社会保険で知るべきことは多く、網羅することは簡単でありません。しかし、知らないと損するのも事実です。たとえば、独立後は失業手当(失業保険)の受給資格がないため、雇用保険の恩恵が受けられないと考えるのが普通ですが、必ずしもそうではありません。個人事業主に必要な社会保険の知識について解説します。
個人事業主が加入できる社会保険の基礎知識
雇用契約のサラリーマン・パート・アルバイトの給与所得者は勤務先の社会保険に加入します。一方、個人事業主は自分で加入する必要があります。そこで、個人事業主が加入できる社会保険の基礎知識について解説します。
加入できる社会保険は3種類ある
個人事業主が加入できる社会保険は3種類あり、「強制的に加入するもの」と「任意で加入するもの」に分かれます。
(1)強制的に加入する社会保険
- 国民健康保険
- 国民年金
(2)任意で加入できる社会保険
- 国民年金基金
労災保険・雇用保険には加入できない
個人事業主は労災保険・雇用保険の加入が認められません。そのため、仕事中のケガによる補償金(=労災保険)や再就職するまでの給付金(=雇用保険)が受けられません。そこが給与所得者との大きな違いです。
ただし、運送業と建設業の場合は特別加入が認められています。
個人事業主でも従業員の社会保険に加入する義務のあるケース・ないケース
個人事業主が給与所得者である従業員を雇用したとき、社会保険に加入する義務がある場合とない場合があります。
(1)加入義務のあるケース
特定の業種を除いて、常時5人以上従業員がいる個人事業主は従業員を社会保険に加入させる義務があります。(特定の業種とは、農業、美容業、旅館、飲食店などサービス業、税理士など士業、神社・寺院など宗教業のことです。)
(2)加入義務のないケース
上記の特定の業種と常時4人以下の個人事業主は従業員を社会保険に加入させる義務はありません。しかし任意適用により、従業員を社会保険に入れることは可能です。
社会保険の任意適用の条件
任意適用で従業員を社会保険に加入させるためには、以下の従業員が半数以上同意する必要があります。
- 社会保険に加入する義務のある条件を満たす従業員
- 事業主やその配偶者(妻)など家族を除いた従業員
パート・アルバイトを雇用した場合は社会保険に加入する義務はあるのか
社会保険に加入する義務のある従業員の範囲は基本的に勤務時間が正社員の4分3以上あることです。
ただし、パート・アルバイトの加入義務は大企業に適用されている範囲に拡大する可能性があります。参考までに解説しましょう。
- 従業員(被保険者)501人以上
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 「雇用期間が1年以上」または「1年以上勤務することが見込まれる」であること
- 学生でないこと
- 月額8万8000円以上の給料を支払っていること
個人事業主が社会保険に加入するメリット・デメリット
従業員を健康保険や厚生年金などの社会保険に加入させるメリット・デメリットは次の通りです。
(1)メリット
- 健康保険:傷病手当金が受給できる
- 厚生年金:老齢基礎年金に老齢厚生年金や厚生年金基金を上乗せして積み立てられる
(2)デメリット
社会保険は従業員と会社が折半で負担するため、「加入者の年収✕約15%」が両者の負担額となります。なお、会社の負担額は確定申告で経費として落とせます。
<個人事業主の節税額のシミュレーション>
例)従業員へ年間200万円の給料を支払った場合
- 社会保険の会社負担額
200万円✕約15%=30万円
- 節税額
所得金額 | 税率(カッコ内は所得税と住民税の合計税率) | 30万円の社会保険に対する節税効果 |
195万円以下 | 5%(15%) | 30万円×15%=4万5000円 |
195万円超~330万円以下 | 10%-9万7500円(20%) | 30万円×20%=6万円 |
330万円超~695万円以下 | 20%-42万7500円(30%) | 30万円×30%=9万円 |
695万円超~900万円以下 | 23%-63万6000円(33%) | 30万円×33%=9万9000円 |
900万円超~1,800万円以下 | 33%-153万6000円(43%) | 30万円×43%=12万9000円 |
1,800万円超~4,000万円以下 | 40%-279万6000円(50%) | 30万円×50%=15万円 |
4,000万円 | 45%-479万6000円(55%) | 30万円×55%=16万5000円 |
以上のメリット・デメリットを加味し、慎重に検討しましょう。
国民健康保険の計算方法のアウトライン
各市区町村によって計算方法が異なるのが国民健康保険の特色です。単に料率だけでなく、世帯の人数や資産など計算のベースとなる項目まで違ってきます。そこで、国民健康保険の計算方法について、給与所得者の健康保険と比較しながら解説します。
国民健康保険は3つに区分される
国民健康保険は目的に応じて3つに区分されます。
(1)基礎賦課分(医療分)
医療費の一部を負担するのが目的であり、全ての国民に関係します。
(2)後期高齢者支援金等賦課額(支援金分)
