前回の前編
で、無償のストック・オプションが実務的でないとされていることを事例を交えてさせていただきました。

そこで紹介した実務上の不満は下記のものでした。


  ① 費用計上による損益に与える影響が大きいため、発行枠が想定より小さくなる不満

  ② 1年後の株主総会まで待たないと発行できないという不満

  ③ 一部の付与対象者は税金を先払いしなければならず税金も高額となるという不満

  ④ まんべんなく渡そうとすると頑張らなくても儲かる(導入効果がない)という不満

これらの不満を結果として解消するのが、有償時価発行新株予約権、通称有償ストック・オプションです。

前回もお伝えしたとおり、有償ストック・オプションは上場企業では2015年までに約420件、非上場企業の事案は公表されないため正確には把握できませんが、併せて少なくとも600件以上が導入されているものと考えられます。

今回は、なぜこの有償ストック・オプションが多く導入されているのか、その概要と、どのような制度になっているかを解説させていただきます。

有償ストック・オプションとは?

有償ストック・オプションとは、投資家に割り当てる資金調達目的の新株予約権(ワラント)と同様に、役員従業員に資金を払わせて発行する新株予約権です。役員従業員が資金負担する投資という意味では、役員従業員が自社株を購入する持株会と似ています。

ベンチャー企業でも導入できる持株会制度は、役員従業員の資産形成を目的にした制度であり株価が上がり資産形成されることを狙って、従業員が自社株に投資するものです。会社としても役員従業員に企業価値及び株主価値の上昇に対する投資機会を与えることで、従業員に株主目線の重要性を自覚させることができるというわけです。

有償ストック・オプションの目的は持株会と同様であり、投資対象が株式ではなく、新株予約権という「株を買う権利」に投資してもらう点が持株会との違いです。

持株会と比較したメリットは、新株予約権は株式よりは安いので、初期投資が限定的である点です。株式に投資すると株価の下落リスクをそのまま負う(例えば、10,000円で投資したものが1,000円になれば9,000円の損失が出る)わけですが、新株予約権への投資であれば、株価が下がれば一定の初期投資分が損失になるだけで、それ以上の損失は出ません。そのため、新株予約権の条件と値段が納得できるものであれば、役員従業員にとっても比較的投資しやすいのです。

また、会社としても、まず非上場会社においては、上場が不確実な時期に株式が分散してしまうのはよくありません。株主総会の運営が煩雑となっていきますし、なによりも株を持った従業員が退職することになった際などに、誰がその株を買い取るのか、いくらで買い取るべきなのかという問題が生じます。新株予約権であれば、行使の条件として退職後は行使できない等としておけば、このような事態は生じません。

上場会社を含めた有償ストック・オプションメリットについては、以下で制度面とともに、無償ストック・オプションで解説した不満との対比で説明するとわかりやすいかと思います。

① 費用計上による損益に与える影響が大きいため、発行枠が想定より小さくなる不満

無償ストック・オプションは、そもそも役員従業員に対する報酬(つまり、労働サービスの提供の対価)として整理されているため、発行したストック・オプションの公正な価値を企業の人件費として費用計上しなければならないルールとご説明しました。

一方、有償ストック・オプションは、従業員等が投資として現金支払いにより新株予約権を購入するので、発行会社にとっては現金を対価として有価証券を発行する取引となります。そのため、基本的に労働サービスを対価とする取引ではないため、労働サービスを人件費として計上する必要はないと取り扱われています。

② 1年後の株主総会まで待たないと発行できないという不満

会社法上、役員を対象者とする場合には、役員報酬として株主総会で付与理由を説明し、株主に理解を得なければ発行できず、ストック・オプションのために臨時株主総会を開くわけには普通はいきませんので、定時株主総会を待つ必要があり、最長で1年待たないと制度導入できないことをご説明しました。

有償ストック・オプションは任意の投資制度で役員報酬ではないと整理されていますので、取締役会のみで機動的に発行ができます。

なお、非上場会社では、株式の譲渡が制限されていることとの兼ね合いで、新たに新株予約権を発行するにはいずれにしても株主総会が必要となりますが、非上場会社では、株主数も少なく、臨時株主総会も実施が容易でこの点は問題にはならないケースが多いと思います。

