「ゼクシィ」や「ホットペッパー」、「R25」など、新たなマーケットを作る基幹事業を次々と世に送り出してきたリクルートの社内起業提案制度「New-RING」。石川明氏は、長年にわたりその事務局長を務めた社内起業の専門家だ。

多くの企業が新規事業創出に力を入れる昨今、その成否を分けるものは何なのか。後編では、社内起業を成功させるための人材育成、そして今後の社内起業の可能性について伺った。

テクニカルな知識・スキルよりも「意志」を重視

Q:石川さんは新規事業の担い手を育成することにも積極的に取り組まれていますね。

石川明さん(以下、石川):

「お客さまの役に立ちたい」「世の中を良くしたい」という、新規事業を考える際のベーシックなモチベーションを喚起することを大切にしています。経営課題を分析するだけでは新規事業は出てきません。「人の役に立つ」「世の中に貢献する」という目線で考えられるかどうかが重要なんです。

誰でも、入社して仕事を始めたときにはそうした思いを抱いているはずですが、通常業務に埋没しているとそれがだんだん薄れていってしまうみたいです。

Q:どのようにしてそうした思いを引き出しているのでしょうか?

石川:

事業プランを考えるというテクニカルな過程よりも、その事業を立ち上げていく本人の意志が重要なので、コーチングを通して思いを固めていきます。私があれこれ言って、「そんな気がしてきました」という反応を得られても意味がなくて。

「俺はこれがやりたいんだ」という揺るぎない意志がある状態まで持っていきます。細かいテクニカルな部分は、後から業務的な知識を身につければ済むことですから。まずは根っこの部分に入っていくことが多いですね。

社内起業立案制度の「目的」は明確になっているか

Q:そういった人や風土を作るためには、仕組みも重要なのでしょうか?

石川:

本当は仕組みなどなくても、組織の中で個人力を発揮し、新規事業を生み出していけることが理想です。しかし多くの企業ではそれが難しい。個人の思いをすくい上げ、育てていく仕組みを設けたほうが、社内起業を推進していけると思います。

Q:「うまくいく制度」と「うまくいかない制度」の違いは何だとお考えですか?

石川:

制度の目的が明確になっているかどうか、ですね。

社内起業や新規事業のアイデアを募る制度には、大きく分けて3つの目的があると考えています。「事業そのものの創出」と「風土の醸成」、そして「人材育成」です。3つのうち、どこに軸足を定めるかによって制度の細かな設計が変わってきます。

事業そのものの創出を目指すのであれば、見込みのあるアイデアを誰かが強くサポートしなければいけないので、案件を早い段階で絞るべきです。風土の醸成に力を入れる場合は逆で、「100件の提案から何件が中間審査をクリアし残っています!」といった広報を通じてイベントとして盛り上げた方がいい。人材育成に主眼を置くなら、提案された案件を平等に手厚くサポートしてブラッシュアップさせていく仕組みが必要です。それぞれに体力と時間とコストのかけどころが違うので、目的がしっかり定まっていないと運用が中途半端になり成果を出せず、3年くらいで終わってしまいますね。

アイデアを募ることで、「人材発掘」ができる

Q:リクルートのNew−RINGでは、どれを主軸にしていたのですか?

石川:

私が担当していた7年間は、毎年の役員会で「何を主目的にするか」を議論していました。売上を最優先にしたい時期や社員を元気にしたい時期など、そのときどきの社内環境やマーケット環境を見ながら主軸を決定していましたね。

同じ制度を継続していく場合でも、その主目的は柔軟に変えていけばいいと思います。それを具体的な設計や運用に反映していくことで効果的な制度となり、形を変えながらも続けていくことで、社内起業や新規事業に強い会社になっていくはずです。

Q:New-RINGに挑戦した社員は、どのように活躍の場が広がっていくのでしょうか?

石川:

何かのテーマで起案し注目されれば「その事業分野に対して思いを持っている人」という社内ブランディングにつながっていきます。知識はもちろんですが、「世の中のこんな課題を解決したい」という思いが評価される。New-RINGで起案したことが直接は実現しなくても、その事業分野への思いが評価され、後々違う事業に呼ばれて活躍したケースも多々ありました。

ある新規事業で「物流について知りたい」という話が持ち上がったときに、かつてNew-RINGで物流関連事業を提案した社員のもとに相談が来る、といった具合です。大企業になればなるほど、さまざまな知見を持つ社員がいるはず。社内起業や新規事業のアイデアを募ることは、会社にとっては「人材発掘」を効果的に行えるというメリットもあるんですよ。

リクルートのように多角的に事業展開している会社はもちろん、一極集中でやっている会社でも、人材の多様性は重要だと思います。新規事業提案に興味を持つ人を採用していくことも、組織作りに大きく影響しますね。

社内起業だからこそできること

Q:社内起業というトレンドは今後も盛んになっていくとお考えでしょうか?

石川:

はい。今後も間違いなく伸びていくでしょう。社内起業だからこそできることもあると思います。

もちろん純然たる起業家がスタートアップを立ち上げることには大きな意味がありますし、それを否定するつもりはまったくありません。一方で、「会社の中に存在するたくさんの人や経営資産がうまく活用されていない」という状況は、とてももったいないことだと思うんです。それを何とかしたいという気持ちが強いですね。

一般的に、「会社」というとどうしても、「組織都合で動く」「片意地が悪い」存在として悪者にされがち。でもそもそも会社には、「どうにかしてうまく価値を発揮したい」と考えた人たちが作り上げ、効率的な仕組みを一生懸命磨いてきた歴史があるはずなんですよね。元来、会社組織は個人にとって悪いものであるはずがないと思っています。組織内でやるからこそできることもたくさんあります。

新規事業には、「関わった人をどの時点で評価するべきか、見極めづらい」という難しさもあります。1年や2年の結果では分からないことも多いので、長い目で見て振り返り、人を評価・教育する。それができるのも、社内起業ならではの良さだと考えています。

《編集後記》

マーケット縮小時代の生き残りを賭け、多くの企業で新規事業創出の機運が盛り上がる昨今。社内起業家を生み出すための制度・仕組み作りを通じて、石川氏はその機運を形にし、定着させる提案を続けている。

新規事業創出そのものを目的としているだけでは、制度や仕組みが長続きせず、結果的に既存事業に縛られてしまうことになりかねない。社内起業を成功させるプロセスには、人材発掘や育成など企業の成長そのものに直結する大切な要素が含まれているのだと感じた。

 

取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也

専門家:石川 明

新規事業インキュベータ石川明事務所代表、早稲田大学ビジネススクール研究センター特別研究員、SBI大学院大学MBAコース客員准教授
株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)で7年間、新規事業開発室のマネジャーを務め、リクルート社の起業風土の象徴である社内起業提案制度「New-RING」の事務局長として1,000件の事業案に携わる。
2000年にはリクルート社社員として「All About」を創業し、2005年JASDAQに上場。10年間、事業企画・事業運営の責任者を務める。
2010年、社内起業に特化し業務を請け負う事務所を設立し独立。以降、大手企業を中心に、新規事業の創出、新規事業を生み出す社内の仕組みづくり、創造型人材の育成に携わっている。
リクルート社時代も含め、携わってきた新規事業・企業内起業家は、100社、1,500案件、3,000名。
インキュベータとしての信条は、「起業する本人の思いやこだわりを尊重すること」「喜びや憤りへの共感と俯瞰する目線の両立」「当人より前には出ず、斜め後ろを伴走すること」。
2015年、単著『はじめての社内起業』(ユーキャン)刊行。