前回「魔法の報酬ストック・オプション」の回で、ストック・オプションのメリットとデメリットを確認し、ベンチャー企業にとって、ストック・オプションは利用すべきツールであることを解説しました。

企業価値の向上に応じて経済的利益を分配できるストック・オプションは、上場企業でも、これから上場を目指す企業でも、人を集め、従業員のコミットメントを引き出す魅力的なインセンティブ・プランです。現金報酬と違い、ストック・オプションは、会社がキャッシュ・アウト(現金支出)しないため、キャッシュ・フローの観点からベンチャー企業にとって有力なツールとなります。

しかし、ストック・オプションは、会計・税務・法律の制度上の留意点が存在し、これらの検討が煩雑なため、結局導入できない会社が多い実態もあります。そもそも、ストック・オプションをもらった人は本当にモチベーションが上がるのか、という実際の経営現場からの声もあります。

そこで、経営に対する関心を高めるため、資金を負担させる時価発行新株予約権、通称有償ストック・オプションを発行する企業が増えています。上場企業では2015年までに約420件、非上場企業の事案は公表されないため正確には把握できませんが、併せて少なくとも600件以上が導入されているものと考えられます。

今回のコラムではなぜ無償ストック・オプションではなく、有償ストック・オプションを発行する企業が多いのか、その制度概要とメリットについてストーリーを通して解説させていただきます。

A社のストーリーからわかる無償ストック・オプションのデメリット

時価総額30億円、売上高50億円、営業利益1億円、従業員300人程のIT系ベンチャー企業A社は、上場後初めての12月期決算を迎え決算発表を行い、間もなく定時株主総会がやってくる3月にいます。

上場した目的は、売上高50億円まで成長してきたところ、既存サービスは伸ばしながら、上場により調達した数億円の開発資金を投下することにより、関連する新規性の高いサービスを展開し、両サービスにより数年で売上高100億、営業利益10億円の企業に成長させることにありました。その上で、一部上場を果たしたいとの目標を持っています。
ここで、資本政策の観点からは、既存サービスの拡大、新規サービスの開発・展開のための資金と人材の確保が課題となります。

そうなると、まず活用したいのが無償ストック・オプションです。当社の経営陣は、ストック・オプションをうまく活用することにより、キャッシュ・アウトなく、優秀な経験者を集め、また、社内人材のより積極的なコミットを引き出すことを検討しています。

そこで、制度について具体的に調べることにしました。しかし、その結果、得られたのは下記のような不満でした。

  1. 費用計上による損益に与える影響が大きいため、発行枠が想定より小さくなる不満
  2. 1年後の株主総会まで待たないと発行できないという不満
  3. 一部の付与対象者は税金を先払いしなければならず税金も高額となるという不満
  4. まんべんなく渡そうとすると頑張らなくても儲かる(導入効果がない)という不満

それぞれどういうことかを解説します。

① 発行枠が想定より小さくなる不満。費用計上による損益への影響

会計基準は、発行したストック・オプションの公正な価値を企業の人件費として費用計上しなければならないルールになっています。費用計上額の水準が問題になりますが、IT系ベンチャー企業を前提にすると、ストック・オプション1株あたりの価値は一般的に株価の50%~70%程度と想定されます。

ストック・オプションを発行済株式に対し約10%程度発行しようとすると、3億円(=時価総額30億円☓10%)の50%~70%の費用計上、つまり1.5億円から2.1億円の利益が減ってしまうのです。想定した規模を発行しようとすると、赤字に転落してしまうため、発行枠が想定より小さくなってしまうわけです。

② 1年後の株主総会まで待たないと発行できないという不満

会社法上、役員を対象者とする場合には、役員報酬として株主総会で付与理由を説明し、株主に役員報酬額を承認してもらわなければ発行できません。しかしながら、ストック・オプションのためだけに臨時株主総会を開くには、手間と費用がかかり過ぎるため、定時株主総会まで待たざるを得ません。

今は3月で間もなく定時株主総会がやってくる、というものですから、定時株主総会の招集通知は既に印刷されており、今さら議案を追加するのは難しい状況です。結局、来年の3月まで1年以上待たなければストック・オプションが発行できないということになります。

