多くの担当者が頭を悩ませる資本政策。資本政策に解はないからこそ、会社の事業や人材、ビジョンや事業計画に応じてよく考えて設計しておく必要があります。また、資本調達手段やどのようなオプションがあるか、知っておくことで「よくある落とし穴」を回避することもできます。今回は、ベンチャーの財務担当者による専門家への相談事例について掲載いたします。

そもそもストックオプションはいつから考えるべきでしょうか?ストックオプション設計時に考えるべき税務的な事象とは?

今回は、大手上場企業から設立したてのベンチャーまで、国内でも有数の数多くのストックオプション設計をしてきた、本ジャーナルで資本政策の連載している山田昌史氏(株式会社プルータス・コンサルティング)への相談事例です。

【質問者】

私は創業期のベンチャーの財務担当者です。ベンチャーファイナンスについては勉強しているものの、実際に例えばストックオプションを考えるときの考慮点など考えておきたいことを一度整理したいと思っています。

ストックオプション設計は、早すぎることはない

Q:ストックオプションを導入する目的はどう考えればよいですか?

山田 昌史さん(以下、山田):

キャッシュが不安定なベンチャー企業にとって、現金報酬を抑制せざるを得ないのは言うまでもないでしょう。そこで、役職員からより強いコミットを引き出すため、または「採用の呼び水」として、株式報酬が有効となります。上場を目指している会社のストックオプションはやはり魅力的ですので、転職してもらうきっかけにすることができますし、会社としてはキャッシュアウトがありませんので、採用コストも押さえられます。

ベンチャー企業として、新たな潜在力を持つニュービジネスを成功させるという夢を共有するためのツールという言い方もあるかもしれません。

Q:ストックオプションを導入すると他にメリットはありますか?

山田:

現金報酬以上に、「株価を上げる」インセンティブを役職員に与える仕組みとなるのも大きな魅力となります。そのため、漫然と配るのではなく、具体的なコミットを引き出せる仕組みにしておくことが重要となります。

外部株主のいないベンチャー企業等では、オーナーの将来の資本政策の保険として、オーナーが将来持株比率を回復させることができるように、潜在株であるストックオプションを付与する方式としても活用されることがあります。

Q:ストックオプションはいつから考えるものなのでしょうか?

山田:

ストックオプションは、株価を固定できる権利で、一般的には発行する時の時価で株価を設定しますので、業績が順調に伸びていくとすれば、検討は早ければ早いほどいいといえます。なるべく株価が安い段階で発行しておく方が効果が高いのです。

いつから考えるか、についてよくあるのが、ベンチャーキャピタルから資金調達した直後や上場準備のために資本政策の検討に本腰を入れる段階になって初めて検討を開始するケースです。しかし、これは失敗ともいえ、その時には株価がすでに高くなってしまっていますから、ストックオプションの効果が減退してしまいます。

このような感覚は、一度上場を経験したシリアルアントレプレナーの創業者やファンドなど多くの会社の経営に関与した方は強く持っていて、2社目の会社でストックオプションを検討する場合や、ファンドやIPOした会社がM&Aで他社を買収した場合などには、創業や買収と同時にストックオプションの検討を始めることもあります。

Q:よくあるストックオプションでの失敗はどのようなものがありますか?

山田:

一番の失敗は、税務です。ストックオプションには税制適格というものがあり、詳しくは後ほど説明させていただきます。

ストックオプションは、価値ある資産を無償で報酬として付与されているため、当然税金がかかります。基本的には、ストックオプションを権利行使して株に変える時に、株の時価とストックオプションを発行した時の時価の差額である含み益が全額給与等と同じとみなされ、課税を受けます。IPO前後に権利行使されることが多いので、含み益が相当程度大きくなることがあり、その場合、役員クラスですと、数千万円の税金を収めることになることもあります。

Q:現金での報酬、生株とストックオプションの違いはどう考えればよいですか?

