ストック・オプションや有償ストック・オプションがどのような場面で有効活用できるかについてこれまで数回のコラムで説明してきました。

これらは、日々の事業運営や経営の成果を反映する株価の上昇と、それに直接寄与した会社の役職員個人の利益とを連動させるものですから、株主や経営陣と役職員とを同じ船に乗らせることができるという点において優れた制度です。

しかし、いずれにしても、新株予約権という「一定の価格で」株を買う権利を「あらかじめ」付与する制度であり、付与時点で「発行株数も確定」されますから、付与後の状況の変化に対応しきれないことが留意点となります。

このことは急成長を目指すベンチャー企業では特に留意が必要となります。

今回のコラムではこのようなストック・オプションの留意点とそれを解消するための方法についてご説明させていただきます。

(留意点)ストック・オプションは発行時点の役職員のみが対象

基本的にストック・オプションは、将来の役職員は対象にできません。ストック・オプションを発行しようと検討していても、事業運営は日々行われており、常に有力な社員が間もなく入ってくるかもしれない、交渉中である、という状況と並行するのはよくあることです。

しかしながら、ストック・オプションの発行をあまり待っていると、株価が変わってしまいますし、ストック・オプションの発行には株主との対話や交渉も必要ですから、株主との合意が形成された一定のタイミングで発行せざるをえません。

そうすると、ストック・オプション発行後に入社した方との間で、「なんで俺よりちょっと前に入社しただけのあいつはストック・オプションをもらっているのに…」という不平等感が生まれてしまうことがあります。

このような不平等感を解消する目的も含め、ストック・オプション発行後1年から3年後、有力な役職員入社のタイミング、または新規事業等の立ち上げのタイミングなどで、新たなストック・オプションを発行するのが一般的です。

ただし、その都度株主と対話して株主総会を経る必要があるという手続き上の煩雑さと株価の変化には注意が必要です。

(留意点)ストック・オプションの値段が上がっていってしまう

正確には、ストック・オプションを権利行使する時の価格のお話です。上記のエピソードとも関連するところですが、ベンチャー企業において、事業が順調であればあるほど、株価は段々と上がっていってしまいます。ストック・オプションを権利行使する時の株価は、ストック・オプション発行時の株価に設定するのが一般的ですので、後から発行されたストック・オプションの株価は高くなります。

簡単な例を示すと、1年前に発行されたストック・オプションの株価が5万円だったとして、今回発行されるものが10万円。上場してストック・オプションを権利行使する時の想定株価が20万円だとすると、想定されるキャピタル・ゲインはそれぞれ15万円、10万円となり、1.5倍の差がついてしまいます。

(留意点)オーナー経営者の持ち分も減っていってしまうことも

上記の問題を解消するのは簡単で、同じキャピタル・ゲインを取らせようとするならば、多めにストック・オプションを発行しておけばいいわけです。

先の例で説明すると、5万円のストック・オプションを10株付与していたのであれば、10万円のストック・オプションを15株発行すれば、キャピタル・ゲインはいずれも150万円となります。

しかし、これを繰り返してしまうと、当たり前ですが発行する株数が増え、オーナー経営者等の既存株主の持ち分が減ってしまいます。

悩ましいのが、ベンチャー企業では、上場が近づき、事業としても組織体制としても徐々に組織化されて安定し、会社の知名度が上がってくると、例えば過去IPOを経験した社員など有力な社員を採用しやすくなってきます。

そうするとますます株数を多く発行しなければならなくなってしまうこととなり、構造上ベンチャー企業はこのような問題に直面しやすくなっているといえます。

このように既存株主の持ち分が減ってしまうことを「希薄化」と表現しますが、具体的にどのくらいのインパクトがあるかというと、例えば、上場時の時価総額を100億円と想定すると、ストック・オプションを多めに発行しなければならなかった結果1%持株比率が変わったとすれば、オーナーは1億円分を失ったことになるわけです。

(留意点)頑張らなくても儲かるかもしれないリスク

前回と前々回のコラムで少し触れましたが、ストック・オプションはもらった人が頑張らなくても儲かる可能性があることが留意点となります。

ストック・オプションは一般的に中期のインセンティブであり、将来数年間の株価上昇に対する貢献を期待して発行されます。しかし、制度上「あらかじめ」「株数を確定」させなければなりません。そうすると、どうしても過去の貢献度や、場合によっては前職での活躍から、今後の貢献度を推測して付与株式数を決めることになってしまいます。

