「ストック・オプションをあげるから」
ベンチャー企業では、この言葉で多くの人材を集めることができます。

いまやストック・オプションは誰でも知っている一般的な制度といえます。
しかし、実際に実行を検討してみると、法律・会計・税務はかなり複雑で、間違った(状況にマッチしない)ストック・オプションを発行して取り返しがつかない程課税されるなど、失敗例が尽きません。

意外にも、これだけストック・オプションが汎用的に用いられているにもかかわらず、法律・会計・税務・その他運用実務を横断的にアドバイスできる専門家は多くなく、税務上不利益を受けたり、想定していたような効果が得られなかったりすることがよくあるのです。

そもそもストック・オプションとは?どのような効果が得られるか

ここは「ストック・オプションってよく聞くけど、実はいまいちよくわかってない」という方だけお読みいただき、ご存知の方は読み飛ばしてください。
ストック・オプションとは、株を一定の条件のもと、予め定められた価格で買うことができる「権利」のことをいいます。

もらう人からすると、「予め定められた価格」というところがポイントで、例えば、株価が1万円の時に発行されたストック・オプションを持っていれば、株式が上場して10万円で取引されるようになっても、1万円で株を買うことができますから、1万円で株を買ってすぐに市場で10万円で株を売れば9万円儲かる仕組みとなります。

あげる人からすると、「一定の条件のもと」というところがポイントになります。ストック・オプションをあげるのには、株価連動型の報酬を渡すことによりもっと会社にコミットしてもらったり、通常業務の中では「売上」しか意識していない人にもう一歩「利益」や「株価」といった経営者が指標とする目線を意識してもらったりという効果を狙う理由があるわけです。

そこで、ストック・オプションにうまく条件を付けることによって、このような経営者の目的をさらに明確に伝えることができるのです。付ける条件には、「営業利益が1億円を超えるまでは権利行使できない」「上場するまでは権利行使できない」といったものが考えられます。

ベンチャー企業にとってのストック・オプション。経営者の姿勢を示す

ストック・オプションは、企業の成長ステージ、誰に渡すか、どのような条件設定にするかによって、インセンティブや資本政策などさまざまな効果を狙うことができます。

ベンチャー企業は、知名度が高くなく、現金報酬も多額には支払えないことも多い中で、狙った人材をどのように採用できるかが課題となります。そこで、ストック・オプションが活用できるのです。

株価が上がる場合に機能するのがストック・オプションですから、適切なタイミングで発行するのが効果を高めるコツとなります。企業の成長ステージの中で、時価総額が数千万から始まって、短い期間の中で数億、数十億と何倍(場合によっては何十倍)となるのは、一般的にはベンチャーのステージだけであり、ストック・オプションはもらう人にとって魅力的に映ることとなります。
ストック・オプションが魅力的であれば、経営者の発行目的を効果的に反映することができることになります。

ただし、現金報酬を節約するためにだけストック・オプションを用いるのでは意味が半減となってしまいます。株式報酬を与えるということは、経営者の姿勢を示すことにもなります。すなわち、自身が立ち上げたベンチャービジネスの新規性、潜在的なマーケットの存在、その中での成長性を夢を持って語り、同じ船に乗ることを誘うことによって、ストック・オプションは、採用という観点からも、コミットメントを引き出すという観点からも本当に意味を持つことになります。

なお、外部株主が入る前のベンチャー企業限定の話ではありますが、予め創業オーナー自身にもストック・オプションを付与しておくことによって、将来、想定以上に株式を発行することになった場合に、持株比率を低い値段で回復する保険としても使うことができます。

ストック・オプションの留意点。課税のタイミングに要注意

ストック・オプションは、会社が労働サービスという役務を受ける対価、すなわち報酬として整理されています。そのため、法律、会計、税務において、この整理を前提とした取扱いが求められます。

法律面でいいますと、会社法上、役員を対象者とする場合には、役員報酬として株主総会で付与理由を説明し、株主に理解を得なければ発行できません。会計面では、発行したストック・オプションの公正な価値を企業の人件費とみなして費用計上しなければなりません

そのため、キャッシュアウトがないと思って大量のストック・オプションを発行すると営業利益が大きく減ってしまう結果になります。ただし、非上場会社では、公正な価値の計算において特別な取扱いが認められていますので、発行時の株価以上にストック・オプション権利行使時に株を買うための価格を設定しておけば費用計上はありません。