山田:

株式報酬が有効な手段であることは冒頭ご説明したとおりです。

株式を持ってもらえば、将来のキャピタル・ゲインを期待し、または損失とならないようコミットの度合いが高まることを期待できます。しかし、株式には株主総会の議決権その他多くの権利が発生するため、将来の経営の妨げになることも考えられますし、創業オーナー等既存株主の持株比率が直接薄まってしまうことになります。

ストックオプションの特徴は、さまざまな条件を付けられることです。もちろん、将来のキャピタル・ゲインを期待し、コミットの度合いが高まるという効果は株式と同様に期待できます。さらに、例えば、「上場するまでは権利行使できない」としておけば、上場前に株式を持たれることによるデメリットも回避できるのです。

税制適格とは?有償時価発行ストックオプションとは?

Q:実際にストックオプションの行使などのタイミングでの税務リスクがあると聞いています。税務的に考慮するべき事項とは何ですか?

山田:

先ほどご説明したとおり、税務の失敗例とは、この税制適格を十分検討していなかったことによるものです。

ストックオプションを権利行使して株に変えるには、発行時の時価の金額分はお金がかかります。つまり、権利行使時に課税を受けるということは、権利行使のためのお金を払った上にさらに税金を払うということになるわけです。

税制適格というのは、このような制度だけでは、企業を活性化するためのストックオプションの導入がためらわれてしまうことに配慮して、権利行使時の課税をなくし、権利行使して得た株式を売却し、お金を手にして初めて課税される、優遇制度をいいます。税率も低くなることが多いです。

しかし、税制適格は多くの条件を満たさないと適用されないため、十分検討して発行しないと、やはり権利行使時に課税されてしまいます。例えば、非上場会社では、1/3超保有しているオーナーや権利行使総額で年1,200万円を超えるような経営層等は対象外となりますので注意が必要です。

Q:税制適格にできない人がいる場合はどうしたらよいですか?

山田:

厳密には、「ストックオプション」ではないのですが、会社が発行するストックオプション=新株予約権に投資する方法があります。会社の株式に投資する、持株会という制度がありますが、投資の対象が新株予約権になったと考えると、少し感覚がわかるでしょうか。将来株に変える権利を購入するわけです。

この場合、新株予約権の取得者の税務は、現金を支払ってリスクをとって有価証券を取得しており、会社から経済的利益を受けているものでないため、課税は投資が実現した時、つまり、新株予約権を権利行使して株に変え、株を売ってお金が儲かった時に課税されることになります。課税のタイミングや税率は、税制適格を満たした時と同じになるのです。

これは新株予約権が時価で発行されたことが前提となっていますので、有償時価発行ストックオプションなどと呼ばれることがあります。

ストックオプション導入を誰に相談すべきか

Q:導入について検討したいと思います。ストックオプションの設計はどこに依頼するものですか?

山田:

これまでご説明してきたように、ストックオプションには税制適格というものがあり、その範囲内で発行するなら、顧問弁護士や税理士に相談することをお勧めします。ただし、専門家は専門性に偏りがあることもあり、専門家に相談してストックオプションを発行したのに、税制適格が考慮されていなかった、という事例も多く目にしています。必ず、ストックオプションに詳しい専門家にご相談するよう注意してください。

有償時価発行型の新株予約権を検討する場合には、新株予約権の時価を事後的にもきちんと説明できることが導入の大前提になります。そのため、時価算定を適切に行えるところに相談することが重要です。新株予約権の時価算定は複雑ですので、正しく算定できる機関が必ずしも多くないのが現状で、これも専門家に相談して発行したのに、算定の根拠が薄弱だったという事例もあります。また、有償時価発行型では、時価で発行するわけで、ストックオプションに付ける条件次第で時価が変わってきますので、「設計」という概念がより重要となってきます。会社に合った設計ができるところへのご相談をお勧めします。

Q:どのような企業からの依頼が多いですか?起業したばかりの会社での導入などもあるでしょうか?

山田:

特に最近ではIPOを志すベンチャー企業からのご相談が増えています。ベンチャー企業では人材の確保がある意味では最優先課題ですので、そのための有効な手段としてストックオプションが使われるわけです。
冒頭お伝えしたとおり、ストックオプション設計は早すぎることはありません。起業したばかりでも、詳しい専門家になるべく早く相談しておくことが重要です。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部
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