上場企業がもう一段大きな成長をするために、多額の設備投資が必要になったり、一時的に業績が不安定になるような場合には、MBO=経営者による株式の買収による非上場会社化を選択するケースもあります。)

M&Aのメリットは、こうした手間が必ずしもかからないところにもあります。

➢ 非上場会社のメリット。支配権プレミアム

非上場での自力、単独経営では、これまで紹介してきたような資金調達力向上や他社との融合による急成長のメリットは享受できず、自前の経営資源による経営を行うこととなります。ただ、自力で会社を大きく成長させられるのであれば、誰に何を言われるでもなく自由に経営を行い、利益はすべて享受できます。例えば、会社が10億円儲かっても、上場会社のオーナーや経営者がポケットに入れられる金額には限りがありますが、非上場会社では、文句なく全額ポケットに入れてよいわけです。

余談ですが、M&A関連の用語で、「支配権プレミアム」や「コントロールプレミアム」というものがあります。株式を買収する際に少数株式の売買と過半数や2/3の株式を一度に取得する場合とでは、一度に取得する場合の方が高い価格となる場合があり、この価格差を支配権を得るためのプレミアムを支払うと表現するわけです。この支配権プレミアムの理論的な源泉は、非上場企業のオーナーは、会社の資金負担で、社用車を乗り回す、高級なオフィスビルに社長室を構えるといったことも可能になるかもしれず、このような個人的な便益にあるという考え方もあります。IPO等を一切目指さない非上場経営での成功を最初から目指すのも悪くないかもしれません。

結局どこを目指すのが得策なのか。結果として事業成長につながる道は?

IPOの件数は2009年に19件だったのを底として、2014年には77件にまで回復していて、IPOマーケットは過熱だとかブームだとかいわれることもあります。

一方で、ベンチャーキャピタルのExitデータをみると、その7割がM&Aによる株式売却となっています。これは、大手IT企業を中心に、自社の将来の成長可能性を模索するための青田買いを多数行っているからといわれています。

つまり成長企業であるならば、今ならどの道でも選べるという状況です。次々と事業を立ち上げては、上記のような企業に事業を売却し、より大きな資金を確保してはまた次の事業を立ち上げる、いわゆるシリアルアントレプレナーという言葉が若手起業家の間で憧れを受ける言葉として広まっています。

このような中で、最初からM&AによるExitを企図して事業を開始する風潮まで出始めていますが、迷っている場合こういう考え方はいかがでしょうか。

M&AによるExitを企図して起業し、つまり、お手軽簡単なExitを目指しながら、急にIPOを目指すのは難しいです。そのような起業家は、短期成長には自信があるけれども、中長期的な成長の絵はかけない、かくつもりがないこともあります。

一方で、IPOを目指していた企業が声をかけられてM&Aに切り替えるのはよくある話ですし、IPOを考えて中長期的な成長ビジョンやそのために必要な投資や社内体制を整理できている企業がM&Aにシフトした方が、漫然と、うまくいったらM&Aかなぁと経営していくよりも、実際の売却時の価値が上がるかもしれません。

もちろん、一番難易度が高く、一方でメリットが魅力的なのはIPOです。難易度が高いといったことの意味は、事業成長(及び事業リスク)のビジョンが言葉でも文章でも第三者に説明できるレベルまで明確化、具体化されていないといけないし、そのビジョンは、中期(3~5年)、長期(5年以上)、かつ事業のステージごとに持っておく必要があります。

独立したい、とか、なんとなく事業化できそう、という勢いで起業するケースが普通であり、この瞬間儲かる事業に全力投球するのが普通である中、自社の事業を分析し、どのようなスピードでどこまで伸びていくものかを明確化するのは大変です。しかし、成長の絵を真剣に考えるために一度IPOを構想することが、結果として具体的な事業成長に繋がりうるということがあり、その後の方向転換も容易ですので一度考えてみてはいかがでしょうか。

ただし、「なんとなくIPO」で、なんらか具体策を実行するのは最悪ですのでご注意ください。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部

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