税務上は報酬ですから給与所得として課税されます。この課税のタイミングと計算方法が問題で、まず課税のタイミングは、「権利行使をした時」です。権利行使して得た株式をすぐに売却できる人はいいのですが、役員または一定以上のポジションの従業員は、一般的に株式を長期保有することが求められますし、上場後はインサイダー情報を持っていることも多いので、株をすぐには売却できないこともあります。
にもかかわらず、権利行使したタイミングで納税だけ先行することになり、ましてや権利行使するということは株を買うためにお金を払うタイミングですから、ダブルパンチを受けることになります。

また、税金の計算方法は、簡単にいいますと、権利行使時の株価と権利行使により株を買うために支払った価格の差額が所得が発生したとみなされます。当然、権利行使する時には株価が大きく上がっていますから、高い所得として課税計算することになります。その際の税率はといえば、給与所得ですから、累進課税が適用される結果、最大約55%となるわけです。
課税のタイミングが権利行使時だということも併せて考えると、時に何千万円の納税が先行して発生し、現金を回収できるのは何年も後、ということが起きるのが容易に想像がつくと思います。

ストック・オプションの税制適格とは?

このような制度だけでは、企業を、引いては経済を活性化させるためのストック・オプション制度の活用場面が限定的になってしまいます。

そこで、税制適格という税制優遇制度が設けられています。一定の要件(税制適格要件)を満たせば、課税のタイミングは、(権利行使時ではなく)株式売却時、つまり、お金を受け取って初めて課税されることになり、税率は、(給与所得ではなく)株式等の譲渡所得として約20%の固定の税率となります。

それでは、税制適格となる要件とはどのようなものでしょうか。細かくは10以上の要件があるのですが、留意すべき代表的なものをいくつか挙げますと、下記のとおりです。

➢ 内容発行の要件

  • 新株予約権の権利行使価額を、付与契約時の株式時価以上に設定すること
  • 行使期間は、付与決議日後2年を経過した日から10年経過日までであること

➢ 付与対象者の身分要件(非上場会社の場合)

  • 新株予約権付与決議時に、発行済株式の3分の1超を保有する大口株主に該当しないこと

➢ 権利行使の要件

  • 権利行使者の権利行使金額の年間合計額が、1,200万円を超えないこと

ここでのポイントは、創業オーナー(大口株主)や権利行使金額の年間合計額が1,200万円を超えてしまいそうな一定以上の経営層が税制適格にならない、ということです。

本来、ベンチャー企業の経営に最もコミットし、ストック・オプションのメリットを受けるべき経営層は、先にご説明した、不利な課税体系でしかストック・オプションを受けられないということなのです。

ストック・オプション制度設計の相談先

ここまでご説明してきたとおり、ストック・オプションは、採用、社内インセンティブ、資本政策と、さまざまな場面で使うことができます。

しかし、発行意図を適切に機能させるためには、企業のステージや現状の株価を意識した発行時期、付与対象者の選定、付与対象者にどのように説明して付与するか、が非常に大事であり、また、将来の増資やIPO、ストック・オプション発行を考慮した株主構成を意識して発行株数を検討しないと、後で取り返しがつかなくなります。加えて、法律、会計、税務の留意事項を考慮しなければ、さまざまな制度上のデメリットに直面することになります。

冒頭の繰り返しですが、ストック・オプションは一般的な制度ですから、ベンチャー起業支援をしている専門家や投資家であれば詳しい人もいる一方で、法律・会計・税務・その他運用実務をすべて横断的にアドバイスできる専門家はそう多くはないのが現状です

税務上不利益を受けたり、想定していたような効果が得られなかったりすることがないよう、慎重に検討すべきであり、専門家や投資家が示してくるプランが本当に最適なのか、不安を感じれば、違う専門家に改めて確認し直す必要があるかもしれません。

また、どうしてもストック・オプションを渡したい人が税制適格にならないということもあります。このような時には、まったく別の発想、すなわち、新株予約権を使った持株会のような考え方を採ることができれば、一転、解決することがあります。俗称で時価発行新株予約権とか、有償ストック・オプションと呼ばれる方法です。
これについては、次回説明させていただきます。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部
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