この推測が正しければよいのですが、貢献すると思って多くの株式数を割り当てられた人が頑張らなかった場合、他の頑張った人たちのおかげで、売上、利益、株価が上がれば、結局頑張らなかった人も割り当てられた株数分儲かってしまうということが起きてしまうのです。

経営者としては、自分の持ち分を希薄化させてまで組成した制度ですから感情的に許せないという気持ちになりますし、他の役職員としても、実際の成果と報酬が連動していなければモラルの低下につながりかねません。

一つの解決法、というよりは改善する方法として、ストック・オプションではなく、新株予約権を有償時価発行する投資型のインセンティブにすることにより、本当に意欲が高い方だけを制度の対象にするという方法を前回解説させていただきました。しかし、この方法でも完全な解決にはなりません。

(解決策)ストック・オプションを将来に備えてプールしておく方法

ここまでご紹介した留意点は、すべて新株予約権を直接付与しておくことにより生じるものでした。

そこで最近検討されたのが有償ストック・オプションを信託に付与するスキームです。このスキームでは、一度有償ストック・オプションを、役職員ではなく信託に割り当てます。その上で、毎回の人事評価等に連動するポイント規程などを作成し、そのポイントに応じて従業員やその後入ってくる方にも信託を通して新株予約権が交付される仕組みです。

いわば新株予約権をプールしておく仕組みで、新株予約権の付与対象者や株数を後決めできるというわけです。

時価発行新株予約権信託のメリットと留意点

この方法により最初の信託に付与した新株予約権の価格は当然固定され、最初に決めたルールに則って機械的に割り当てていくことで、その後に入社した有能な人材にも過去の価格で設定された新株予約権を付与することができるというメリットがあります。さらにポイント規程等で会社の実態に合うように貢献度を測定して割り振る仕組みを作っておくことで、実際に頑張った人だけが新株予約権を受け取れる制度にすることができるわけです。

つまり今回のコラムでご紹介した「頑張らなくても儲かるかもしれない」「発行時点の役職員のみが対象」「ストック・オプションの値段が上がっていってしまう」の留意点が解消され、さらにストック・オプションの値段が上がらなくて済む結果として、「オーナー経営者の持ち分も減っていってしまうことも」という点も解消できるようになるのです。

本コラムの作成時点での時価発行新株予約権信託の導入事例は、個人のオーナーが信託の委託者となって金銭を信託する形式です。オーナーが個人資産を投じて将来の自社で活躍する役職員のために新株予約権という資産を信託しておくわけです。しかし、オーナーが個人資産を投じるという点は導入の留意点といえます。

もちろん、オーナーとしては、将来ストック・オプションの株数が増えることにより自分の持分が希薄化することを抑えられ、この仕組みにより業績や株価が向上すれば、自分の保有する株式の価値が増加するわけですので、拠出のメリットがあるのです。導入の是非は、次の点で決定されます。抑えられる希薄化の効果、既存制度では補いきれない信託スキームのメリットによるインセンティブ効果が、拠出する資産との対比で安いと思えるかどうかです。

もう一つの留意点としては、まだこの信託スキームは導入事例が多くはなく、法と税制が複雑となることから、導入検討にあたっては、法務・税務など複数の専門家の助言が必須となる点が挙げられます。既に導入された事例で、信託銀行、監査法人、証券会社、証券取引所の審査等を経て上場に至った会社もあるため、主要な問題点はクリアされているといってよいと思いますが、導入にあたっては専門家との慎重な検討が不可欠です。

是非、皆様方も一度、有償時価発行新株予約権の導入を検討してみてください。

専門家:山田 昌史 (株式会社プルータス・コンサルティング エグゼクティブ・ダイレクター) 

早稲田大学卒業。起業・留学等を経て、株式会社プルータス・コンサルティングに入社。組織再編・有価証券発行・資本政策関連のアドバイザリー業務、有価証券の設計・評価業務、企業価値評価業務に従事し、多数の案件を手掛ける。具体的プロジェクトには、TOB、株式交換等の組織再編アドバイザリー、資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、インセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
著書に「企業価値評価の実務Q&A」(共著、中央経済社)、旬刊商事法務No.2042、2043「新株予約権と信託を組み合わせた新たなインセンティブ・プラン」(共著)、旬刊経理情報No1402「時価発行新株予約権信託の概要と活用可能性」(共著)、No1395「業績連動型新株予約権の設計上の留意点」、No1358「ライツ・オファリングの成功ポイント」、No1311「ライツ・オファリングの活用可能性」、No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」、No.1283「有償ストック・オプション発行上の留意点」(共著)掲載などがある。

ノマドジャーナル編集部
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