新規サービスの立ち上げを競合に先立って行い、スピーディに新たな市場を形成、拡大しなければならない当社にとって、1年も待たなければならないというのはあまりに機動性に欠けます。

③ 一部の付与対象者は税金を先払いしなければならない?高額な税金となる不満

これは前回のコラムでご説明しましたが、付与対象者が税制適格要件を満たせないということがよく起きます。そうなると、ストック・オプションを権利行使しただけで、最大約55%の課税が先行することになります。

設例に照らして説明すると、新規サービスの立ち上げのために採用した、他の上場会社で活躍した経験のあるマーケティングに専門性のある役員に、発行済株式の2%分のストック・オプションを付与しようとしたとします。

そうすると、発行済株式の2%分は時価総額30億円からすると6,000万円分であり、税制適格要件のひとつである「権利行使金額の年間合計額が1,200万円」という要件を満たすのが難しくなります。

その後、この役員の頑張りもあって、数年で売上高100億、営業利益10億円という目標が達成できたとしましょう。いよいよストック・オプションで儲けが出る時です。ここで時価総額は、300億円になったとします。そうすると、6,000万円分のストック・オプションは6億円分となります。この役員はすぐにストック・オプションを権利行使して株に替えることにしました。

権利行使するために6,000万円払って6億円分の株をもらったので、儲けは5億4,000万円です。しかし、これはすぐに全株式を市場で売却した場合に初めて受け取れるお金です。実際には役員が持ち株を一気に売ることはできず、一般的に経営責任の観点から株式を長期保有することが求められますし、上場後はインサイダー情報を持っていることも多いので、法律上、株をすぐには売却できないこともあります。

にもかかわらず、儲け(含み益)が出たので税金は払わないといけません。5億4,000万円も所得が発生していますので、税率は約55%となり、約3億円を現金で納税しなければならないということになります。既に権利行使するために6,000万円を支払ったにもかかわらず、税金も追加で払わないといけないわけです。さらに言えば、このように納税が先行した上で株を継続保有し、その後株価が下がるようなことがあれば目も当てられません。

これでは、企業価値向上のためのストック・オプションのはずでしたが、使いようがないという結論になってしまいます。

④ まんべんなく渡そうとすると頑張らなくても儲かる(導入効果がない)という不満

当社では先ほどの役員だけでなく、従業員にもモチベーションも上げてもらいたく、全従業員にまんべんなくストック・オプションを付与することにしました。上場会社の株式の最低取引単位は一般的に100株であり、100株の金額はだいたい5万円~50万円になるように調整されますので、ここでは1人20万円分が配られたとしましょう。この時の留意点は2つあります。

まず、ストック・オプションを配る経営陣の意図が伝わりきるかという点です。当社の従業員は100人です。もちろん経営陣の意図をしっかり汲んで、より会社への帰属意識を高めて株価や利益への貢献を強める方もいるでしょう。

しかし、広く配ろうとするとどうしても一人あたりの金額は比較的少額となってしまうこともあり、多くの方は「なんかストック・オプションというものが配られたよ。株価が上がったら儲かるらしいよ」という程度の反応で、働き方が変わるような反応には繋がりません。もう1つの留意点は、このような従業員の反応も相俟って結局頑張らない人が出てくるわけですが、他の頑張った人たちのおかげで、またはマクロの影響による市場動向で、株価が上がれば、頑張らなかった人も同じく儲かってしまうわけです。このようにちょっとした宝くじをただで配るようなやり方では、ストック・オプションを導入する効果は期待できません。

そもそも、ストック・オプションは将来の株価上昇に対するインセンティブですから、株価という視点で寄与度が高いと考えられる方にのみ、きちんと制度趣旨を説明した上で導入すべきで、他の方には、職務の内容に沿った他の報酬制度を導入する方がなじむと考えられます。

ここまでのまとめ

以上のように、無償のストック・オプションはさまざまな面から使い勝手が悪く、実務的でないと感じられる方多いのが現状です。

そこで、これらの課題を結果として解決するものとして、有償時価発行新株予約権、通称有償ストック・オプションが多くの企業に導入されているのです。

(後編に続きます)

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部
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