③ 一部の付与対象者は税金を先払いしなければならず税金も高額となるという不満

無償ストック・オプションは、税制適格要件を満たさないと、ストック・オプションを権利行使して株に替えた時に給与等として課税を受け、実務上、納税が先行する結果となることがあることをご説明しました。これは、税務上、新株予約権を無償で取得する場合は、取得者に経済的利益が発生していると解釈され、本来取得時に課税されるのですが、便宜的に新株予約権を株式にした時に課税する取扱いになっていることによります。

有償ストック・オプションの場合、現金を支払って有価証券を購入しており、何ら経済的利益を受けているものでないため、新株予約権の取得時と権利行使して株式に替えた時のいずれにおいても課税されません。最後に取得した株式を売却してお金を実際に手にした時に課税される仕組みとなっています。

したがって、現金支払いにより新株予約権を取得する場合には、税制適格要件の検討は必要ありません。但し、現金を支払っても、新株予約権の公正価値より低い額で取得すれば、経済的利益が発生し課税されるので、新株予約権の公正価値を事後的にも説明できるよう準備しておくことが重要です。

④ まんべんなく渡そうとすると頑張らなくても儲かる(導入効果がない)という不満

そもそも時価発行新株予約権(有償ストック・オプション)は、役員従業員に手金を払って新株予約権に投資してもらう制度ですので、薄く広くまんべんなくという発想で付与するケースは稀です。持株会が低額を毎月積み立てるようにして株を買っていくのとも異なり、新株予約権を1回で一定分を買うこととなります。

そのため、企業側としても、このような投資機会に意欲を持って取り組むべき方、すなわち企業価値への貢献度がより直接的と考えられる役員や幹部クラスの従業員であるとか、将来の企業価値を左右する新規プロジェクトに関与する役員従業員であるとかに付与する発想となるのが一般的です。

付与対象となった方も、無料でもらうストック・オプションと異なり、発行条件をよくよく吟味して、会社の将来像をイメージした上で投資することになりますから、無償ストック・オプションのように受け取る側がなんとなく受け取り、会社の意図が伝わらず導入効果が得られなかった、というようなことは起こらなくなります。

有償ストック・オプションの留意点

言うまでもなく、留意点は有償であることです。会社が無理に購入を強制することはできませんし、納得して購入してもらうため、よりきちんと制度を対象者に説明することが重要です。

そして、有償、といっても、いくらなのか、ということが問題となります。

一般的に新株予約権は、株価が下がっても損せず、上がったときだけ儲かるというものですから、値段はそれなりに高くなり、10,000円くらいの株価に対して4,000〜6,000円の価格がつくことになります。これでは負担が大きく購入が困難となります。ただし、これは新株予約権を株に替えるのにほとんど条件がないことが前提で、条件に厳しいものが付いているなどすれば、新株予約権の値段は変わります。

例えば、今1億円の営業利益の企業があって、その企業が3年後に10億円にならないと新株予約権を株に替えることができない、などという条件です。

条件が厳しければ厳しいほど新株予約権の値段は安くなり、条件次第で株価10,000円に対して新株予約権の値段は例えば1,000円にも、300円程度になることもあります。

この点は、先ほどの④の導入効果の点とも相俟ってメリットになります。付与対象者は、投資するにあたって、設定された業績条件を含めた会社の将来性をよくよく吟味することになります。熟考の結果手金を払って投資した方々が企業価値向上に貢献しようとするのは想像ができるところでしょう。

有償ストック・オプションの発展形

ここまで、有償ストック・オプションの導入が広がってきた背景を制度面や実態面からご説明してきました。

しかし、実は「④ まんべんなく渡そうとすると頑張らなくても儲かる(導入効果がない)という不満」のところの一部は解消しきれてはいないのです。それは、他の頑張った人たちのおかげで、売上、利益、株価が上がれば、頑張らなかった人も同様に儲かってしまうという点です。

有償ストック・オプションに投資したわけですから基本的に意欲の高い方であると考えられますが、権利行使が可能となるまでの数年間、意欲が維持されないことも起きえます。その場合に、結果として会社の業績・株価がうまくいくと、この懸念点が顕在化します。

特にベンチャー企業の経営者からすると、最後の数年まったく頑張らなかった方が、その他の努力した方々のおかげで大儲けするのは許せない、という感情が生まれます。

この課題を解決するために、有償ストック・オプションを信託しておき、最初に決めたルールに則って有償ストック・オプションが事後的に上場の目途が立った時点で分配される制度が1年半前に開発され、ベンチャー企業を中心に導入され始めています。

これについては次回のコラムでご説明させていただきます。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部
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