75歳以上の高齢者にかかる医療費の一部を負担するのが目的です。
(3)護給付金賦課額(介護分)
介護保険であり、加入する個人事業主の年齢対象は40歳以上65未満に限定されます。
年齢に応じた国民健康保険の負担額は次の通りです。
- 40歳未満および65歳以上75歳未満
基礎賦課分(医療分)+後期高齢者支援金等賦課額(支援金分) - 40歳以上65歳未満
基礎賦課分(医療分)+後期高齢者支援金等賦課額(支援金分)+介護給付金賦課額(介護分)
基本的な計算方法について
「所得金額や資産など負担する能力をベースに計算する項目」と「世帯人数など負担能力に関係なく計算する項目」に分けて計算します。
(1)負担する能力をベースに計算する項目
- 所得割
所得金額に料率を掛けて計算します。個人事業主の場合、「収入金額-経費-住民税の基礎控除33万円」です。
- 資産割
固定資産税に料率を掛けて計算します。個人事業主の場合、土地・建物に加えて、車を除く機械など動産の資産が帳簿価格150万円以上は固定資産税の対象となり、国民健康保険にも影響します。
(2)負担能力に関係なく計算する項目
- 均等割
世帯単位の加入者人数に均等割額という一定の金額を掛けて計算します。個人事業主の場合、健康保険に加入している給与所得者とその被扶養者を除いた家族の人数となります。
- 平等割
一世帯ごと一定の金額が課される分です。均等割と違い、加入者人数は関係ありません。
国民健康保険は各市区町村の裁量で以上4つの項目を自由に組み合わせて計算できるため、住んでいる地域によって、負担額が異なります。
また、最高限度額は次の通りです。
- 基礎賦課分(医療分):54万円
- 後期高齢者支援金等賦課額(支援金分):19万円
- 介護給付金賦課額(介護分):16万円
国民健康保険と給与所得者の健康保険の違い
大きな違いは2つあります。ひとつは計算方法。もうひとつは受給できる項目です。
(1)計算方法の違い
国民健康保険は世帯単位で計算します。一方給与所得者の健康保険は個人の月額給与(標準報酬)で計算します。
(2)給与所得者の健康保険は傷病手当金が受給できる
傷病手当金とは、在職中に勤務ができなくなったときの補償制度です。医師の診断書をもとに、最高1年6カ月まで受給できるのが特徴です。在職中は健康保険を負担しますが、退職後は負担なしに受給できます。
国民年金のアウトライン
計算方法は国民健康保険や会社で加入する社会保険(健康保険・厚生年金)によって異なります。それでは、国民年金のアウトラインを見ていきましょう。
国民年金の納付額は一律が基本
基本的に所得金額など負担する能力に関係なく金額が一律なのが特徴です。平成29年度の国民年金は月額1万6490円です。また、前納した場合には割引制度が設けられています。割引額の合計は次の通りです。
(1) 振替口座
- 2年分前納:1万5640円
- 1年分前納:4150円
- 6カ月分前納:1120円
- 1カ月分前納:50円
(2) 現金・クレジットカード払い
- 2年分前納:1万4400円
- 1年分前納:3510円
また、月額400円を上乗せして年金を積み立てる「付加保険料の納付」も選択できます。ただし、国民年金基金の加入者は付加保険料を納付できません。
国民年金は免除・減額の申請ができる
経済的に支払うのが困難な場合には免除・減額の申請ができます。それでは、アウトラインについて解説します。
(1)対象年齢
20歳以上50歳未満
(2)対象金額
本人・配偶者の所得金額
- 1月~6月までに申請する場合:前々年の所得金額
- 7月~12月までに申請する場合:前年の所得金額
(3)手続きするメリット
- 免除や減額の申請をすると未納付と違い、たとえ免除でも年金の積み立てができる
- 免除や減額の期間中でも、障害年金や遺族年金が受給できる
(4)免除・減額できる金額とその基準となる所得金額
- 免除
「35万円×(扶養親族等の人数+1)+22万円」以下
→積み立てられる年金額は満額の1/2
- 3/4減額
「78万円+扶養親族等控除額+社会保険料控除額等」以下
→積み立てられる年金額は満額の5/8
- 1/2減額
「118万円+扶養親族等控除額+社会保険料控除額等」以下
→積み立てられる年金額は満額の6/8
- 1/4減額
「138万円+扶養親族等控除額+社会保険料控除額等」以下
→積み立てられる年金額は満額の7/8
なお、国民年金には追納制度という、免除・減額を受けている人に対して、追加で納付して積み立てる年金額を満額に近づける制度があります。これは免除・減額された期間から10年以内に納付するのが条件です。累進課税制度を活用して所得金額の多い年に追納すると高い税率が適用されるため、節税効果は抜群です。
国民年金と厚生年金の違い
計算方法と積み立てられる年金の範囲に違いがあります。
(1)計算方法の違い
- 国民年金:毎月一律である
- 厚生年金:収入金額をベースに計算する
(2)積み立てられる年金の範囲
- 国民年金:老齢基礎年金のみ
- 厚生年金:老齢基礎年金+老齢厚生年金(+厚生年金基金等)
このように、将来の年金面では厚生年金に軍配が上がります。
個人事業主でも厚生年金と同じように上乗せできる国民年金基金
個人事業主でも、厚生年金の老齢厚生年金と厚生年金基金に当たる部分を上乗せして年金の積み立てられる国民年金基金が存在します。もちろん、掛金は全額所得控除できます。それでは、詳しく説明します。
国民年金基金の加入できる対象者
個人事業主なら無条件で加入できるわけではありません。
- 国民年金を免除、減額、納付猶予している者
- 厚生年金に加入している人(よって副業を行っている給与所得者は加入が認められません)など
以上の場合は加入が認められませんので、注意しましょう。
国民年金基金の掛金について
掛金は「基本額+終身年金・確定年金×加入口数」と一口単位で計算します。最高限度額は月額6万8000円です。掛金は年齢に比例して高額になります。また、掛金は一口目と二口目以降で計算方法が異なります。そして将来、受給できる年金額は加入口数に比例します。
例)加入年齢30歳の女性が2口加入した場合(タイプ:終身年金A型、確定年金Ⅰ型)
- 一口目:基本額2万円+終身年金1万2390円=3万2390円
- 二口目:基本額1万円+終身年金6195円+確定年金3790円=1万9985円
- 合計月額:52375円
一口目は終身年金のAまたはBどちらかで、途中で変更できません。一方、二口目以降は終身年金のA・Bと確定年金Ⅰ~Ⅴの7種類を自由に組み合わせることができます。
国民年金基金は任意に解約できない
加入は自由でも、任意に解約することは認められていません。解約できるタイミングは加入資格を喪失したときです。
●加入資格の喪失例
- 60歳になったとき(60歳以上で加入した場合は65歳になったとき)
- 厚生年金の加入などにより国民年金の加入が停止したとき
- 国民年金を免除、減額、納付猶予したとき など
独立前に知っておきたい社会保険の知識
実は、個人事業主でも、会社で加入していた社会保険を活用できます。そこで、独立前に知っておきたい社会保険の知識について解説します。
退職後2年間は健康保険の継続加入ができる
独立しても、退職後2年間は健康保険の継続加入が認められています。基本的なルールは次の通りです。
(1)国民健康保険と任意選択できる
退職後に「健康保険の継続加入」「国民健康保険に切り替える」を任意選択できます。ただし、国民健康保険を選択した後、退職した会社の健康保険に再加入することは認められません。
(2)計算するベースは退職直前の給料である
給与所得者の社会保険料は報酬月額をベースに計算しますが、退職後はその直前の金額を用いることになります。
(3)社会保険料の負担額は給与所得者の2倍である
給与所得者の社会保険料は本人と会社が折半で負担していましたが、退職後は全額自己負担となるため、負担額は2倍です。
(4)傷病手当金が受給できない
同じ社会保険組合でも、給与所得者は傷病手当金を受給できますが、退職後は受給できません。
個人事業主でも教育訓練給付金が受給できる
そもそも教育訓練給付金とは、雇用保険に加入している給与所得者に対する資格習得などの費用を助成する制度です。実は条件を満たせば雇用保険に加入していない個人事業主も受給可能です。たとえば、副業でライターをしていた給与所得者が独立して、新たにファイナンシャルプランナーの資格習得をするとします。専門学校へ授業料10万円を支払った場合、教育訓練給付金の受給額は「10万円✕20%=4万円」となります。それでは、受給できる金額と条件を説明します。
(1)受給できる金額
教育訓練施設へ支払った金額か×20%(最高限度額10万円)
ただし、最低限度額4000円(支払金額2万5円)をこえないと受給できません。
また、大手通信教育会社など教育訓練施設に月賦払いをしている場合、未払い分は支払った金額に含まれません。
(2)条件
次の全てを満たす必要があります。
- 雇用保険に1年以上加入していたこと
- 一度も教育訓練給付金を受給していないこと
- 退職後1年以内に教育訓練給付金の対象となる講座を受講すること
個人事業主は社会保険の被扶養者になれるのか
独立するだけが個人事業主ではありません。勤務していても雇用契約でなければ個人事業主です。社会保険の扶養に入れる目安は収入130万円といわれています。個人事業主の場合は基本的に収入金額そのものではなく、そこから経費を差し引いた青色申告特別控除前の所得金額が該当します。
ただし、配偶者の勤務先の保険組合によっては収入金額で判断する場合もあります。社会保険の被扶養者になることを検討する場合、130万円の金額が所得金額か収入金額かは、保険組合に事前に確認しましょう。
まとめ
いかがでしたか?国民健康保険・国民年金の加入や納付だけでなく、国民年金の減額や教育訓練給付金が受給できるなど、知らないと損をする個人事業主に必要な社会保険の知識を解説してきました。個人事業主にとって最適な選択ができるよう、社会保険について広く学んでいきましょう。
執筆者:阿部 正仁
TAX(税金)ライター。会計事務所で約10年間の勤務により調査能力を身に付けた結果、企業分析の能力では高い定評を得、法人から直接調査を依頼される実績も持つ。コーチングスキルを活かした取材力で、HP・メディアでは語られない発言を引き出すのが得意。